「I wish you find me」【2】
「あの夏は、幻。」シリーズ それから毎日、千秋は俺に会いにバス停まで来てくれた。
そして一時間程話して元来た道を帰って行く。
俺はそんな千秋がどうか無事に家まで辿り着けますようにと、夜道を歩く後ろ姿を祈る気持ちで見ていた。
祈っても何かあったら遅いのに。
俺の言うことを聞いて会いに来てくれても、いつまでもここにいられないことはわかっている。
これからもずっとだなんてことはないこと。
それを千秋に告げることもなくただ自分の寂しさを埋めるために嘘を吐いて…。
日に日に募る罪悪感に、俺は胸が締め付けられそうになった。


「俺、見つけて欲しかったんだよな。」

ある日その罪悪感が、言葉になって溢れてしまった。
本当は俺は死んでいて、肉体を早く見つけて葬って欲しくて。
そんな意味を込めた言葉だったけれど、当然千秋には何のことだかわからない。


「は?何を?」

ぱちくりと目を瞬かせた千秋の顔を見て、思いは止まることを知らないみたいに溢れ出す。
今なら本当のことを言える気がした。


「俺を。」
「何言ってんだ?なんか変だぞ、お前。」

そうだ、これが普通の反応だ。
よかったじゃないか、真実を知って恐れられるよりも。
なのにどうしてこんなに悲しいんだろう。


「うん、俺、変だと思う、自分でも。」
「ハハ…、なんだよそれ。」

俺が笑いながら言ったのにつられて、千秋も笑っていた。
笑っているのに、俺は泣きたくて仕方がなかった。
その意味がわかったのはその日千秋が去って行くのを見ていた時だった。
俺はたったこれだけしか過ごしていない人を…千秋のことを、好きになってしまっていたのだ。
最初は寂しさを埋めてくれたからと勘違いしているのかとも思った。
それがここにきて恋だとわかったのは、後悔しているからだった。
どうして生きている時に出会えなかったのかと。







それから俺は、意識のないところを彷徨っていた。
好きだと気付いた途端に俺の肉体が発見されるなんて、なんて皮肉なことだろうと思った。
遅かれ早かれ来るのはわかっていても、少しでも遅くあって欲しかった。
いや、どうせならこのまま見つからないで欲しいとも思った。
見つけて欲しかったなんて言っておいて矛盾しているけれど。

月と星が、美しい夜だった。
こんなにも綺麗な夜は、今まで初めて見たかもしれないと思った。
それはまるで俺が旅立つ時の、せめてもの演出のように思えた。

暗闇の中で、荒い息遣いが聞こえる。
ベンチの傍で待つ俺の名前を呼ぶ、千秋の声が聞こえる。


「もう…会えない、かと…っ。」

千秋の息が整わないまま、俺達はベンチに座った。
滴る汗を拭いながら、千秋は胸の辺りを押さえている。
よほど急いで焦ってここまで来たのだろう。
そしてそれは俺も同じだった。


「うん…最後に、千秋に会いたくて。」

笑いながら言ってみたけれど、言いたくなかった。
「最後」だなんて言葉。
まるで自分で自分の胸を抉っているかのような痛みだった。


「俺さぁ、千秋みたいに夜自販機まで来てさ、変な車に…こんな田舎でだぜ?運悪ぃよなぁ〜。」

これから向かおうとする空を見上げて、冗談交じりに言った。
冗談でも言わないと、すぐにでも泣いてしまいそうだったから。
もう身体は半分以上透明になってしまっていて、感じることなんて出来ないはずなのに、俺は自分の身体に千秋の体温を感じた。


「わ…笑うなよ…っ。無理して…、笑うなよ…。」

抱き締めながら言う千秋の声が震えている。
千秋は俺の本心をわかっていた。
俺も多分、そんな奴だから好きになったのだと思う。


「泣けよ…、俺も…、俺も一緒に泣くから…!」
「あのさ、俺…、今日誕生日でさ…なんでだろうな、こんなの…、こんなのありかよ……っ!」

俺はは必死で千秋にしがみ付いて、涙を流した。
ここまで運が悪いのも凄いと思った。
まさか自分の誕生日の日に自分の遺体が発見されるなんて。


「俺…っ、もっと…っ、もっとやりたいことも…っ、恋愛もロクにしてないし…っ、まだ何も…!」

一度何かが外れてしまうと、こんなにも脆くなってしまう。
俺が流す涙が、千秋のTシャツを濡らしていく。


「いきたくない…、いきたくないよ千秋…っ、俺…、俺はさ……っ。」

とうとう俺は本音まで叫んでしまった。
俺はもっとお前といたかった、生きて会いたかった。
いや、生きていなくても、この世とあの世の間でも中途半端でもいい。
どんな姿でもいいから、俺の存在を消さないで欲しかった。


「ごめん…俺…、俺、何もしてやれなくて…、ごめ……っ。」

泣くことなんかないのに。
こんな突然現れた、幽霊なんかのために。
キスなんかしても、俺は感じることなんて出来ないのに。
重なった唇が、俺の冷たい身体を溶かしてくれたらいいのに。
その熱い息で魂を吹き込んでくれたらいいのに。
叶わないとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。


「でも俺…お前がいなくなっても忘れないから…。絶対忘れないから…。」

俺達は暫く見つめ合ったまま、何度か唇を重ねた。
俯いた千秋が言った言葉で、俺は救われた気がした。
呪いたくなるような運命も、ちょうど18年で終わってしまう俺の人生も。


「うん、忘れないで。」

そう思うと不思議なもので、俺の涙はぴたりと止まったのだった。
そしてこの身体も心も、俺の全部を浄化していくみたいに、俺の方から唇を近付けた。


「ついでに我儘言っていいかな。」

長いキスの後で、俺は千秋にもたれながら小さな声で言った。
18回目の、俺の誕生日。
迎えることが出来なかった誕生日。
誰も祝うことが出来なかった誕生日を、千秋に祝って欲しい。
耳元で微かに聞こえるハッピーバースデーの歌が心地良くて、俺はゆっくりと目を閉じた。


「最後は、千秋の腕の中で眠りたいな。」

それが俺の、最後の言葉。
「好きだ」でも「行きたくない」でもない、最後の我儘。
薄れゆく意識の中で、俺は幸福感に包まれながら行くべきところへと旅立った。

ありがとう、俺を見つけてくれて。


きっとあの後も、暑い夏は続いている。
容赦なく陽射しが照りつけて、蝉がバカみたいに鳴いて。

今度生まれ変わった時には、また千秋と出会いたい。
そして他愛もない会話をして、キスをして…。
叶わなかったこの恋が上手くいけばいいと思う。
言わずに終わった、「好きだ」という言葉を言えたらいいと思う。
違うところで巡る運命を、再び同じこの場所で感じることが出来るのだと、俺は信じている。


だからまたいつか、この夏に会おう。






END.
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