「お早うございます三鷹さん!」
「おらてめぇら、道開けろ!」
学校に着く前に賢一にはついてくんな、と念を押しておいた。
その辺はあいつは心得ているらしく、案外あっさりと身を引いて自転車置場へ一人で向かって行った。
校門が近くなると、後輩を中心に並んで待っている。
みんな深々と礼をして、賢一みたいにあんな呼び方をする奴なんかいない。
それは俺がここの総番で、そんなことしたらぶっ飛ばされるってわかっているからだ。
なのにあのバカは、どうして俺に対してあんなナメた態度を…。
「まぁそんなかしこまるな。」
「ですが…。」
あんまりみんなが礼し続けて、なんだか悪い気にでもなってしまう。
俺も以前は礼する立場で、こうだったかもしれないけど、結構これって申し訳ないような気分になるもんなんだな。
そんなこと思ってる俺は、総番失格なんだろうか…。
それも全部あいつがあんな馴れ馴れしくしてくるから。
何かあると考えてしまうのは賢一のことで、そういう思考が向いてしまっていること自体にも腹が立って仕方ない。
「三鷹さん、気になる噂聞いたんスけど…。」
「あ?噂?なんだ?」
「隣の総番変わったらしいんスよね、挨拶がてら三鷹さんを狙ってるって…。」
「隣?あぁ!あのボンクラ高校の。そういや前の奴は退学なったっつったっけ。」
この辺の高校はどこもそんな奴らばっかりだ。
隣の高校も例の漏れず、うちとは昔から仲が悪い。
まぁ学校違うもん同士仲良くしようってほうが無理だよな。
そんなご挨拶、やお礼参りなんて言葉も珍しくはない。
「気を付けて下さい、俺らも注意しますけど。」
「バカお前俺を誰だと思ってんだ、そんなの一発ぶん殴って…。」
「ダメだよー、喧嘩はー。」
「ついてくんなっつったろ!」
「純ちゃん、せっかく可愛い顔してんだから傷でも付いたらどうすんの。」
気が付くと後ろに賢一がいて、あれだけ言ったのにもかかわらず俺の言ったことが守れないのにムカついて、怒鳴り散らす。
しかもみんなの前で純ちゃん、とか呼びやがって。
「可愛いわけねぇだろ!どこ見て言ってんだてめぇはよ!」
「純ちゃん見て言ってるんだけど。」
「あーもううるせーうるせー!!」
「あっ、待ってよ純ちゃーん。」
「純ちゃんとか気持ち悪ぃんだよ!」
「気持ち悪くないってば。」
この俺のどこが可愛いっつうんだ。
普通可愛いってのは女に対して使うもんだろ。
おかしいんじゃねぇのかこいつ。
俺にこんだけ怒鳴られて、今朝の家にいる時みたいに殴られて、それでも付きまとうって、お前は変態かっつうんだ。
「誰だ…あれ…。」
「三鷹さんの…、ダチ??」
「バカてめぇ三鷹さんにあんな口きけるダチなんかいるかよ。」
後輩共が俺たちを異様な視線で送っていたことには気付かず、始業チャイムが鳴り始めた校内へと進んだ。
***
「賢一くぅん、ここ、教えてー。」
「うんいいよ、後でね。」
「いいから行けよ、っつうか邪魔だから行け。」
休み時間まで賢一の奴は付きまとってくる。
何がおもしろくてクラスまで一緒なんだ俺たちは。
窓際で一人過ごす俺にいちいちちょっかい出してきやがって。
俺はここでは一人でいたいんだって何度も言ってるのに。
「純ちゃん冷たい…。」
「知らねぇよ!てめぇが勝手についてきてるクセによ!」
たいていこんな言い争いが続くと、周りはヒソヒソ声で話し始める。
賢一くんが可哀想、だとか、三鷹くんはひどい人だとか。
あるいは賢一に同意するように三鷹くんって冷たい人よね、なんて。
まるで俺が悪者みたいじゃねぇかよ。
可哀想なのは俺だぞ、わからないのかここにいる女共は。
「純ちゃんどこ行くの?」
「どこだっていいだろ、ついてくんなよ。」
その空気の中があまりに居心地が悪くて、俺は席から立ち上がって、制服のポケットに煙草が入っているのを手で確かめると、いつも行く便所へと向かった。
「はあぁ───…っ。」
唯一ゆっくりできるのが便所ってのも、総番としてどうかと思う。
だけど仕方ないよな、教室にいたら賢一はついてくるし、それ見て周りもうるせぇし。
どうせすぐ飽きるだろうと思ってたんだよな…。
こんな俺のどこを好きだっつうんだよ。
俺なんか喧嘩以外取り柄もないし、それも世間一般的には女しか喜ばないだろ。
いや、ここまで喧嘩ばっかりしてたら一部の女にしかウケないか?
それでなんであいつみたいな女にモテる奴が、俺なんかを……いかん、自己嫌悪にまでなってきた。
「くそ…。」
そのイライラを打ち消すかのように、ポケットの中から取り出した煙草に火を点けては吸いまくる。
俺らの仲間しか使えないようにここは暗黙の了解でなっている。
教師たちも昔からのことだからもう何にも言わないし。
ここだけが俺が一人になれる場所だ…。
「ダメだよ純ちゃん、煙草は身体によくないよ。」
「!!うわああぁ!!!!」
こ、こ、ここは個室だぞ?!
一体どうやって入って来たんだ、と、びっくりしながら賢一を見る。
「鍵壊れてるの知らなかった?」
「ビ、ビビらせんなよ…!」
「純ちゃん煙草よくないよ。やめなよ。」
「うるせぇ、何しようと俺の勝手だろ。」
「でも背伸びないのそのせいじゃ…。」
「余計なお世話だっ!!!」
ひ、人がちょっと、本当にちょっとだけ!気にしてることを…。
でも別に俺は、チビってわけじゃない、総番としては喧嘩する時とか、睨みきかせる時とかちょっとだけ迫力が足りないだけだ。
あーもう、どこ行っても俺は休めないのかよ。
「純ちゃん?」
「帰る!もう半分以上出たからな。」
「えー!半分ちょっとじゃん!」
「お前は出ればいいだろ、いいか、ついてくんなよ。」
今度こそ、と思って冷たい言葉を放って便所から出る。
さすがの賢一でも、授業をサボることは到底できない。
元ビン底だからな、勉強だけしてりゃいいのに。
賢一も追ってくることはなく、俺は一度教室に戻って、何も入っていない鞄だけ取って学校を後にした。