「fragile」番外編「spree」-1




銀華との大喧嘩の一件の後、俺は勤めている花屋で副店長の話を受けた。
いつか二人の新居を、なんて言ったら銀華は真っ赤になっていた。
冗談っぽく言って実は本気だったりするけれど、あんまり言うと怒られそうだからあれ以来口にはしていない。
とにかく俺は、ただのチェーン店だけど、出世を果たしたということになる。
言われていた通り、残業は増えて、時間通りに帰れない日も幾日かあった。
しかし物凄く増えたわけでもなく、充実した仕事が出来ていた。


「藤代くん、お疲れ様ーもう上がっていいよー。」
「あ、はーい、お疲れ様です。」

閉店時間の20時を過ぎて、アレンジの試作を片付けていた俺に、新しい店長が声を掛ける。
新しいと言っても、元の副店長で、今まで通り接することが出来て楽だった。
試作のアレンジはまだ完成しそうにないから、今日も持って帰ることにした。


「藤代くんの彼女はいいねぇ…。」
「えっ!」
「いや、毎日花束貰えるからさ。喜んでるんじゃない?」
「えっと…、俺、彼女いるなんて話しましたっけ…??」

帰り際、同じく片付けをしていた店長に突然そんなことを言われた。
今の店長は奥さんも子供もいるけれど、家庭での立場が狭いなんて愚痴を零している時がある。
花束なんか持って帰っても感動もしてくれない、なんて言ってたっけ…。
だけど俺は、銀華のことはおろか、恋愛の話もしたことがなかった。
それを突然話題にされたものだから、焦ってしまったのだ。


「しょっちゅう携帯チェックしてるだろう?昼休みとか小休憩とか。」
「あ…、す、すいません…!」
「いいんだよ休んでる時なんだから。終わると急いで帰って行くし、バイトの女の子も言ってたよ、あれは絶対デートか同棲でもしてるって。」
「そ、そんなこと…。」

ないです、と言いたかったけれど、言われたことが見事に当て嵌まっていて何も返せなかった。
俺、そんなに携帯チェックしてたのか…。
しかも終わってすぐに帰るのも見抜かれてるし…。
なんだか恥ずかしくなって、俯いて黙り込んでしまった。


「そんな風に思われたら幸せだろうねぇ…。」
「そ、そんな…、だといいですけど…。」
「ははは、お惚気かい?参ったなー。」
「す、すいませんそんなつもりじゃ…!!」
「いいよいいよ、彼女さんによろしくね。」
「はい…、あの、お疲れ様です!」

俺…、今惚気てたのか?!
今までこんな風に話したことなんかなかったから、わからないんだ。
彼女ってのはちょっと違うけど、俺にとっては一番大事な人の話を。
幸せかぁ…、本当にそう思ってくれていたら俺も幸せなんだけど。
荷物と花束を持って、俺は家路を急いだ。







「ただいまー。銀華ー?ただいまー。」

玄関に入って、挨拶をしても銀華は出迎えに来ない。
いつもなら小走りで迎えに来るか、台所に立っているかなのに。
何かあったのかと心配になって部屋の中へ入ると、奥から騒がしい声が聞こえて来た。
とりあえずと言った感じで部屋の入り口にあった花瓶に花束を突っ込んでその声のする方へ向かう。
昨日一昨日と持って帰って来た花は、銀華が世話をしてくれていて、その匂いが部屋中に漂っていた。


「おっ、やっほー、おかえり。」
「おかえりなさーい。」
「洋平…、遅かったではないか…。」
「え、うん…、残業で…俺メールしたんだけど…っていうか…誰?!」

そこには、俺の知らない人物が二人寛いでいた。
銀華と同じぐらいの男と、小さい子供ぐらいの…多分男だ。
テーブルの上に食べ物やら飲み物を並べて、楽しそうにしていたのだ。
別に俺がいない時に誰かを部屋に招くのは問題も不満もない。
シロや志摩もよく遊びに来ているから。
だけど見たこともない人物がいたら、誰だって不審に思ってしまうだろう。


「あ、悪い悪い、俺、今の猫神でーす。」
「え…!猫神って…銀華の前の…。」
「その銀華がやめた後釜ってやつだな。そんでこれは俺の恋人だ、可愛いだろ?」
「シマだよー。あのね、僕猫だった時にここに来たことあるんだ!」

ちょ…ちょっと待て…。
それはあの神界っていうところから来たってことか…?
猫神でーす、なんてそんなふざけた自己紹介をする奴が神様?!
それで何、シマ?シマってあの志摩じゃないよな…猫ってなんだ?!
俺は、この数秒間に、大混乱状態に陥った。


「お、信じてねぇな?本当だっての。名前は青城ってんだよろしくな。」
「はぁ…。」
「あのね、志摩ちゃんのところで飼われてたのー。シマにゃんだよ。アオギにこの姿にしてもらったんだ!」
「あぁ、あの猫か…。」

だけど俺が記憶する限り、その青城という奴だかは銀華と仲が悪かったはずだ。
銀華の元子分(?)みたいな桃というのが来た時に話していたのを俺は聞いた。
そういえば銀華の尻を触っただとかなんとか…それで銀華が怒って…。


「その猫神様が一体何の用ですか。」
「ん?なんか怒ってんのか?」
「別に…怒っては…、ただその、あんたと銀華の出会いを聞いて…その…。」
「ああ!あれか、尻に触ったやつ!!ありゃ挨拶代わりだって。いや悪い悪い、嫉妬させちゃったかー。」

こ、こんな奴が神様…!!
銀華みたいに真面目でしっかりしていなくても神様ってなれるもんなのか?
ある意味凄いな神界ってところは…。


「洋平、お前も飲むとよい…。」
「え…?!飲むって……お前もしかして酔っ払ってんの?!」
「まぁまぁまぁ旦那!!ちょっとちょっと!」
「だ、旦那って…!俺は銀華に聞いて…。」

とろんとした目で俺を見つめる銀華に、俺は悟ってしまった。
おそらくこの青城という猫神様がここに来て拒否した銀華に、酒でも飲ませて気分を上げさせたのだろう。
それで仲直りじゃないけれど、和解して酒盛り状態になっているんだ。
銀華を問い詰めるつもりが、猫神様に肩を掴まれて耳元で囁かれる。


「せっかく酔っ払ってんだからそのままにしとけよ。」
「え…、でも…。」
「そんで交尾でもすりゃいいじゃーん!なぁシマにゃんこー。」
「じゃーん!えへへー、ねーアオギー。」
「な…何言って…!」

何言ってるんだよそんなこと出来るわけないだろ…、と思ったのも束の間だった。
言われてみれば銀華が酔っ払ったことなんか見たことがない。
しかも俺だって健康な青年男子なわけで、交尾だなんて単語を出されたら反応してしまう。
いつもと違う銀華だと言うのがまた魅惑的だ。


「あ、心配するな、俺とあいつは何もないからな?」
「べ、別にそれは…。」
「またまたー、嫉妬してただろ?言っとくけど俺、デカい男ってダメなんだよ。シマみてぇにちっこいのが趣味だからな。」
「あ…そう…。」

本当にこの人は神様なのだろうか…。
ちゃらちゃらして遊んでいるみたいにしか見えない。
口調もなんとなくいい加減そうで、信用が出来ないというか…。
銀華が嫌いそうなタイプそのものと言った感じで、桃が来た時に必死で関係を否定していたのも頷ける。






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