「MY LOVELY CAT」-15




神様らしくない神様の話は、その後も更に僕を驚かせた。
殴られた頬を押さえながらも話してくれた事実は、虎太郎さえ知らないことだった。


「つぅか元々猫を人間にする魔法ってのはな、別の目的で使われるんだよ。」

それは猫が人間にどうしても伝えたいことがある時なんかだ。
猫のままでは喋ることも出来ないから、その時だけ魔法をかける。
もし何か恩返しやお礼をしたいと言うならば、一つだけその人間のお願いを聞いた後、元に戻るのが本来のこの魔法だ。
いくら感謝をしているからと言って人間に恋をすることは元々禁止をされていて、それを破ったら罰を受けるというのが普通だそうだ。


「誰が言ったのか知らんが間違って伝わっているみてぇなんだよな〜。」

その誰か…最初にそれをやってしまったのは、シロという猫らしい。
人間を好きになって交尾をしてしまい、罰としてその人間の傍にいろというものだった。
それじゃあ罰なんかになっていないんじゃないかと突っ込みたくなってしまう。
僕はそのシロを何度か志摩の家で見かけたこともあって、志摩の友達だと言うから案の定僕とは気が合わなかった。
シロだなんて変なあだ名だなぁ…なんて思っていたけれど、それは本名だったということだ。
どうりで言っていることが時々変な時があったはずだ…。
だけど普通に生活をしていたら猫が人間になるだなんてことは考えたこともないはずだから、僕がわからなかったのも仕方がない。


「まぁ今回はなー、俺も恩返しっつーか…。」

それを間違っているとも言わずに虎太郎の願いを聞いてやったのには理由があった。
虎太郎を飼う前に飼っていた猫…志摩と同じ名前の猫は、この神様にもらわれて行ったらしい。
虎太郎がここに来た日の夜、隼人が言っていた「シマ」という猫の話はこのことだったのだ。
二人が可愛がっていた猫をもらったことに対しての恩返しが、今回のことというわけだ。


「そ、それのどこが恩返しなの…。そういうのは志摩や隼人にしてよ。」
「んー、でもまぁ二人の猫のお願いっつーことで…二人にとっては子供みたいなもんだろ?二人も頼んで来たしな。」
「そ、それはそうかもしれないけど…。」
「そもそもこいつはお前が好きなんだし…ほら、志摩ちゃんと隼人くんと3Pっつーわけにはいかんだろ?」
「さ…っ!な、何考えてんの?!最低っ!!どこが神様なの!!」
「だからそうしなかったんだろうが。それにお前とくっ付いたんだからいいだろう?しっかしいちいちうるさい奴だなー。」

うるさくさせているのはそっちじゃないか。
いちいち僕の神経を逆撫でするようなことばかり言って、エッチなことばかり言うから…。
一体猫の世界っていうのはどういう基準で神様になれるものなんだろう?
こんな奴がなれるぐらいなら、誰でもなれるんじゃないかと思ってしまう。


「じゃ、じゃあちゃんと魔法っていうのかけてよ!虎太郎を人間にしてやってよ!この耳と尻尾取れるんでしょ?」
「ん?あぁ…いいのか?」
「な、何が…?何で僕に聞くの…?」
「いや、なんだか煙たがってるようだったしな。本気で好きなのかどうかと思ってな。」
「え…あ…、あの…。」
「ん?どうしたどうした?志摩ちゃんと隼人くんからは好きになったって聞いたけど…違うのかぁ?」

最低だ…。
あの二人め、僕が素直に言わなかったことまで報告してくれちゃって…。
この神様も全部をわかっていてそんなことを言っているんだ。
ニヤニヤ笑いながら詰め寄ってくるところなんか、楽しくて仕方がないとしか見えない。


「それはその…。」
「志季ぃー、俺のこと好きになってくれたんじゃないのか?」
「なんだ、やっぱり好きじゃないのか?そりゃそうだよなぁ、好きなら好きって言えるはずだもんなぁ?ヒヒヒ。」

虎太郎までそんなことを言うもんだから、僕はいよいよ誤魔化せない状況に陥ってしまった。
まさか昨日の今日でこんなことを言わせられるなんて思ってもみなかった。
しかも他の人がいる前で、どうしてそんな恥ずかしいことを言わなければいけないんだ…。


「…う……。」
「ん?なんだ、よく見りゃ可愛い顔してんなぁ?尻も俺好みだったしちょっと歳は食っているが…。どうだ?俺の愛猫にならんか?」

僕はまだ10代の若者なのに、こいつは一体どういう趣味をしているんだろう。
だいたい、神様が交尾だとか男を好きだなんて…志摩と隼人のところから奪ったなんて…。
そこからして神様らしくないと言うか…。


「歳食ってるって…僕はそんなに年寄りじゃ…。」
「ダ…ダメええぇっ!!それは絶対ダメっ!!」
「お、どうした虎五郎?」
「わっ!ちょ…、何すんの!!くっ付かないでって…。」
「俺の名前は虎太郎だってば!それに志季は俺のなんだっ!!いくら猫神様でも志季だけはあげないっ!!」
「って言ってるけどそうなのか?」

突然虎太郎が大声を上げて、僕の身体をぎゅっと抱き締めた。
僕は虎太郎のものじゃない、そんなにベタベタひっつかないで。
そう言って突き放してやりたかったけれど、僕は虎太郎の熱意に負けてしまった。
だってこれ以上誤魔化していたら、虎太郎は不安になってしまうと思ったから。
少しだけでもいいから素直になって、虎太郎に嫌われないようにしたいと思ったんだ…。


「そ…そうかもしれない…と思うけど…っ。」
「ん?何がどうそうかもしれないって?思うけど何だって?俺猫だからわかんなーい。」
「もうっ!!だから僕は虎太郎が好きだって言ってるの!!そ、そんな変態神様なんか嫌だって言ってるんだってば!!」
「む…変態とは失礼な…。ちょっぴりエッチでお茶目なー、とかもっと可愛い言い方があるだろうがよ。」

ついに僕は、自分の気持ちを言ってしまった。
本当にこんなところで言ってしまうなんて…恥ずかしくて顔も上げられないぐらいだ。


「志季いいぃー!!俺嬉しい!!志季っ、志季ぃー!!」
「わあぁっ!!ちょっとやだってば…っ、虎太郎っ、バカぁ!!」
「志季、志季ー、志季好きだ!志季、大好きだー!!」
「ちょ…やめてって…っ、バカっ!!離れてよ!!」

虎太郎は感嘆の声を上げて、僕の頬に何度もキスをして来た。
人前でこういうことをするのも、志摩と隼人の影響かもしれない。
二人には後で散々文句を付けて、隼人がいない時に志摩のことをネチネチいじめてやるんだから…!


「んじゃまぁ早速魔法をかけてや…。」
「ダ、ダメ!!猫神様待って!!」
「何言ってんの虎太郎っ?!人間になりたいんでしょ?!」

こうして僕の告白も無事に(?)終わり、神様も納得をしてくれた。
これでちゃんとした魔法をかけてもらって虎太郎が人間の姿になれば、何の問題もないはずだ。
一番それを望んでいたのは虎太郎なのに、その虎太郎は何かに気が付いたようにしてそれを止めた。


「何だ?どうかしたのか?」
「だって…今魔法かけたら俺ちゃんとした人間になるんだろ?そしたら志季は交尾してくれないかもしれない!!」
「バ…バカっ!何言ってんの?!」
「なるほどな。意地っ張りな子猫ちゃんのことだからなぁ。」
「うんっ!だから今度こそ本当に俺と志季が交尾したら人間になるような魔法かけてくれ!!」
「バカ!!そんなこと出来るわけないでしょ!!もうっ、信じらんないっ!!」

いくら僕が意地っ張りだからって、そこまでじゃないのに…。
ちゃんとするって…もうちょっと待ってって言ったじゃないか…。
虎太郎だって待ってくれるって言ったくせに、すぐに忘れているんだから。


「出来るわけがないぃ?おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?神界でも優秀で男前だって評判の青城様とは俺のことだぞ?」
「し、知らないよそんなのっ!神様とか何とかって…わけわかんないよっ!」
「猫神様は凄いんだぞ、志季!」
「この俺に出来ないことなんかないぞ!よし、んじゃそうしてやるよ。」
「ちょっとっ、何考えてんのっ!!」
「うん!よろしく頼んだ!!さすが猫神様、カッコいいな!」

僕はもしかして、言ってはいけないことを言ってしまったんだろうか。
こういう自分好きで自分に自信がある奴っていうのも何かと面倒だ。
志摩と隼人が飼っていた猫も、どこがよくてこんな奴にもらわれて行ったんだろう…。


「それにあれだ、初めての時はもれなく尻尾プレイが楽しめるぞ!その後もご希望なら尻尾は残してやるよ。」
「プレ…っ!さ、最低……っ!!!」

僕はもう一度神様を殴って、壁の方まで飛ばしてやった。
それでも神様は反省の色を一つも見せずに色々と余計なことを虎太郎に吹き込んで、やっとのことで去って行った。


「志季ぃー、怒ってるのか?」
「当たり前でしょ!何なのあいつ!!」
「へへっ、でも怒った顔も可愛いー。志季可愛いー♪」
「はぁ?!何バカなこと……。」

可愛いだとか好きだとか…。
まるで縁のなかった言葉を、虎太郎は次々と僕に言ってくれる。
それが新鮮なせいなのか、どこかで喜んでいる自分がいるのが悔しい。
悔しいけれど、僕は虎太郎が好きなんだ…。


「志季ー志季ー、俺の志季!俺の可愛い志季〜♪」
「ぼ…、僕は虎太郎のものじゃないよっ!!」
「んじゃ早く交尾しよ!交尾して俺を人間にして、志季も俺のものになってくれ!」
「勝手なこと言わないでよ!バカっ!!」

勝手で我儘でバカで鈍感で…何も知らない猫。
僕の顔を見れば突っ掛かって来て、顔まで引っ掻いたこともある生意気な猫。
自分の飼い主には可愛い顔をしているくせに、僕の前だけは可愛くない猫。
隣に住んでいたその猫がある日僕の前に人間の姿になって現れてからというもの、とても騒がしくて忙しくて、そして楽しい日々が始まった。
それがこの先も続く喜びと、その猫が容赦なく抱き付いて来る恥ずかしさともどかしさの中で、僕は思う。
勝手で我儘でバカで鈍感で無知だけど、そんな虎太郎が大好きだ。
信じられなかった恋や心というものを信じてみようと思うぐらい、本当に心から好きだと思うんだ。







END.






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