「スターの茨道」-4




「こんにちはー…あれ?」

翌日、俺は相変わらず教室に来た。
だけどいつも先に来て待っているのはずの黒田がいない。
ピアノの前でえらそうに腕組みなんかして、俺を待っているはずなのに。
仕方なく待つことにして、荷物を床に置く。
その荷物の傍にぺたりと座って、膝を抱えた。


「なんだよ…、早くしろよな…。」

いつも俺にセクハラするのを楽しみに待ってるくせに。
ブツブツ文句を呟きながら暫く時計だけを見ていた。
俺しかいない教室中にその音がカチカチと響く。
黒田がいないとこんなに静かだったのだと、少しだけ寂しくなってしまった。


「なんだよ黒田ぁ…。」

もしかして、俺は本当に騙されていたのだろうか。
遊ぶだけ遊んで、俺を見捨てるっていうのか?
他に面白そうな奴を見つけたとか。
それとも、黒田はこことは何の関係もない人間で、勝手に教室を使っていたとか。
そんなことはあるわけがないけれど、最悪のことばかり浮かんでしまう。


「黒田…。」

早く来てくれよ…。
それで俺の身体を触ってくれよ…。
気付いてしまった気持ちは、多分恋なんだと思う。
男が男に、しかもあんなことをされて好きになるなんて…バカみたいだけど。
それでも俺は、あの行為が、あの快感が忘れられないんだ。


「黒田……っ。」

いない奴の名前を呼んでも聞こえるわけがない。
だけどこれが俺の精一杯だ。
熱に浮かされたように名前を呼び続けながら、気付いた時には手が下半身へ伸びていた。
いつもみたいに、いやらしく撫でられたい。
いつもみたいに、激しく擦ってイかせて欲しい。
目覚めてしまった欲望は抑えることなんか出来なかった。


「くろ…。」
「悪い、遅くなった!」
「う、うわあああぁ!!」
「なんだよ、何そんな驚いてんだよ?ちょっと遅くなっただけだろうが。」

突然がちゃりとドアが開いて、咄嗟に荷物で下半身を覆った。
遅い遅いと思っていたけれど、実際は一時間も経っていなかったらしい。
黒田の言う通り、普通はそんなに驚くことでもない。


「狭川、大事な話がある。」
「な、な、何っ?!な、なんでしょう!!」

気付かれてないよな…?
俺が一人でしようとしてたなんて…。
いざ本人を目の前にすると、恥ずかしくて逃げてしまいたくなった。
でも今逃げようとしたらこの荷物を退かせなければいけない。
そうすると必然的に剥き出しの下半身も出てしまうということで、俺がしていたこともバレてしまう。
一体どうしたらいいのか…考えても方法なんか見つからない。


「デビューが決まったぞ。」
「え…?は?!デビュー?!」
「そうだ。まだちょっと先だけどな。」
「嘘だろ…?!」
「嘘じゃねぇよ。だから最初に言っただろ、悪い話じゃないって。」
「だってそんな簡単に…。」

俺はどこまで騙されているんだ?
芸能人がよくデビュー秘話だとかテレビで話すのを聞いているけれど、そんな簡単にデビューなんてできるもんじゃないだろ?!
しかもこんな街の一角のたかが音楽教室みたいなところが。


「あぁそうだ、忘れてたな。」
「え…?名刺……、黒田プロぉ?!」
「黒田プロダクション社長の黒田だ、すまんな忘れてた。まぁマネージメントはうちがやるから安心しろ。」
「す、すまんって…すまんで済むかよ!!」

手渡された名刺には、確かに黒田の名前が書いてある。
もしかしてそれも嘘や詐欺なんじゃないかと思ったけれど、芸能界事務所のことはある程度調べていた。
大手とは言い難いけれど、確かにその名前は聞いたことがあった。
それが本当だとなると、デビューのことも嘘じゃない気がする。


「あぁそれとこれ、覚えてるか?」
「写真……、あっ!こ、これって…。」

それは、俺が初めて行ったライブハウスで見た、あのバンドの写真だった。
メンバー全員で写っているものと、ライブ中の写真。
まるであの時の音が蘇るみたいだった。


「それ俺。」
「は?!」
「ガキがさぁ、最前で感動して泣いてたんだよな。」
「う、嘘…!!」

写真と実物を見比べると、メイクのせいで気付かなかったけれど、それが同一人物だということがはっきりとわかる。
そういえば初めてここに来て聞いた声も、あんなに心地が良かったのは、あの時聞いた歌声と同じだったからなのだ。


「俺は申し込み用紙のお前の写真見てすぐにわかったのに。」
「ご、ごめん…、言ってくれれば…。」
「つーかさ、お前教室と事務所間違えるなんてすげぇよな。教室は隣のビルだぜ?」
「う…、どうせ俺はバカだよっ、何も知らないバカだよっ!悪かったな!」

俺はどうやら、黒田の事務所と、黒田経営の教室を間違っていたらしい。
だったら早く言ってくれよと思ったけれど、間違った俺がえらそうに言えることでもない。
どうせ俺は肝心なところを知らないバカで間抜けだよ。
どう言われても仕方ないと思っていたのに、黒田の口から出た言葉は意外なものだった。


「いや?そういうのが好きだって言ってんだけど?」
「え!!」
「だーかーらー、好きは好きだろ?俺は狭川が好きだって言ってんだよ!それもわかんねぇほどバカか?」
「わ…かる…けど…。」

嘘だろ…?
黒田が俺を好きだった?
しかも話からしてずっと好きだったってことか?
好きじゃなくても、気にはなってたってことか?
信じられない展開に、俺の頭は全然追いつかない。
ただ好きだと言われて、嬉しいのだけは確かだった。


「それより狭川。」
「はい?…あ!ここここれはその…!!」

混乱状態のまま、俯いた俺に、黒田がニヤリと笑う。
指差されたのは、荷物に隠された下半身だ。


「お前も俺を好きだって言ったら続きしてやるぞ。」
「べ、別にこれは…!」

なんでもない、なんてはずはない。
好きだと言われて、気持ちが昂ぶってしまったのか、荷物の下で俺のそこが再び緩やかに勃ち始めていたのだ。


「別にいいならいいけどな。」

意地悪を言う黒田に、俺は勝てない。
それはよく言う惚れた弱みというやつで、いつの間にか俺の身体と共に心までされるがままになっていたのだ。
黒田の思惑通り、俺は黒田を好きになってしまっていた。
だからもう、正直に言うしかなかった。


「う……、す、好き…です…。」

これから先の俺の人生は、演歌の歌詞みたいな茨道に違いないと思った。
それなら演歌歌手になるのも向いているのかもしれないなんて、調子に乗り過ぎだろうか。
少し(かなり?)の不安を抱えながら、その人生を捧げるように、黒田に身を任せた。








END.







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