「DARLING」番外編2「魔法のくすり」-2
「亮平くんとシロもエッチの時魔法のくすり使ってますかー?なんて聞いてくるもんだからよ。」
「う……。」
「いやぁ〜可愛かったなぁシマたん。真っ赤になってよ〜。」
「も、もうやめて下さ…。」
いつもこういうことがあると俺は志摩を咎める。
どうして話したんだ、だとか余計なことは言うな、だとか言って毎回叱っていた。
だけどいつも後悔をしていた。
俺には責める資格なんてないし、ただ俺に怒られてしゅんとなった志摩を見たい俺の我儘なのだから。
志摩は俺にされたこと、言われたことを素直に言ったまでで、そんな志摩を騙した俺が一番悪いのだ。
「つーかそれお前どこで手に入れたんだよ?」
「そ、そんなの聞いてどうするんですか…。」
「面白いから参考までにだよ。誰かにもらったのか?」
「そんなわけないじゃないですか。俺にそんな友達がいないのは知ってるでしょう?」
「じゃああれか?エロサイトとかの通販か?」
「ち…、違いますよ…。」
そして恐れていた藤代さんの追及が始まった。
俺はまるで犯罪の疑いをかけられて警察で取り調べを受けている容疑者の気分だった。
「まさか買いに行ったのか…?嘘だろ…?」
「そのまさかですよ…。」
「うっわー!マジかよ?!普通買いに行くかよ!!すっげー。」
「だって仕方がないじゃないですか!志摩は毎日家にいるんですよ?怪しまれたら…。」
志摩は勝手に俺宛の荷物を見ることはしないだろう。
だけどそれを開ける時に傍にいるのは想像が出来た。
志摩の目の前でそんな物を開けるわけにはいかないし、
だからと言って開封するのにわざわざどこかへ行こうものなら怪しまれる。
そう考えると家にそんな物を送るのは不可能だった。
もちろん外で手に入れてくるのにしても細心の注意を払った。
よく行くようなところで買うなんてことはせず、仕事でたまたま行ったところで見つけた店にした。
買って来てからだって志摩に見つからないように、掃除をしても手の届かないところにと、ベッドの下の奥に隠しておいたのだ。
「うーわ…、何?使うの窺ってたってことか?いつでも使えるように用意周到にして。」
「どうせ俺は最低ですよ…。わかってます。」
「いや?最低とは思わねぇよ。だけどお前…超ドスケベだったんだな!!ぶははは!!」
「な…!ふ、藤代さんには言われたくな…。」
「そんなドスケベなお前にほホレ、これやるよ。」
「な、なんです…??な……、な、なんですかこれっ!」
不信感を募らせながら、藤代さんが差し出した紙袋を受け取る。
受け取れば人間というものは開けてしまうもので、俺はその中身を見て驚愕した。
滅多に出さないような大きな声を上げて、紙袋を掴む掌にはびっしょりと汗をかいていた。
「あー、なんだ、魔法のおもちゃか?お前風に言うと。」
「ふざけないで下さいよ…。」
「昔からの知り合いにもらったんだけどよ、俺はそういう趣味ねぇから。」
「お、俺だってないですよっ。」
藤代さんは俺と違って友達も多い。
今でこそ真面目にシロ一筋だけれど、付き合っている彼女がいたし、それなりに遊んでいたことも知っている。
だからこんな物を寄越す友達がいるのも不思議ではなかった。
「まぁまぁそう怒るなって。せっかくだからもらってくれよ。」
「い、いりませんよこんな物…。」
「そうか〜?シマたんに使ってみろよ。」
「そんなことできるわけないでしょう?!」
「さぁどうかな〜、見たくないのか?シマたんがそれでいやーんダメぇー!とか言ってるとことか。」
「み、見たくなんか…!いいからこれは持って帰って下さいよ?!」
さすがの志摩だってこんなものを自分の中に入れられたりなんかしたら気付くに決まっている。
何が魔法のおもちゃだ、そんな言い訳が通用するわけがない。
それに志摩のそんな姿だって俺は見たくなんか…。
いや、本音を言えば見てみたい気もしないでもないけれど、何も知らない志摩にそんなことをするのはやっぱり出来ない。
志摩が使ってくれと言ったならまだしも、黙ってそんなことをするなんて出来るわけがない。
それ以前に「使ってくれ」なんて志摩が言うはずがないのだ。
「あ…おはようございます…!」
「へっへー、シマ連れてきた〜♪」
紙袋を藤代さんに押し付けていると、志摩とシロがリビングに現れた。
少しふら付いている志摩の手をシロが支えるようにきゅっと握っている。
まだパジャマ姿の志摩はシロの手を握りながら目をごしごしと擦っている。
そんな無防備な格好で人前に出るなんて…というのは俺が心配し過ぎなんだろうか。
「あっ、亮平くん!おはようございます!」
「おー、おはようシマたん。もう昼だけどな。」
「あっ、そうだった!うんと、えっと、こんにちは!!」
「相変わらず面白いなシマたんは〜。」
藤代さんが笑いながら志摩の頭を撫でる。
シロが志摩と手を繋いだり藤代さんがこういうことをするのは不思議と腹が立たない。
志摩が信頼を寄せている大事な友達なのだと、俺もわかっているからだ。
「んじゃ邪魔者は帰ることにするか、な?シロ。」
「うんっ!」
「えー?!邪魔者じゃないよー!!」
「俺らこれからデートってやつなんだよ。なぁシロ。」
「そうなんだ〜へへっ。」
「そっかー!よかったねーシロ♪」
二人がこれから出掛けるのは本当だとして、本当に持って来たかったのはケーキだったのか、藤代さんのあれだったのはわからない。
ただ志摩を心配してくれたことは、そして二人に会って志摩が喜んでくれたことはよかったと思う。
いつも家に一人でいる志摩のために会いに来てくれたことが俺は嬉しかった。
「あのね、モンブランもらったのー。一緒に食べよー?」
「うん…。」
「あの上のぐにゅぐにゅーってやつ、シロがやったんだってー!すごいねー。」
「そうだな…。」
二人が帰った後の静かになった部屋で、ソファに座りながらケーキの箱を開ける。
それが多分シロが失敗したものだということは一目でわかった。
店に出せない物を全部持ち帰って来ることがよくあるらしいと聞いていたからだ。
形の崩れたケーキの上に乗ったチョコレートのプレートに下手くそな「しま」の文字を見つけると、可笑しくて吹き出しそうになった。
シロだって十分過ぎるほど可愛いじゃないか。
「ねーねー、隼人ー。」
「え…?」
「これなぁに?」
「な…、そ…それは……!!」
志摩が俺にべったりとくっ付いたまま、ソファの上でもぞもぞと動いている。
大きな目で俺を見つめながら手にしていた物は、さっき藤代さんが寄越そうとしたあれだった。
持って帰ってくれと言ったのに、どさくさに紛れてどうやら勝手に置いて行ったらしい。
まさかそれを志摩が見つけてしまうなんて…。
「そ…、それはその……。」
「??隼人ー?」
「それは…、ま…ま……。」
「ま…?なぁに?」
魔法の…、だなんて通用するのか?
今はあの液体みたいに誤魔化せるような状況じゃないんだぞ?
はっきり形まで見えて、志摩の手にしっかり持たれているのに。
魔法だなんて現実的に有り得ないことを俺は言うのか?
だからと言って本当のことを言ったりしたら、志摩に軽蔑されるに決まっている。
そんなことになったら終わりだし、自分が世界の果てまで落ち込む姿が目に見えている。
「ま…、マッサージ器…?かな…多分…。」
こんな誤魔化しが通用するとは思っていなかった。
いくら志摩でも不審に思うだろう。
確かにマッサージ器に近いような…何と言うか振動はするかもしれない。
だけどそれを誤解したまま志摩に使われたりなんかしたら俺は一体どうするんだ。
俺の胸の中ではまるで戦争のような葛藤が起きていた。
今なら間に合うから本当のことを言えという自分と、なんとか誤魔化せという自分と。
「そうなのー?すごーい!すごいねー!いいないいなー!」
「す、凄くはないけど…。」
「ねーねー、あとで使ってもいい?」
「えぇっ!!」
嘘を貫くことは難しい。
志摩という人間を通して俺はそれを学んだ気がする。
真っ直ぐに見つめてくる志摩の大きな目を欺くことをするのがこんなにも罪悪感でいっぱいになるだなんて…。
「もしかして隼人、自分が使うために買ったの?」
「え…あ…、うん…まぁ…。」
ここまで来れば大丈夫かもしれない。
あとはもうこの話題に触れなければいい。
志摩のことだから隠しておけば、目に付かなければ忘れるはずだ。
俺の中ではそんな悪魔のような心が芽生え始めていた。
「えーいいなぁー…、俺も使いたいー!隼人ー、ダメ?使っちゃダメ?」
志摩の大きな目は昨日の行為で泣いたせいで、まだ赤く潤んだままだ。
そんな目で見つめられて、おまけに「使いたい」なんて言われて…。
いや、違う意味だということはわかっている。
志摩は俺の言葉通りマッサージ器だと思っていることも…。
だけど俺の脳内では妄想が暴走をし始めてしまった。
上目遣いの志摩が昨日の夜の志摩と重なって…、ついでに手にはそれが握られていると思うと俺は…。
俺は……。
「わぁ!!隼人大丈夫?!」
「え……?」
「は、鼻血が出てますっ!大変っ、押さえなきゃー!!」
「────…!!!」
俺は鼻を押さえながら、これを機会にもう志摩に嘘を教えるのはやめようと思った。
それから調子に乗って志摩に色々とするのもやめようと思った。
幸いなことにあの「魔法のくすり」の真実を志摩は知らない。
俺の中での秘密にしておけばいい。
「隼人、大丈夫ですか?」
「うん……。」
だけどただ一つ心配なのは、この鼻血の原因にもなった「魔法のおもちゃ」の方をどう説明するかだった。
抱き付いてくる志摩の柔らかい髪を撫でながら、俺は一人思い悩むのだった。
END.
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