「NARCIST?FAMILY!」-1
とあるホテルの一室。
聞こえるのは、シャワーの音と緊張を紛らわすためにつけたテレビの音。
それから自分の心臓が高鳴る音。
まさか自分がこんなことを言い出すとは思ってなかった。
そしてまさか相手が了承するとは…。
「何ビクビクしてるんだ?」
バスルームのドアが開き、中から湯気と共にその相手、鳴海が現われた。
悟史の心臓は今までにないぐらい大きな音を出して跳ねるように動いている。
鳴海の顔をまともに見ることすら出来ない状態だ。
「自分から誘ったくせに。」
「誘ったって…!」
いや、誘ったとしか思われないだろう。
『最後に僕を抱いて欲しい』
こんなに大胆なこと言っておいて、誘っていないと言う方が難しい。
でも最後だから。
もうやめるから。
やめなきゃいけないんだ…。
「一色先輩は、いいの…っ?奥さんが…‥んぅっ。」
「鳴海って…、呼べばいいじゃないか悟史…。」
鳴海の濃厚なキスに、悟史の言葉は遮られてしまった。
激しく絡みついてくる熱い舌と唾液に、息も出来ない程苦しくなる。
支えられた腰から崩れ落ちそうになって、悟史は思わず鳴海の肩を掴んだ。
「んっ、は…‥ぁ。」
「どうした?キスだけでギブアップか?」
ギブアップ……。
そうかもしれない。
悟史はもう全身が痺れ始めてしまっていた。
ずっと好きだった相手を誘って。
ずっと好きだった相手にこんなに激しいキスをされて。
そしてこれからその相手に抱かれるのだ。
「鳴海…っ、鳴海っ、あ、あぁっ。」
自分と同じ男に胸を弄られて、こんなに感じるとは思っていなかった。
悟史の赤く腫れ上がったそこには、更に執拗に鳴海の舌が絡みついてくる。
「は…あ…っ、ん、いや…っ!いやぁ…っ!」
こんな声が次々に出るとも思わなかった。
痛いぐらい胸の粒を指と舌で愛撫された後、その快感に反応してしまった性器を口に含まれた。
「なんで?嬉しいだろ?こんないやらしい汁垂らして。」
「やぁ……っ!つめた…っ。」
悟史のしなるように勃起した性器の先端からは、透明な液体が滴っていた。
鳴海は近くに置いておいたローションを手に取ると、悟史の開いた脚の間にある後孔へと垂らし、その濡れた指を挿入した。
「ん…‥っ!」
初めて経験する異物感に、悟史は思わず顔をしかめる。
それは当然だ、普通は何かを入れる場所ではないのだから。
男同士のセックスだからこそ何かを入れるのであって、悟史にとっては未経験のことだったのだ。
「あ、あ…っ、あっ。」
悟史の後孔はクチュリと淫猥な音をたてながら、時間をかけて鳴海の指を数本受け入れた。
それらの指で容赦なく中を掻き回されると、悟史の瞳には涙が滲んだ。
「鳴海っ、いれてぇ…っ!お願いっ、そこに…‥っ!」
「悟史がそんなにいやらしかったとはな…。」
鳴海は耳元でクスリと笑うと、悟史の脚を天井に向かって高く掲げた。
そして勃起した大きな自分の性器を、指で拡げた悟史の後孔に迷うことなく挿入した。
「ひぃ…っ!あ、あ───…っ!!」
悟史はあまりの痛さと衝撃に、ボロボロと涙を流した。
男同士というだけで、セックスがこんなに辛いものだとは思わなかった。
「悟史っ、すごいだろ…っ、中で俺のが…っ。」
「あ、あぁ…っ!鳴海っ、鳴海…‥っ!」
やがて沈んでいく鳴海を全身で受け入れると、それは悟史に快感をもたらした。
この世で誰よりも好きな相手の名前を叫びながら、力が果てるまで揺さ振られ続けた。
一度絶頂に達した後も容赦なく鳴海に責め続けられ、悟史はいつの間にか意識も途絶えてしまっていた。
「…鳴海…‥行かないで…‥。」
ぐったりと眠ってしまって、そんな寝言を呟いたことには気付かないまま。
翌朝になって目を覚ますと、部屋には自分だけが残されていた。
わかっていたんだ。
こんな風に後から惨めになるということは。
それでも、自分も誰かのものになる前に抱かれたかった。
鳴海を好きだった記念に…。
「悟史、準備は出来たの?」
「はい。今行きます。」
今日悟史は、結婚式を挙げる。
これからは、勤務している病院の院長の娘の婿として生きていくのだ。
実の両親まで大喜びで悟史を家から出した。
好きだなんて気持ちはこれっぽっちもない、政略結婚みたいなものなのに。
「はぁ…。」
今更そんなことを言ってももうどうにもならないことはわかっている。
だからこそ一度だけでもいいからと鳴海に抱かれに行ったのだから。
悟史は深い溜め息を吐いて、式が行われる教会へと向かった。
「夫、雨森悟史は…健やかなる時病める時も‥…。」
神父が放つ誓いの言葉は、悟史にとって呪いの言葉にしか聞こえなかった。
まだ昨日のセックスの余韻が、身体にも耳にも残っているから。
まだ身体中で鳴海を好きだを言っているみたいで…。
一色鳴海は悟史が高校の部活動で仲良くなった、2つ上の先輩だった。
一緒にいたのはたった1年だったけど、悟史のことを一番構ってくれた。
その鳴海の素振りから、実は自分と同じような感情を抱いているのではないかと思ったこともある。
しかしその鳴海はと言うと、悟史の淡い期待を裏切り、突然19歳になる手前で結婚してしまった。
もう自分の想いは届かない。
諦めたはずなのに、自分が誰かのものになると決まった時から、またその想いが溢れて止まらなくなってしまった。
一晩だけでも、好きだった相手に独占されたかった。
「‥…永遠に愛することを誓いますか?」
神父が怪訝そうに悟史の顔を見ていた。
どうやら考え込んでいる間に何度も言われていたらしい。
「誓いますか?」
偽りの永遠の愛なんて誓いたくなんかなかった。
たとえ思いが届かなくても、嘘の誓いなんてしたくない。
せめて自分の心だけは、嘘をつきたくない。
嫌だ……。
一色先輩…。
鳴海…、鳴海、鳴海……!
「悟史…っ、来い…!!」
その時だった。
教会の扉が大きな音をたてて開いたかと思うと、そこには息を切らせて汗を流している鳴海の姿があった。
嘘だ。
どうして…?
信じられない、そう思いながらも悟史は走り出し、鳴海と一緒に教会を飛び出した。
もう後のことなんてどうでもよかった。
「先輩…っ、なんでっ?なんでいるの…っ?!」
自分の手を引きながら真剣な横顔で走る鳴海の心がわからなくて、悟史は走りながら訊ねた。
走り過ぎて呼吸は苦しく、身体もクタクタだ。
「せんぱ…っあ!いたた…!」
「相変わらずどんくさいなぁ悟史は。」
「ちょっ…、先輩っ!下ろして…!」
「俺これいっぺんやってみたかったんだよな。なんだっけ?卒業だったか?花嫁略奪するやつ。よくドラマとかで使われてるだろ?」
悟史はふらついた拍子に、何かにつまづいて転倒してしまった。
その姿を見た鳴海は笑いながら、悟史の細くて軽い身体を抱き上げた。
鳴海は楽しそうに抱いたまま走り続けて、人気のない木の陰に辿り着くと、悟史をゆっくりと下ろした。
「先輩、何考えてんの?こんなこと…。」
だって先輩は奥さんも子供もいるのに。
どうして僕なんかをこんな…。
「悟史が行かないでー、とか夜中に泣くからだろ。」
「えっ!嘘…っ?!」
「あんな顔見せられたら、黙って誰かに渡すなんて出来るわけないだろ。」
「先輩…。」
鳴海の手が悟史の頬に触れて、唇にも触れた。
何度目かに交わすキスは、昨晩とは違ってとても優しいものだった。
「でも先輩っ、奥さん!奥さんはどうするの?!」
「あー、子供置いて逃げられた。俺がずっと悟史を好きなことに気付いてたしな。」
俺がずっと悟史を好きなこと?
鳴海は今そう言った?
悟史は鳴海の言葉が信じられずに、目をパチパチさせている。
「でも結婚したのに…。」
「あー、ありゃデキちゃった結婚だからな。あれだ、悟史に彼女出来て自棄んなって、つい、な?」
「し、信じられない…!それだけで自棄になる?」
「なるよ。悟史のことならなる。」
確かに悟史にはほんの一時期、付き合っていた女性がいた。
その時は鳴海を好きだとは思っていなくて、後で鳴海を好きだと気付いて別れたのだ。
「俺、悟史に一目惚れしたんだよ。」
「嘘っ!」
「嘘なもんかよ。お前が俺の心を最初に奪ったんだからな。」
「そんな……っん!」
今度は昨日と同じ鳴海の激しく熱いキスが、悟史の唇を塞ぐ。
そのキスが嘘ではないと言っているみたいに。
「さっきの俺、カッコよかったろ?」
「でも僕、花嫁じゃないよ…んっ、ん…。」
悟史の全身がまた痺れ始めた。
そして鳴海のキスに応えるように、自分からも舌を絡めた。
「な?うちに嫁に来いよ。」
「だから…っ、嫁じゃ、はぁ…っ。」
「セックスん時お前が嫁役だろ。なんならここでやってやろうか?」
「やだ…っ、ダメだよ…っ!」
鳴海のシャツを握りしめ、窒息しそうなぐらいのキスを続けた。
すぐに鳴海の手が悟史のタイを緩めて、シャツのボタンを外した。
もしかして鳴海はここでセックスするつもりなんだろうか。
いくら盛り上がったからと言っても、さすがにこんな場所でする勇気など悟史にはなかった。
「なんだ、嫌なのか?」
「やだよこんなところじゃ!お願い、先輩ん家行くからここではやめようよ…!」
「鳴海だって…。」
「うん、鳴海…。」
離れた唇が再びゆっくりと重なる。
二人の鼓動も重なって、夢の中に溶けていくみたいだ。
「悟史、責任取れよ。」
「うん…、鳴海もね…。」
お互いに奪われた心。
そしてこれから一生かけてお互い責任を取るのだ。
悟史は鳴海に抱かれながら、いつまでもその幸福感に浸っていた。
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