「ハルイロDAY&DAY」【3】
「サクライロ7DAYS」シリーズ それから入学式は滞りなく終わり、保護者席で見ていたお母さんには先に帰ってもらうように言っておいた。
吉田くんに言われた通り僕が教室で待っていると、暫くして廊下を走る音が聞こえて来た。


「吉岡ごめん、遅くなって…!」
「あ…ううん、大丈夫……ど、どうしたの?」

吉田くんは息を切らしながら教室のドアを開けて、真っ直ぐに僕の席まで向かって来た。
それぞれのクラスではショートホームルームが開かれたけれど、そこまで終わる時間に差はなかったはずだ。
その証拠に吉田くんのクラスから人が出て来るところも見た。
だけど余計に探しに行くとすれ違いになると思ったから、僕は黙ってこの教室で待っていたのだ。


「探してて……っ。」
「え…?探してた…?な、何を…?」
「うん…、こっち…。」
「吉田くん…?」

僕は吉田くんに腕を引かれて、慌てて鞄を手にして廊下を早歩きした。
どこへ行くんだろう…?
探してたっていうのは何のことだろう…?
吉田くんがしたいことはまったくわからないのに、不思議と恐くはなかった。
こうして手を引いてくれるなら、僕は何も恐くなんかない。


「ここ…どうかな…。」
「屋上…?」
「まだちょっと寒いかもしれないけど…。」
「あ…あの…吉田くん…、探してたって…。」

僕が連れて行かれたのは、僕達の教室とは違う棟にある屋上だった。
わりと広いその屋上には入学式ということもあってか誰もいなくて、ここで読書や昼寝なんかしたら開放的で気持ちが良さそうだ。


「お昼…一緒にするところ探してたんだ…。」
「わ…わざわざ…?」
「生徒会も多分やることになりそうなんだけど…。」
「入試一位だもんね…。それに中学の友達もいるから推薦とかされるよね…。もしかしてもう先生に頼まれたとか…?」
「うん…。でもまだ決まったわけじゃないから生徒会室に自由に出入り出来るかわからなくて…。ここならあんまり人が来ないだろうって…。」
「だ、誰かに聞いたの…?」
「うん、担任に…。あまり人が来ないところで昼食にしたいって相談したら、それならいいところがあるって、ここを教えてくれた。」
「そうなんだ…!」

吉田くんはやっぱり凄い。
入学して一日目にして先生に信頼をされて親しくなってしまった。
そういえば入学式の挨拶も、いつも通りかっこ良かったっけ…。
何だかますます僕は吉田くんに不釣り合いな感じがしてきてしまう。


「だからここで一緒に食べよう?吉岡。」
「う…うん…。」
「帰りも一緒に帰ろう?行く時も…今日みたいに俺、迎えに行くから。」
「吉田くん…?」
「いっぱい一緒にいよう…吉岡…。ずっと…ずっと一緒にいてくれないかな…。」
「吉田くん……。」

また春の強い風が吹いて、屋上のドアがバタンという大きな音をたてて閉まる。
今この空間にいるのは、僕達だけ。
僕は吉田くんだけを見つめて、吉田くんも僕だけを見つめてくれる。


「俺…結構一人で熱くなることとか…周りが見えなくなることがあるかもしれない…。」
「そんな…。」
「こういうの…人と付き合うのって初めてだから間違ってることとかあるかもしれないし…。」
「吉田くん…。」
「だからそういう時は吉岡が教えてくれないか?」
「吉田くん…あの……っ、僕……っ。」
「俺、置いて行ったりしないから…!一人で勝手に進むのは嫌だし、それで吉岡に嫌われるのは嫌なんだ…!吉岡と一緒がいいんだ…!」
「吉田くん……っ!」

ここは自分の家の玄関なんかじゃない。
今は誰にも邪魔されない、僕達だけの場所と時間だ。
もちろん一歩踏み出せばそこにはたくさんの人間がいる。
だけど今だけは…二人でいる時だけは、二人だけのものなんだ。


「さっき…なんか変だったから…。」
「うん…ごめんね…。心配かけてごめんね…?」
「大丈夫だよ…。だって俺は吉岡が好きなんだ…。本当に大好きなんだ…。」
「うん…僕も…。僕も好きだよ…大好き…。」

僕は今度こそ迷うことなく吉田くんの胸に飛び込んで、逞しくなった身体にぎゅっと強くしがみ付いた。
吉田くんの腕も迷うことなく僕の背中をしっかりと抱き締めてくれた。
僕だけじゃなかったんだ。
初めての恋に戸惑って、「どうしよう」と思い悩むことも、先のわからないところへいく不安も。
だけど二人一緒なら、不安なんてどこかへ消えてしまうよね…?
好きだっていう気持ちでいっぱいになれば、こんなにも安心出来るんだから。


「この間…ごめん。」
「え…?」
「その…何か…ふ、服とか捲ったりして…。」
「あっ、あれはその……!」

初デートの日のことを言われて、僕の脳内ではあの出来事が急に鮮やかに蘇ってしまった。
襟元に掛けられたあの手が、今自分の身体に触れていると思うとまた緊張してしまう。


「別に俺…そ、そういうのも急ぐつもりはないから…。」
「よ、吉田くん…っ!は、恥ずかしいよ…っ!」
「うん…だからもうちょっと…仲良くなろう?もっと仲良くなろう?俺達…。」
「う…うん……。」
「それでいつかその…、で、出来るといいなって…思ってる…。」
「うん……。」

ごめんね…吉田くん。
吉田くんはこんなにも僕のことを考えていてくれたのに、勝手に寂しい振りなんかして。
こんなにも僕のことを大事に思ってくれる人は、きっとこの世を探しても吉田くん以外誰も、どこにもいない。
僕はそんな吉田くんだから好きになったんだと、今はっきりと言うことが出来る。


「キスだけ…いい…かな……?」
「うん…。」
「吉岡、好きだよ…。」
「うん、僕も…吉田くん、大好き…。」

強い風の中で交わすキスは、あの時みたいな深く激しいものではなくて、軽く触れるほどのものだった。
だけど僕は吉田くんの腕に包まれながら、今までにないぐらいの幸せと、風に運ばれて来る春の匂いを感じていた。



END.
back/index only sweetest. Copyright(C)2007 Hizuru.Sakisaka,All rights reserved.