「fragile」番外編「spree」-2




「何を話しているのだお前達。」
「ぎっ、銀華…っ、なんか目が据わって…!」
「どうした洋平、私が何かしたと言うのか。」
「い、いや、なんでもない…です!」
「それならこちらへ来ないか。」
「えっ、あ、う、うん…。」

やばいな…こりゃ完璧に酔っ払ってると見たぞ…。
しかし俺は一体この銀華に対してどうすればいいんだ…。
青城ってのと元猫のシマと楽しくやってるっぽいし…。
来いと言われたもんだから、おずおずと銀華の傍へ寄ったはいいけれど…。


「酒が足りぬ。注げ。」
「あーうん…。」
「何をしているのだ。注ぐとはこうだろう!」
「えっ、銀華っ、ちょ…わっ、んん───…っ!」

それはそれは、激しいなんて言葉じゃ言い表せないぐらいのキスだった。
心臓が口から飛び出てどこかへ行ってしまったかと思った。
普段自分からしてくることはあっても、それは行為の途中だとか…。
つまりは、そういう雰囲気の時にして来るぐらいで…。
こんな、人前でキスなんて、どちらかと言うと煙たがっていたはずなのに…。


「洋平…、注ぐのだ…。」
「ひゅーひゅー、やるなー。」
「やるねー。」
「ちょっと猫神様っ、やるな、じゃなくて!!ぎ、銀華の奴酔っ払ってるみたいだから…!ちょ…っ、銀華待ってくれ!」
「待てぬ…。」
「あーはいはい、俺らは帰るとすっか、な?シマにゃんこ。」
「うん、帰るー。銀ちゃんと洋ちゃんラブラブーだもんね!」
「ご、ごめんそうして…って、何だよそのちゃん付けは…っていうか銀華っ、マジちょっと待てって!」

銀華は俺に圧し掛かって来るわ、猫神様と元猫のシマは冷やかすわ…。
俺はどう対処していいのかわからなくて、慌てるばかりだ。
おまけになんだよその呼び方…。
この歳でちゃん付けされて俺はまだいいけど銀華の奴がまともに聞いたら真っ赤になって怒るぞ…。
今は酔いのせいで聞こえていないみたいだけど。


「んじゃな、邪魔したな。」
「あ、あの…、ちょっと…!」
「ん?なんだ?あーやっぱり怒ってるよな…。ははっ、ごめんなー?」
「い、いやあの…、もしよければまた…来て下さい…。」

立ち上がって手を繋ぎながら玄関へ向かう二人を、俺は思わず呼び止めてしまった。
人の家に上がり込んで酒盛りなんかしてた割には、やっぱり猫神様はどこかで気にしていたみたいで、俺に向かって舌を出しながら謝って来た。
だけど俺の口から出たのは、そんな言葉じゃなかった。


「え…?本当か?いいのか?また来ても。」
「うん…、その…銀華凄く楽しかったみたいだし…。友達みたいのもあんまりいないし…。」

銀華は友達と呼べるような奴もいなくて、それでもいいと本人は言っていたけれど、
本当は普段一人で部屋にいるのは寂しいんじゃないかと前々から思っていた。
いたらいたで楽しくなれるなら、友達みたいなのも作った方がいいと。
余計なお世話だなんて言われそうだったから黙っていたのだ。


「そうかー、いやいや銀華は幸せだなー優しい旦那でよ。」
「だ、旦那って…!」

また言われてしまった…、銀華は幸せだ、って。
他人にそう見えるだけじゃなく、本当にそうならいいけれど…。


「優しい旦那にいいこと教えてやるよ。」
「え…?いいこと…?」
「お前が帰って来るまでずっと言ってたぜ、洋平、洋平ってな。早く帰って来いって。可愛いとこあんだなー。」
「ぷ…、そうなんだ…。」

なんだ…。
それは本当にいいことを聞いた。
絶対に俺の前では言わないくせに、そんなに言ってたのか…。
どうせなら、言っているところを見たかったな…。


「何をしている、洋平。」
「今行くって。」
「悪い悪い、邪魔したなー。またな。」
「またねー。」

猫神様と元猫のシマが帰った後、俺は再び銀華の元へ戻った。
さっきよりももっと目がとろんとして、
色気を増しているように見える。
二人きりになったから余計そう感じてしまうのだろうか。
実は俺は、猫神様に焚き付けられたせいか、さっきから密かに悪戯心が生まれてしまっていた。
やめておけばいいのに、それを実行しようとする自分が誘惑に弱いと思う。
だけどそれこそ、健康な青年男子なら色々してみたくなるもので…。
それは言い訳にしか過ぎないのかもしれないけれど、とにかく実行しない機会はないと思った。


「銀華ぁー。」
「な、何だ…?」
「なぁ、寂しかった?俺がいなくて…。」
「何を馬鹿な……洋平…。」

甘えるようにして銀華の膝に頭を乗せる。
ぎゅっと抱き締めると、酒で鈍くなっていた銀華の身体がびくんと一瞬跳ね上がった。
ぐるりと仰向けになって見上げて見た銀華の顔は、真っ赤になっている。
それは酒のせいなのか、恥ずかしさのせいなのか。
出来ることなら後者だと嬉しいところだ。


「何?どうした?」
「…みしかった…、寂しかった…洋平…。」
「そうか…ごめんなー?」
「洋平…っ。」

涙と一緒に、銀華のキスが降って来る。
酔っ払いに泣き上戸か…、なんて可愛いんだろう。
今なら言っても怒られないような気さえして来る。
柑橘味の酒を飲んでいたせいか、キスまでその爽やかな味がする。


「じゃあさ、行って来ますとお帰りなさいは必ずちゅーな?そしたら寂しくないし帰って来るのも楽しみだろ?」
「ああ…、わかった…。」
「本当かー?後で忘れたとか無しだからな?」
「わかっている…。」
「銀華からすんだぞ?絶対な?」
「わかったと言っている…!」

意地になっているのか、頬が少し膨らんでいる。
強くキスをしてくるのは、その意地の証みたいなもので、今は何をされても可愛いとしか思えない。
幸せなのは、銀華よりも絶対に俺だ…。


「可愛い…、なんかお前すげー可愛いんだけど…。」
「馬鹿者…、そのような形容詞はシロや志摩に使うものだ…。」
「そうか?俺にとっちゃお前が一番可愛いんだけどな。」
「馬鹿者…。」

馬鹿者、は照れた時の言葉だ。
そんな顔をして言われても全然説得力がない。
やっぱり俺にとっては一番可愛いくて、一番好きなんだよな…。
兄に言ったらそりゃバカだ、なんて笑われそうだけど。
黙ってしまった銀華の唇を再び引き寄せる。
唾液で濡れた唇が部屋の蛍光灯に光って、余計色っぽさを増していた。
どちらともなく服を脱ぎ始めて、その先は勿論行為に溺れるだけだった。


「洋平…っ、あ…っ!あ、あ…っ!」
「どうした?」
「な…にが…っ、あっ!はあぁ…っ!!」
「なんか凄ぇ…まずいよ銀華…っ。」

いつもよりも激しいセックスに俺は眩暈までしそうだった。
繋がった場所がぐちゅぐちゅと濡れた音を立てて、耳の奥まで響き渡る。
こんなに凄いのは初めてかもしれないと思った。
酒じゃなくて、俺はお前に酔っているのかもしれない…。
そんなことを考えてしまうこと自体俺はこの恋に酔ってしまっているに違いないと思った。







「銀華、銀華…。」
「…ん……?」
「朝だけど…起きれるか…?」
「洋平…?…つっ……。」

幾度となく達する激しいセックスに溺れた翌朝、俺はいつもの時間に目を覚ました。
今日は仕事は休みだったけれど、この時間になると目が覚めてしまうのだ。
そして二度寝をしてゆっくりと朝食と昼食を兼ねた食事を取って、のんびりと過ごすのだ。
肩を揺さ振るって銀華を起こすと、その綺麗な顔が歪んだ。


「あー…ごめん、やっぱ無茶したかも…。」
「…洋平、これは何だ?」
「…え?!」
「なぜ私の身体が痛いのだ…?それにこの跡は…。」

不審そうな顔をした銀華が、俺の胸元を指差す。
花弁のようにくっきりと付いた跡を、銀華はまるで覚えていない。
それどころか、セックスしたことさえ覚えていないみたいだった。
この分だと、考えたくないがあの口約束も覚えていないかもしれない。


「なぜって…、自分で付けたんだろ…?」
「私が?馬鹿なことを言うな。」
「本当だって!っていうか…やっぱ覚えてないのかー…。」
「覚えていない…?わ、私は何をしたのだ?!洋平、私はお前に何を…?!」

銀華の顔がみるみるうちに青ざめていく。
どうやら本当に覚えていないらしく、こんなに焦ったところを見るのも初めてだった。
銀華には悪いけれど俺も俺でまた面白くなってしまって、悪戯心が再び芽生えてしまった。
あの猫神様には、感謝しなければいけないかもしれない。


「なぁそれよりおはようのちゅー、してくれよ。昨日してくれるって言ってたぜ?」
「そのようなことは言っておらぬ!」
「言ったねー、おはようとおやすみと行って来ますとお帰りなさいとご馳走様とー、それからなんだっけなー?」
「う、嘘だ…、私がそのようなことを言うはずが…!」
「言った言った、ホントだって。」

少々脚色した口約束に、言っていない言っていないと喚く銀華は、いつもよりも幼く見えた。
昨日はそんなに怒らなかったけれど、今言ったら絶対に怒るだろうな。
やっぱりお前は可愛い、ってこと。


「まぁまぁいいからほら、してくれよ。な?」
「う……。」

諦めの悪い銀華の頭をぐっと引き寄せて、キスを強請る。
瞳を閉じて唇が重なる瞬間が何より幸せだと思う。
咽返る花の匂いの中で触れた唇をゆっくりと味わいながら、今度またこういうことがあったら幸せかどうかを銀華に聞いてみようと思った。






END.





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