「DARLING」番外編2「魔法のくすり」-1
その日は仕事のない土曜日だった。
太陽が空の一番高いところへさしかかろうとしている時、部屋のインターフォンが鳴った。
いつもと同じように出てみると、それは普段からよく聞く声だった。
「あっミズシマ〜。」
「おう、久し振り。」
そこには藤代さんの手をしっかりと握る笑顔のシロが立っていた。
その隣にいる藤代さんはと言うと、こちらもまたシロの小さな手をしっかりと握り返している。
相変わらず仲が良いのだと見せ付けるかのような熱々ぶりだ。
「昨日シロがケーキ屋からすっげぇ持って帰って来るからよ。」
「シマとミスシマにもやる〜!栗のやついっぱいあるぞ!」
藤代さんのもう片方の手にはよく見かける箱があった。
それはシロが働くケーキ屋のロゴが入った物で、こうして持って来てくれることも珍しくはない。
志摩が自分で買いに行くこともあるから、家の中では見慣れた物だった。
「あれ?」
「あー…。」
見慣れていないのは、いつもと違うのは、俺の方だった。
玄関に向かう時は俺自身も気にもしていなかったのに、気付かれてしまうと胸の中で異常なほど焦りを感じ始めていた。
「シマたんは?いねぇの?」
「あ…いや…。」
「えー!!シマいないのか?オレ、シマに会いたかったのにー!」
「いや…その…。」
そう、いつもなら来客があった時志摩がまず出ているのだ。
あれほどすぐにドアを開けるなと何度言っても、走って玄関まで行ってドアを開ける志摩の癖は直らない。
それが藤代さんやシロだとわかっていたならなおさら志摩は喜んで出ていたことだろう。
なのに今日はその姿すら見当たらなかったわけだから、二人がすぐに違和感を覚えるのに無理もなかった。
まずいと思った時にはもう遅くて、二人に責め寄られていたのだ。
「シロ〜、拗ねるなよ。仕方ねぇだろ?いねぇんだからよ。」
「う〜…だって〜…。」
「いつでも会えるだろ?ほとんど毎日メールも電話もしてんだろうが。」
「でも〜…、オレ最近シマと会ってなかったから…。」
シロの言う「最近」はおそらく長くても一週間やそこらだ。
藤代さんの言う通り、直接会う以外にも連絡を取る方法はいくらでもある。
実際にシロと志摩もそうやって連絡を取っているのは知っていた。
だから申し訳ないけれどここでこのまま黙って帰ってもらおうと思ってたのに…。
「ミズシマ…!もしかしてシマと喧嘩したのか?!」
「え?し、してないけど…。」
「だっておかしいぞ!シマとミズシマはラブラブなのに一緒にいないなんて…!」
「シ…、シロ…?!」
「喧嘩してシマ出て行ったんじゃないのかっ?!今頃一人で泣いてるかもしれない!オレ探しに行く!!」
「シロっ、違う…、違うんだ…!」
シロの想像が思わぬ方向に行ってしまっただけでなく暴走までし始めてしまった。
志摩もそうだけれどシロもかなり単純に出来ていて、それがいいところでもあり困ったことろでもある。
隣にいた藤代さんまで心配をし始めて、俺は観念するしかなかった。
「違うんだ、その…、寝てるだけだから…。」
「えー?そうなのか?!シマどこか悪いのか?風邪っていうやつか?」
「あ…、うん、ちょっと具合が…。」
「えぇっ!!オレお見舞いする!!シマ〜、オレだぞ!シロだ!!ミズシマ、ダメなのか?オレお見舞いできないのか?」
俺が観念しても暴走し続けるシロに、頭を抱えたい気分だった。
これが何の関係もない他人だったら追い返していたと思う。
だけどシロは志摩の大事な友達で、シロは本気で心配してしまっている。
それは詰め寄ってくるシロの表情だけでよくわかった。
だから仕方がなかったんだ…。
「いや、出来るよ……じゃあどうぞ。」
あとは本当のことがばれなければいい。
そんな祈る気持ちで二人を家の中へ招き入れるしかなかった。
シマー大丈夫かー?!
あーっ、シロー!どうしたのー?!
早速シロは志摩が寝ている部屋まで行くと、二人の大きな声がリビングにまで聞こえた。
そのシロにベタ惚れでいつも一緒にいるはずの藤代さんが、俺についてリビングまで来たことに俺は内心ビクビクしていた。
変なところで勘のいい藤代さんのことだから、振り向いたらニヤニヤ笑っているんじゃないだろうかと。
冷や汗が出そうになりながら、俺はキッチンでお茶を準備した。
「あの…、これどうぞ…。」
「あ…?何?すっげー…、お前が茶なんか出すのかよ?」
「え?な、何かおかしいですか…?」
「いや、だってそんなことするように見えねぇよ。茶?知らねぇ、とか言ってそうだしな。」
「そんな…。」
「愛しのシマたんのお陰ってやつか?ホンットにラブラブだなお前ら。」
俺は一体どれだけ他人に対して冷たい人間に見られているんだろう…。
確かに今までの態度を考えるとそう思われても仕方がない。
それに今までは「思われる」だとかではなく、紛れもなく事実だった。
今でも無愛想だとかはよく言われる。
志摩のお陰で少しはマシになったと思っていたけれど、
藤代さんにまでまだそう思われているのなら、まだまだ俺は完全には変われていないのだろう。
「ところでよー水島。」
「はい…?」
「そのシマたんはどうしたんだよ?いっつもはいっシマです!って走って来るじゃねぇか。」
「それは具合が…。」
具合が悪いなんていうのは嘘だった。
いや、全部が全部嘘ではないけれどそれは自分が撒いたことだったのだ。
今日は土曜日、仕事はない。
昼過ぎまでゆっくり寝ていられる。
明日はお仕事だよ、なんてことを理由に断る志摩を納得もさせられる。
どんなに疲れるようなことをしても一日休めば志摩も回復が出来る。
そして日曜はゆっくり過ごすことも出掛けることも出来る。
つまりは志摩とセックスするのに一番の都合の良いのが昨日、金曜の夜なのだ。
シロはそれを見極めることはできないと思ったけれど、藤代さんは違う。
志摩の姿を見ればすぐにわかってしまう。
だから藤代さんが寝室に行かなかったことに安心してしまっていた。
そしてこのまま隠し通せるかと思っていた俺は、深く突っ込まれて必死で言い訳を考えていた。
するとそんな俺の目の前で藤代さんがニヤリと笑った。
「お前のせいで、だろ?」
「え…?あ…そ、それは…!」
「ぶははは!!すっげぇ慌ててやんの!んなこたすぐわかるっての!面白いなお前!」
「ちょ…、からかわないで下さいよ…!」
わかっているならすぐに言ってくれた方がまだマシだった。
きっと玄関からリビングに来るまで藤代さんは笑いを堪えていたに違いない。
俺がこの短時間で色々考えていたことはまったくの無駄だったのだ。
「あれか、無茶したんだな?あーあ…、シマたん可哀想〜。」
「ちょっと…もう本当にやめて下さいって…。」
「やめてと言われてもなぁ〜、あーんなことしてるかと思うとなぁ〜。」
「な、何ですか…?」
「またやったんだろ〜?」
「え…?な、何のことですか…?」
藤代さんはさっきとは違う含み笑いを浮かべていた。
いつもならダイレクトに聞いてくるのに、そんな風に間接的に言って来るのも変だった。
俺はもっと普段から用心するべきだったのだ。
志摩がすぐに何でもかんでも喋ってしまうことだとか、その志摩に対して自分が言う言葉についても。
「使ったんだろ?魔法のく・す・りVv」
「な……!!」
「ぶはは図星かよ!いやーしっかしお前も可愛いこと言ってんだなぁ?魔法のくすりだなんてよ〜。」
「な、な、なんでそれ…!」
それは少し前のことだった。
志摩の兄だと名乗って俺達のところに乗り込んで来た志季が俺達の関係に気付いた時のことだ。
志摩が俺とそういうこと…つまりは身体の関係まであると知って、自分もしたいと志摩に襲いかかった。
その時俺はそういうことがあるんじゃないかと心配で会社を休んで外にいた。
案の定志摩から助けを求める電話がかかってきて、何とか間に合ってそれは未遂に終わった。
その後一気に興奮して盛り上がってしまった俺は、志季が出て行った家の中でセックスに溺れた。
その時志摩に対しての思いが膨れ上がって、もっと気持ちがよくなるようにとある物を仕込んでしまった。
気持ちがよくなる成分の入った液体とでも言おうか…そんな物を志摩に使ってしまったのだ。
セックスの時の志摩は、いつもいっぱいっぱいだった。
だからその時は気付かなかったから助かったのだが、それで調子に乗ってしまったのがいけなかった。
俺はその後再びそれを使い、とうとう志摩に気付かれてしまった。
さすがの志摩も疑問には思っていたようだが、それが何なのか聞かれるとは俺も思ってもいなかったのだ。
一通り終えて俺の隣でくっ付きながら聞いてくる志摩に、嘘を吐き通すことも出来なかった。
嘘でもなく、本当のことでもなく…そう考えてつい言ってしまった。
「ほぇー…、魔法のくすりー?そんなのあるのー?」
「あるよ。」
「な、なんかカッコいいー!どこにあるの?どこで売ってるの?ねーねー隼人、どこにあるの?」
「教えない。」
今考えると我ながら物凄く恥ずかしいことを言ってしまったと思う。
何が魔法だ、何が教えないだ、あの時の自分には突っ込みどころが満載だ。
それでも志摩が信じたからそのままにしておいた。
いや、そのままにするだけではない。
俺は藤代さんに指摘された通り、昨日もそれを使ってしまったのだ。
「隼人…っ、ひゃ…?まほーの…?それ魔法のくすり…っ?」
「そうだよ…。気持ちいいか…?」
「うん…っ、俺気持ちい…っ、どうしよう隼人…っ!」
「志摩はやっぱり可愛いな…。」
涙目になりながら聞いてくる志摩が可愛くて、俺はもう絶対にやめられないと思った。
俺の言葉をそのまま受け止めて信じて疑わないバカな志摩が可愛くて。
快感でおかしくなるその顔をもっと見たくて。
それをまさか藤代さんやシロに話していただなんて…。
いや、今までにもそういうことは多々あったのだから、俺がもっと用心するべきだったのだ。
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