「ハッピー・バースディ 2」-2




「亮平くん!ひどいです…!」
「シマは黙ってろよ。」
「亮平っ、シマをいじめるな!」
「またシマか。やっぱりシマがいいんじゃねぇ…いってぇー!!」
「亮平のバカっ!!もういい!実家に帰らせてもらいます!!」

それはシロが出て行く時のお決まりの台詞だった。
実家なんてないくせに、そんな台詞いつどこで知ったのか…。
しかも今日は思い切りのいいビンタ付きだ。
俺はその、帰るところがないことを知っていて拾われろだの何だのって…。
だけどシロにとって唯一の場所は俺のところだと思っていたんだ。
俺だけだと信じていたのに…。


「うっ、うっ、うー…っ。」
「シ、シマ…。」
「亮平くんのバカぁー…、シロ可哀想だよーふえぇー…。」
「ご、ごめん、つーかお前まで泣くなよシマ!」

こんなところで泣かれたら俺が泣かせてるみたいじゃないか。
いや、それは事実なんだけど肝心のシロはどこかへ行ってしまうし。
もうめちゃくちゃだ…。


「え…?俺が?」
「うん、忙しいからって言ってたの…。」

近くにあったカフェに入り、オープンテラスの席についた。
とりあえずシマを落ち着かせようと、オレンジジュースを買ってやった。
やっと泣き止んだシマが話し始めたのは、意外なことだった。


「亮平くんはお仕事も大学も行ってるんでしょ?」
「そうだけどよ…。」
「だからシロは邪魔しちゃいけないって。迷惑かけちゃいけないって、我儘言っちゃいけないんだって。」
「そうだったのか…。」
「時々寂しいって言ってたもん…。でも亮平くんには内緒って言われてたの。だから俺今日来れると思わなくて…。」
「そう…か…。」
「あの、余計な口出ししてごめんなさい!」
「いや、俺のほうが悪かったな、シマに八つ当たりしちまった。」

どうしよう…、俺は大馬鹿者だ…。
最近セックスの回数が減ったのだって、俺がしようとしなかっただけじゃないか。
別に毎度毎度シロに拒否されたわけでもない。
確かに無茶をして次の日拗ねられることはあっても、シロは嫌だなんて言ってない。
俺が帰ってメシ食って風呂入って寝るだけの生活にしてしまっていたんだ。
休みの日だって遊びに行くでもなく家でダラダラするぐらいで。
それでシマと遊んでいたっていうのに、俺は気付かずになんてことを言ってしまったんだ。
シロはそういう優しい奴だって知ってるのに。
俺のことだけ考えている奴だってわかっていたはずなのに。


「ごめん、シマ…一人で帰れるか?タクシー呼んでもいいから。」
「えー?俺ちゃんと今日一人で来たんだよー?」

つい子供扱いしてしまって、シマがぷっと吹き出した。
そのシマだってちゃんと考えていたのに、俺はなんてガキなんだろう。

「そっか、そうだったな。」
「それにあの、隼人が帰る時に電話ちょうだいって。近くで用があるって言ってたけど…。」
「あいつ面白ぇな、素直についてくりゃいいのに。」
「??どういうこと?」

水島の奴、シマのことが心配なくせして顔は出さないんだから。
実はその辺の壁の向こうに隠れていたりして、なんて考えると可笑しくて仕方がなかった。
電話をかけた後一人で水島のところへ向かうシマの後ろ姿を見送ってから、俺は思い当たるところ目指して全速力で走った。







「やっぱりな…。」

シロが家出をした時に行くところは決まっている。
夜だと洋平や猫神の奴が確実にいるけれど、昼は留守かもしれない。
そうなると行く場所はひとつしかなかった。


「シロ、ごめんな。」

俺が前に働いていたコンビニの駐車場だ。
店の裏口付近で、うずくまっているのを見つけると小さな背中に手を伸ばした。


「亮平…?」

振り向いたシロの目はウサギもびっくりするほど真っ赤だった。
こんなところで一人で泣いていたなんて、俺は本当になんてことをしてしまったんだ。
謝っても許される問題じゃないかもしれないと思うぐらい。


「ごめん、シロ。本当にごめんな。」

「い、いいんだ…っ、オレは別の人間に拾われるし…っ。」

そう、ここは俺とシロが出会った場所だ。
俺がシロを拾った場所。
エサをあげて、懐いて来て、それでシロが俺のことを好きになってくれた大事な場所だ。


「そんなこと…言わないでくれよ…。」
「でも…っ、っく…、うー…。」
「ごめん、ごめん、本当にごめんな?俺が全部悪かった。頼むからシロ…。」
「うー…、亮平〜…。」

頼むからシロ、嫌いにならないでくれよ。
俺は何度も誤りながら、その身体を抱き締める。
温かくて、柔らかいシロの身体。
ずっと触れていない、俺の一番好きな身体だ。
捨てられるのが恐いのは、本当は俺の方なんだ。


「シロ、家に帰ろう?な?」
「うー…、亮平〜、好きだ〜。」
「あーほらほら、すげぇ鼻水…。」
「オレ、ホントは亮平と一緒にいたくてでも…うっうっ。」
「うん、ごめんな、お前にそんな気ぃ遣わせて。」
「違うんだ、俺が我儘なのがダメで…。」

俺の腕の中のシロは、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。
鼻水垂らしても可愛いなんて、俺は相当ヤられてしまっている。
別にそれをおかしいと言われたっていい。
シロが喜んでくれるのなら。
シロがそんな俺を好きだと言ってくれるなら、そんなことはどうでもいいんだ。


「シロ、ケーキ買って帰るか。」
「いい、さっき食べた…。」
「んじゃプレゼントは?何が欲しいんだ?」
「いい、いらない…。」

本当は俺は、昨日あんなことがなければ今日の話をしようと思っていたのだ。
プレゼントはシロの欲しいものを何でも買ってやろうとか、そのために二人で出掛けようとか。
夜は豪華にレストランでも行こうか、とか。
それも忙しい毎日を言い訳に、前の日になったことからして俺が悪かった。


「亮平が…、一緒にいてくれればいいんだ…。」
「シロ…。」
「オレなんにもいらない、亮平だけでいい。亮平といっぱいくっついてたい。」
「そうか、ありがとう。」

やっと泣き止んだシロが、ありったけの力で俺にしがみ付いてくる。
あまりにも感動してしまって、なんて言っていいのかわからなくてありがとうなんて言ってしまった。
でもそれは俺の本心で、俺のことを好きになってくれてありがとう、いつもそう思ってるんだ。
思っていても忘れそうになるからこんな風に時々は確かめる必要があるのだと思う。


「じゃあほら、帰るか、な?」
「うん!」

シロを抱き締めたまま立ち上がって、外だということで仕方なく地面に下ろした。
家に帰るまでの間我慢出来るか自信がなかった俺は、辺りを見回して誰も見ていないのを確かめるとシロの頬にキスをした。
さっきまで涙で濡れていたシロが、たちまち笑顔になる。


「よし!帰ってヤるぞ!」
「えぇっ?!オレそんなこと言ってない…!」
「なんだよ、俺が欲しいんじゃないのか?」
「うー…。」

一年に一度の大好きな人の誕生日。
シロは今年も、俺と一緒だ。





Happy birthday to you.





END.




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