「神様も恋をする」その後編「神様がお邪魔します」-1




最近志摩の元気がない。
原因はわかっている。


「ん──…。」

日曜の朝、隣で目を覚ました志摩が欠伸をしながら伸びをする。
瞼を擦ったりまたごろごろ身体を転がしたり、まるで猫みたいで、仕草がいちいち可愛い。
その後平日よりは遅い朝食を済ませ、何をするでもなくのんびりと過ごす。
前はよくどこかに行きたいと言っていたのに、最近それも少なくなって来た。
その理由の一つは、普段俺が仕事で疲れているだろうと思いやってくれるから。
もう一つの理由は、元気がない原因でもある。


「シマにゃん元気かなー…。」

先日、飼っていた猫のシマが、家を出て行った。
俺にはあまりよく想像がつかないことなのだけれど、神界という猫の世界に行ってしまったのだ。
ある日突然いなくなった時も、志摩は泣きながら猫のシマを探していた。
そしてまた突然帰って来たかと思えば、また行ってしまったのだ。
しかも、俺が帰宅した時にはシマは猫の姿だったけれど、始めは人間の姿で帰って来たらしい。
前に隣に住んでいた藤代さんの恋人のシロも元は猫だった。
その藤代さんの弟の恋人は猫の神様だった。
そういうこともあって、信じられないわけではなかった。
ただこんなに身近な奴が、というのが初めてだったから、今でもいまいち信じ難い自分もいたりする。


「隼人ー、シマにゃんは元気だと思う?」

猫のシマのお気に入りで、よく座ったり寝たりしていたクッションを、志摩が寝転びながらぎゅっと抱き締める。
なんだかそこに猫のシマがいるような気さえしてきてしまった。


「志摩…。」
「シマにゃん…。」

甘えるような寂しい声で、志摩が猫のシマの名前を呼ぶ。
そんなに寂しいのか…?
俺がいても、ダメだって言うのか…?
志摩は俺とあいつ、どっちが……なんて考えたくないことまで考えてしまう。
そんなことを言っちゃいけないのはわかっている。
俺とは別の位置に、志摩にとって猫のシマの存在があるのだ。
時間をかけても、待つしかないのかもしれない。


「ねーねー隼人ー、シマにゃん来ないね。」
「来ないって…?」
「遊びに来るって言ってたもん。」
「まぁ…、そうそう頻繁には来ないだろ…。」

クッションを抱えたまま、志摩が俺に近付いてくる。
俺の服の袖をぎゅっと掴んで、その寂しい瞳で訴える。
遊びに行く、なんて社交辞令というか、挨拶みたいなものだと俺は思っていたから、
素直に受け止めて信じて待っている志摩が少しだけ気の毒に思えた。
志摩のそういうところが好きなのに、可哀想になるなんて。


「でも来るって言ったもん!」
「だからそれはそのうち…。」

ムキになる顔が可愛いなんて言ったら志摩は怒ってしまうだろうか。
頬を膨らませて、顔全体を赤く染めて。
しかし涙まで溜めている志摩のこの後の言動に、俺の心配はすっかり消えることになる。


「そのうちっていつ?」
「いや、だからそれは…。」
「シマにゃん、猫神様のところ行ったらこっちのことなんてどうでもよくなったんだ!」
「そうじゃないだろ…。」

単なる我儘な子供みたいに、志摩は俺に楯突いて来る。
志摩がこんな風になるのは珍しい。
いつもなら途中で気付いてごめんなさい、と謝って来るからだ。


「隼人寂しくないの?俺達がちっちゃい頃から育てたのにー!」
「志摩…?」
「ずっとここにいると思ってたんだもん!それなのに誰かに取られるなんてー!」
「志摩……ぷ……。」

一層激しく不満を言いまくる志摩が、俺の胸元に頭を擦り付ける。
駄々っ子みたいに、ぎゅうぎゅう押して来るのが、どうしようもなく可愛い。
志摩自身が気付いていない猫のシマへの感情に、可笑しくなって思わず吹き出してしまった。


「むー、なんで笑うのー?」
「可笑しいから。」
「何が?隼人、なんでー?」
「だってそれ…。いや、なんでもない…ごめん。」

だってそれ、娘に嫁に行かれた後の親そのものじゃないか。
こんなに大事に育てて来たのにあいつは、なんて頑固な親父か口煩い母親がよく言う。
シマにゃんは俺達の子供みたいなもの、そう言っていたのは口だけではなかった。
こんなにも深く、志摩と猫のシマが繋がっていたのだと思うと、感動まで覚えそうになった。


「なんでもないって?隼人わかんな……。あの…隼人?」
「………か…。」
「え?何?よくわかんな…。」
「お…俺だけじゃ、ダメですか…。」

別に意識なんかしていなかったのに、思わず漏れた言葉が敬語になってしまった。
格好よく決めようと思ったわけでもないけれど、せっかくの場面で何を言っているんだか…。
もうちょっと巧く言えたらよかったのに、と早くも後悔し始めていた。
言われた志摩を見ると、ぽやんとして動きが止まっている。


「ダメじゃないです…。」
「そ、そうか…。」
「ダメじゃないです!隼人、隼人ー。」
「うわ…、志摩…っ。」

志摩は俯きながら恥ずかしそうに言った後、大きな声を上げて飛び付いて来た。
あまりの勢いに、そのまま後ろへ倒れて、床に頭をぶつけてしまった。


「隼人はずっと傍にいてくれる…?」
「当たり前だろ…。」
「ホント?お嫁さんに行かないでね?」
「俺が嫁ってなんだよ…。」

こんな時なのに馬鹿なことを言う志摩が愛しい。
馬鹿で、無知で、純粋で、素直で、単純で。
閉じ込めたはずの自分への劣等感が再び現れそうになってしまうぐらい、俺には勿体ない人間だと思う。


「あの、好きです…。」
「うん。」
「隼人、好き…っ、んっ、ん…っ。」
「うん…。」

俺もお前が大好きだ。
きっと志摩は言わなくてもわかっている。
だから言葉の代わりに、俺は激しいキスをする。


「ふぁ…、隼人…っ。」

下から見上げる志摩の顔が、一気に真っ赤に変化する。
同じようにその肌の温度も上昇して、俺の心拍数も上昇する。
抱いていたクッションが、志摩の手からぽとりと床に落ちる。
こうなるともう、その先はどうなるか誰にでもわかることだ。


「あの…、隼人…っ!」
「何?嫌?」
「や…じゃないけどっ、あ…やぁ…っ!」
「だからどっちだよ…。」

キスをしながら、服を捲り上げ、胸の突起を露にする。
ほんの少し触れただけで固くなってしまったそれを、指先で捏ね回すと、志摩の口からは唾液と共に甘く高い声が漏れ始める。


「だって…っ、まだお昼だよ…っ?」
「昼でも出来るだろ?」

ドラマの見過ぎだろ、と突っ込みたくなる台詞も、キスで塞いでやればいい。
猫のシマが嫁に行ったなら、志摩は俺の嫁でいいじゃないか。
志摩に影響されたのか、俺まで馬鹿な考えが浮かんでしまう。


「隼人…っ、あ…っ!」
「志摩…。」

諦めたのか、納得したのか、志摩がおとなしく身体を預けた。
胸の突起を夢中で貪りながら、部屋着のズボンに手を掛ける。
明るい部屋の中、その変化を楽しみにしながら一気に下ろそうとズボンを握った手に力を込めた。







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