「神様は恋に夢中」-1
性格はいい加減で、適当で、面倒くさがり。
無類の子猫好きで、好みの奴を見つけると手を出さずにはいられない。
交尾のことしか頭になくて、時も場所も考えず、口を開けばそのことばかり。
本業の魔法を教えることは平気でさぼるくせに、悪いことをする時だけは人が変わったかのように生き生きとする。
こんな俺を、とても神様だとは思えない、誰もがそう思うだろう。
現に手下…もとい世話係の従猫達には「お前なんか神様じゃない」だの「神様だなんて認めない」などと、散々言われる始末だ。
「…ギ、アオギー。」
「ん……。」
以前この場所にいた神様の銀華が、掟を破り人間と恋に落ち、俺が配属されてから随分と時が経った。
従猫である紅丸と桃太は、その銀華に絶大なる信頼を寄せていたようで、未だに二匹の中では「俺<銀華」という式が成り立ったままだ。
それでも毎日喧嘩のような会話を繰り返しながらも、俺なりに少しずつ関係を進歩させてきたつもりだった。
それが向こうに伝わっているか否かは別として、何だかんだと言いながら、俺はこの場所での生活を楽しんでいた。
「アオギー、アオギってばー。アオギ、起きてー。」
「ん……?あぁ…どうした?シマにゃんこ…。」
「あのね、お腹減ったのー。」
「ん…もうそんな時間か…?」
それもそのはず、俺には今、物凄く好きな奴がいるのだ。
身体の大きさや形や触り心地、それから顔の中身…何から何まで俺の好みど真ん中で、出会って一瞬にして気に入った。
こんな歳になって恥ずかしい話かもしれないが、いわゆる一目惚れというやつだ。
元々は人間に飼われていた「シマ」というその子猫を騙して、無理矢理この世界に引き摺り込んでしまった。
「そんな時間なの。」
「そうかそうか、シマにゃんこはお腹が減ったのかー。」
「うん、減ったー。アオギは?減ってないの?」
「そうだなぁ…。」
さすがの俺も罪悪感に苛まれ、一度はシマを人間界に返そうとした。
しかしシマの方から、俺の元へ戻って来てしまった。
「アオギ、会いたかったの…、アオギ…好きだよぉー…!」
そう…俺のことが好きだからと、あれほど大好きだった飼い主の元を離れてまで、俺と一緒にいることを選んだのだ。
「アオギ…?どーしたの…わっ!」
「俺はシマにゃんこが食べたいなぁ〜♪」
「や……っ!アオギ…っ!」
「シマにゃんこはいつも美味しそうだもんなぁ…どれどれ…。」
あんな愛の告白を泣きながらされてしまったら、大事にしたいと思うのが当然だろう。
一緒の布団で寝ていれば興奮だってするし、いつどんな時でも触れたいと思う。
「アオギってば…!ダメだよぅ…!」
「んー?どうしてだ?」
「だってぇ…寝る前もあんなにしたのに…!」
「あれはあれ、これはこれ!シマにゃんこの身体は早く食べて欲しいって言ってるぞ?ん?」
「でも…っ、ひゃん…っ!」
「可愛いおっぱいだなぁ〜♪でもおっぱいだけじゃないよな、こっちも…。」
その衝動を抑える必要なんか、どこにもない。
俺はぎゅっとしがみ付いていたシマの上に乗り、早速その小さくて柔らかな身体に触れた。
昨晩の余韻がまだ残るその身体は、何度触れても飽きることなんてない。
早くその身体と自分の身体を一つにしてしまいたい…既に交尾をする気満々の状態だった俺に、いつものように邪魔が入ったのはすぐのことだった。
「青城様ぁー、そろそろ起きて下さ……な、な、何やってるんですかっ!!」
「なんだ桃か。何って…見てわからんのか?交尾に決まってるだろう?今いいところなんだよ。」
「桃ちゃ…、あっ、あぁ…ん!」
「な、何がいいところですかっ!あ、あ、朝からそんな…!!」
「朝だろうが夜だろうが交尾するのに関係あるのかよ?お前も紅とやって来ていいぞ?お互い遠慮はなしといこうじゃないか!」
「やぁん…っ、アオギ…っ!」
シマはまだ、小さい。
小さいからこそ、まだ何も知らない。
俺はそんなシマが相手なのをいいことに、無茶ばかりしている。
それをいつも止めるのが、この桃太の役目だった。
「な…ななっ、何バカなこと言ってるんですかっ!も、もう…信じられないですぅー!!」
「おいおい、バカとは失礼な奴だなぁ。」
「と、とにかく服を着て下さいぃーっ!」
「ひゃーひゃっひゃっ、真っ赤になって可愛い奴だな!どうだ?一緒にするか?ん?」
もちろん桃太と一緒に交尾をするなんてことは絶対にない。
今までの俺なら有り得たかもしれないけれど、このシマが来てからは違う。
俺の心はシマ一直線、他の奴に目を向けることは100%ない。
ただ邪魔をされたことへの仕返しと言うか…俺のいつもの悪い癖で、悪い冗談みたいなものだ。
「このアホ城っ!!いい加減にしろっ!!」
「ちっ…来たな、うるさいのが。」
「も、桃に触るなっ!」
「まだ触ってねぇっつぅの…。その前に桃に興味なんか…ブツブツ…。」
「何だと?!桃をバカにしたら俺が…!」
「何だそりゃ?触って欲しいのか触って欲しくないのか、どっちなんだよ?」
「そ…そういうことを言ってるんじゃないっ!!」
「はいはいわかったよ、起きりゃいいんだろうが、起きりゃあよ!」
そして厄介なのが、もう一匹の従猫の紅丸だ。
桃太と同じ時期にこの場所へ連れて来られた、双子みたいなものらしいが、今では恋仲になってしまったらしい。
俺がこんな風に桃太にちょっかいを出せば、必ず文句を言いにやって来る。
一体どこで見ているのか、はたまた匂いでも嗅ぎつけるのか…。
面倒くささという点では桃太よりも勝るために、俺はこの紅丸が出て来た時点でやめるようにしている。
「ほらシマにゃんこ、あーん?」
「あーん…。」
「どうだ、美味いか?ん?」
「うんっ!美味しいー。」
服を着込んで食卓へ着くと、そこにはズラリと並んだ食事が待っていた。
決して豪華というわけではないけれど、温かさを感じる、何だか懐かしいような食事。
家族なんかいたことも、人間に飼われたこともない俺が言うのは変かもしれないが、「家庭の味」と言ったところだろうか。
シマもこの味は気に入っているようで、いつも美味しそうに食べている。
「あのねーアオギー…。」
「ん?なんだ?どうしたシマにゃんこ、何かあったのか?」
「昨日ね、おもちゃが一個壊れちゃったの…。」
「そうかそうか、それは悲しいなぁー?よちよち、俺が新しいの買ってやるぞ!人間界に見に行くか!」
「やったー、アオギ大好きー!」
「俺も大好きだぞー、シマシマにゃーん♪」
物で釣っている…と誤解されるかもしれないが、シマには何でも与えてやりたいと俺は思っている。
好きな物を買ってあげて、好きな物を食べさせてやって…何だって言うことを聞いてやりたい。
それはこの世界に連れて来てしまったことの罪悪感からではない。
ただ単純に、好きな奴の願いに応えたい、それだけだ。
「あの…青城様…、お邪魔するようで悪いんですけど…。」
「なんだ、桃も欲しいのか?おもちゃ。」
「ぼ…ぼくはそんな子猫じゃありませんっ!おもちゃはとっくに卒業してますっ!!」
「あーはいはい、まったく…朝からよくそんなに怒れるよな…。もうちょっとこう穏やか〜に、にこやか〜に出来ないもんかねぇ…。」
「だっ、誰が怒らせてると思ってるんですかっ?!」
「俺のせいにするなよ、桃が勝手に怒ってるだけだろうが。」
ラブラブ絶好調な俺達の間に、桃太が遠慮がちに割って入った。
冗談で和ませようとしても、桃太や紅丸には通用しない。
俺が悪いのかもしれないけれど、昔からこのやり方で、この性格で生きて来たのだから、今更直せるわけがない。
「も、もういいですぅ!」
「なんだよ、じゃあ最初から言うなよ…。」
「そ、それより!今日行くんじゃないですよね?その、おもちゃ買いに…。」
「そのつもりだが…。何かあるのか?それとも寂しいのか?」
「さ…寂しいなんてひとことも言ってません!全然思ってませんーっ!」
「お?なんだ桃、言うようになったなぁ?」
シマが俺の膝の上で口を開けて次の食べ物を待っている中、俺と桃太の言い争いは少しの間続いた。
見かねた紅丸が食卓の後ろにある戸棚から封筒を出して置いたけれど、俺には何のことだかわからなかった。
「これ!大猫神様から手紙が来たんだろ?!呼ばれたから出掛けるって言ってただろうが!!」
「あぁ!あのくそじじいのやつか!いやぁー、すっかり忘れてたな!よく覚えてたなぁ、桃も紅も。こんなどうでもいいこと。」
「おまえ…いつか罰当たるぞ…。」
「はっはっは!そりゃあ当たってみたいもんだなぁ?そうか…出かけなきゃならんのか…。」
ちらりとシマを見ると、キョトンとした顔をして、俺を見上げていた。
このシマを置いて出掛けるのも嫌だが、大猫神のところへは連れて行けない。
いや…それよりも何よりも、たった今おもちゃを買ってやると言ったのに…。
せっかく俺のことを大好きだと言ってくれたシマの期待に応えることの方が、俺にとっては重要なことだった。
「アオギ、出掛けるの?僕お留守番?」
「あー…いやぁ…それがだな…。」
「おもちゃ今度でもいいよ!」
「え……?いや…しかしだな…。」
「だってお仕事だもんね?アオギは立派な神様だもん、しょうがないの!」
「シマにゃんこ…!な、なんていい子なんだ…!よーし、ちゅーしてやるぞ、ご褒美のちゅーだ!」
「ちゅ?」
「そうそう、ちゅーだぞ、ちゅー?」
俺のことを神様だと認めてくれるのは、このシマだけだ。
それも今までなら我儘を通したかもしれないのに、俺の仕事のことまで理解をしてくれた。
俺は愛しさで胸がいっぱいになり、シマの頬に何度も唇を付けた。
桃太と紅丸は文句を言う気も失せたのか、黙って俺達から目を逸らしていた。
「んじゃあまぁ行ってくるか。面倒くせぇけどよ。」
「もー…面倒くさいとか言わないで下さいよ…。あっ、気を付けて行って来て下さいね。」
「ん、わかっとる。シマにゃんこのこと、くれぐれも頼んだぞ?」
「ぼくだってそれはちゃーんとわかってますよ。」
「あぁでもな、ムラムラしても手なんか出すんじゃないぞ?そんなことしたら…。」
「だ…出しませんよっ!青城様じゃないんだから…!」
「なんだ、その青城様は変だからそういうことをするんですぅーみたいな言い方は…。」
「も…もういいからさっさと出て下さい!大猫神様が待ってますよっ!」
玄関でも少しの言い争いがあり、俺は桃太と紅丸に見送られて後にした。
シマは食後に眠くなってしまったのか、寝室でスヤスヤと眠っていた。
帰った時に駆け寄って来るのを楽しみに待つか…俺はそんな気持ちで、行って来ますの挨拶代わりに、額に小さなキスだけをして来た。
「しっかし面倒くせぇなぁ…。」
俺は呑気に鼻歌を歌いながら、大猫神の待つ場所へと向かった。
この時の俺はまだ、この先に迎えていることを予想なんか出来なかった。
神様になってから…いや、この世に産まれてから、俺にとって最大の出来事が起こってしまうなんて…。
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