「きみの雪が降る夏」-1





ダメだ…もう動けない…。
どうしてこんなことに…。
修学旅行で、凛たちの高校ではスキーに来ていた。
そして斜面の縁から転げ落ちてしまった。
その時は自由行動で一人で滑っていたから、誰もこんなことになったのは知らない。
調子に乗って上級者コースに来てしまったため、 周りに人も見えなかった。

あぁ、なんだか疲れて、眠くなってきた。
凍死する時って、こんな感じなんだなぁ…、ふわふわして、気持ちいい…‥。





「あ…れ…‥。」

ふわふわしてたのは、どうやら布団だったらしい。
その前にここは一体どこなんだろう、誰の家…?
随分と古いその天井を、ぼんやりと眺めていた。


「あっ、目、覚めたのか?」

ふいに大きな声がして、驚いて目を見開く。
玄関らしき戸が開いて、そこには少年が立っていた。
こんな真冬に、半袖の少年…といっても自分と同じぐらい、それか、ちょっと大きいだろうか。
開いた戸の先は一面の雪で、今もなお降り続いていた。
隙間から大きな雪の粒が、風と共に入り込んで来て、凛は布団にさっきよりも深く潜った。


「えっと…、俺、助けてもらったんだよな、ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「あの、寒く…ないのか?」
「うん。」

にっこりと笑ってその少年は凛の元へと近付いた。
手には何か握りながら、その纏った空気はやはり冷たい。
近くで見ると、肩の辺りでまばらに切られた髪とか、自分を見つめる瞳の微妙な色あいが、見たことのない雰囲気を醸し出していた。


「俺、雪んこだからさ。」
「ゆ、雪んこぉ〜??」

…って、なんだろ、よく言う雪女とか雪男の類…?
とにかく人間みたいだけど人間じゃないってことだよな。
そんな童話や昔話の世界でしか、凛は見たことはなかった。
たいていの人間がそうだと思うけれど。


「俺の母さんは雪女なんだ。」
「へ、へぇ〜…。」
「だから俺も、将来立派な雪女になる。」
「へ、へぇ〜…。」

男なんだから、雪男だろう。
いや、それよりも。
本気なんだろうか。 真剣に言っているのだろうか。
騙されているとか、意識不明で別世界を彷徨っているとか。
もしくは、本当に死んでしまっていて、 もう違う世界に来てしまったか。
思いつくままに可能性を、脳内で挙げる。


「いい?ほら……、はぁ…──。」
「────…!!」

座卓の上にあった蜜柑を一つ手に取って、雪んこは息を吹きかける。
そのオレンジ色が、息のかかったところから、薄ら白く、凍りついた。
本物…、雪女の、子供…。


「信じた?名前は、ユキオ。」
「うん…、って、だったらやっぱり雪男だよ。」

ユキオ=雪男、という安易で相応な漢字が浮かぶ。
イメージする雪男とは、全然違うけど。


「何?」
「いや、こっちの話。それより、ありがとう、助けてくれて。」

凛が再び礼を言うと、ユキオは笑った。
それは氷の微笑とはまったく無縁な、 温かい表情だった。


それからユキオたちについての話を色々聞いた。
凛がさっき見た、息を吹きかけて、凍らせるのは、それで人間を凍死させたりしているのではないか。
自分もそうされるのではないかと恐くなったから。
昔話で記憶に残っている、雪女はそうして人間を殺めていた。
しかしそれは、全ての人間にではないという。
自分たちの聖域を侵す者たちのみにするそうだ。
その話をした時、少しだけユキオの表情が曇った。


「だから俺は、それをなくすために頑張ってるんだ。」
「え…、そんなことできんの?」

得意気に笑って、ユキオは自分の夢を語り始めた。
ユキオたちは、寒いところでしか暮らせない。
この修学旅行に来たところは、夏でも涼しいようなところで、山の上だから、なんとか暮らせるらしい。
最近地球も温暖化してきたから、昔より山から下りれない。
他の奴らは嫌がるけど、実は下りてみたい。
そして人間のやっている店で、アイスを買うんだ。
そんな小さな幾つもの夢をユキオは語った。


「俺の力で、気温を下げる。真夏に雪ってのも見れるかもな。」

そんな小さな夢のために、大きなことをやろうとしている ユキオが、キラキラ輝いて見える。
真っ白な雪に反射した時のような、太陽みたいに。
確かに真夏に雪というのは、見てみたい。
そう思ったのは、もう一度ユキオに会いたい、と思ったからだ。
それが恋だとは、確信は持てないけど。


「ユキオならできるかもな。」
「うん、そしたら、凛に一番に会いに行く。」

できるかも、なんて期待をさせるようなことを言って、ユキオにいいように思われたかったのだろうか。
それに喜んで会いに行く、と言ってくれたユキオは、心の中まで雪の結晶のように透き通っている。


「ありがと…、ごほっ。」
「あ…、やっぱり風邪ひいてたみたいだな。」
「まぁ、あの吹雪の中ずっといたから。」
「ここ、あったかくできないからな…、布団しか…、あ、これ。」

ユキオがさっきから握っていたものが、凛の手に落とされた。
透明な水晶の中に、薄い雪の結晶が閉じ込められている。
その中が一つの物語になっているような石だ。


「なんでも叶うんだ、凛の風邪が、治りますように。」

ユキオはもしかしたら、人間より人間らしいのかもしれない。
それでも一緒に握られた手は、冷たかったけど。








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