「醒めない夢をみせて」-3






あれから一週間が過ぎた。
毎日眠れなかった。


「也、あたし今日も…。」
「わかってるよ、母さんには言っとく。」

朝校門で別れる前、いつものように姉は遅くなることを告げた。
もう我慢が出来なくて、耐えられなくて、そして姉はどんな顔を恋人の前で見せるのか、気になって仕方なかった。
だからやめろと心の中では思いながらも、放課後になって後を付けてしまった。
馬鹿だよな、こんなことをして…。
でも幸せなその姿を見たら、諦めがつくかもしれない。
なんだか自嘲さえ洩れる。

そのデートはごく一般的な恋人同士のするものだった。
映画を観て、ファミレスで食事をして…そしてホテルに行って…。

もうやめよう。
やめるしかないんだ。
姉が幸せならそれでいいじゃないか…。


「じゃあまたね。」
「おう。」

こんなに嬉しそうに笑うじゃないか。
それでいいじゃないか。
この人を幸せにするのは俺じゃなかったんだと思えばいいんだ。
溜息をついて姉に見つからないように、その場から離れようとした時だった。


「悪ィ悪ィ、待ったか?」
「ううん〜、今来たところー。ねぇ早く入ろ〜?。」

え…………。


「おう、じゃあ行こうぜー。」

なんだよそれ…。
今姉ちゃんと出てきたホテルだろ、そこ。
何また入ってるんだよ……違う女と…!!


「てめぇ…!」

頭が割れる程血が昇って、迷うことなく走り出した。


「わっ、お前、確か奈緒の…‥。」
「ふざけんな…っ!」

自分がなれない立場になって、自分が出来ないことをして。
それで散々遊んで捨てるって言うのか?
憎い…本当に心の奥底から憎くて仕方がない。
今まで我慢したのは全部姉の為だったのに。


「もういいよ。」

振り翳した拳を、細くて白い綺麗な手が止めた。


「姉ちゃん…。」
「もう、いいよ、也。」
「なんだよお前ら?おっかしいの、マジんなって。」

何がいいんだ、そんな顔して。
でもこれ以上悲しむ顔は見たくなくて、仕方なくその腕を下ろした。
宮岡は酷い捨て台詞を吐いて、その女と一緒に去って行った。


「姉ちゃん。」

どんな言葉を掛けていいのかわからなくて、その言葉しか出なかった。


「也は昔と変わらないね。あたしを守ってくれるとこ。」
「奈緒…。」

泣いているのに無理して笑っているのが余計悲しくて、夢中で手を伸ばした。
そして暗い細い歩道の上で、初めて名前を口にして、初めてその身体を抱き締めていた。








ずっと…、ずっと奈緒のことが好きだったんだ。


姉が失恋して弱っているのをいいことに、卑怯にも想いを告げた。
絶対に嫌われる、気持ち悪がられる。
二度と口も利いてもらえない。
そう思っていたのに、姉の口からは信じられない言葉が返って来た。


あたしも、也が好き…。


一瞬聞き間違いかと思ってしまった。
これは自分にとって都合のいい夢だ、普通はそう思うだろう。
実の姉弟なのだから。
叶うなんて思う方がおかしい。
それに姉には付き合っている男がいて、振られて泣いて…。


血の繋がった弟に恋してるなんて、おかしいじゃない。
だから他の人と付き合ったのに馬鹿だよね。
さっき也がやっぱり好きだって思い知らされたの…。


だからあんな顔してたのか?
あれは俺の為に泣いたのか?
そう思っていいんだよな…。
おかしい、馬鹿だ、と繰り返してまた泣いてしまった姉に口づけた。

…そして抱いた。

自分とは全然違う柔らかい肌や、髪や、身体の曲線。
快感に支配されて流す涙も、今だけは自分のものだ。
姉を「女」だと自分の身体で感じることができた。
それだけでもういい…。
もうよかったんだけど…。


「也、自分を責めないでね。」

ベッドに横たわり、ぼんやりとした傍らの照明の中で、姉はまだ潤んでいる瞳で見つめてきた。
上気した肌が、自分の肌にそっと触れる。


「悪いとか思わないでね。」

実はたった今自分を責めて悪いと思って、後悔していたところだった。
姉には全部お見通しだったのは、血が繋がっているからだろうか。


「あたしもこうなりたかったんだから、同罪だよ。」

悲しく笑う姉が愛しくて、もう一度手を伸ばして、その身体をきつく抱き締めた。

きっとこの恋に幸せな結末はない。
永遠に結ばれることもない。
いつかは離れなければいけない。
それでもいい。
姉が自分を好きじゃなくなるまではどうかこのままで…。


「奈緒…ごめん、でも好きだよ…。」

犯した罪に、汚した身体に、明るい未来がないことに謝罪しながらも、一度手に入れてしまったから止めることは今はできない。


「あたしもごめん…。好きでごめん…。」

何度も口づけたその唇に、再び自分の唇で触れた。
触れながら、祈らずにはいられなかった。



お願いだからもう少しだけ…、醒めない夢をみせて。










END.








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