「神様も恋をする」-12




「紅、これ案外美味いな。野菜と魚かこれ?適当くさいけど。」
「食べてわかんないのか?それとお前にだけは適当って言われたくない!」
「青城さま…。またですか…。」
「あ?なんだよ桃、仕方ないだろーシマにゃんは一人じゃ食べられないんだから。なー?」

食卓について、シマを膝に乗せる俺に、桃と紅は不満げだ。
紅だけで作ったという飯を自分も食べつつ、シマにも食べさせてやっていたのだ。
申し訳なさそうに間接的な言い方で、桃が先に口を開いた。
目の前でこんなことをされて困るのはわかるが、聞き入れるつもりはなかった。


「じゃあ、シマにゃん用スプーンとか買ってあげるとか…。スプーンなら使えるし赤ちゃんじゃないんだし…。」
「シマはつい最近この姿になったんだぞ、赤ちゃんも同じだろ。」
「でもぉ…。」
「でも何もない、まぁ気にするな。」

気にするなと言われても気にするものは仕方ない、そう言いたそうにして桃は口を噤んだ。
俺の我儘や勝手だっていうのはわかっているけれど、楽しいもんは仕方ないだろ。
そんなこと言ったら余計うるさく言われそうだけど…。
それにシマだってそれでいいと思っているはずだ。
俺にはそんな自身過剰なところがあったのかもしれない。


「あの、桃ちゃん、ごめんなさい…。」
「え…っ、ど、どうしたの?」
「アオギばっかりでごめんなさい。」
「や、あの…。ぼくそんなつもりじゃ…、ご、ごめんね?」

膝の上で俯いてしまったシマが呟いた。
その謝り方もどうかと思うところだが、シマなりの謝罪だったのだろう。
それより何より、俺としては謝ったこと自体に驚いたのだが。


「あの、僕、明日から手伝う!朝ご飯とか。」
「え…、いいよ、そんな…。」
「そうだよ、そんなもん桃と紅にやらせとけば…。」
「アオギは黙ってて!」

ガーン…。 黙ってて、って…俺は今邪魔者扱いかよ…。
シマに反抗されて、俺は言われた通り黙ってしまった。
だけど俺が気付いていなかっただけで、シマはとっくに考えていたことだったのだろう。


「何もしないでここにいるのはダメだもんね。」
「そんなこと…。」
「だから僕、手伝う!ご飯も自分で食べられるようにする!」
「あ、青城さまぁ…、どうしましょう…。」

口の端をきゅっと結んで強く言い放つシマに、桃が困って俺に助けを求める。
シマはこの姿になって、周りのことというものを考えるようになった。
それはシマの成長であって、俺がそれを止めるわけにはいかない。
思ったよりも大人だったのは、恋愛に対してだけじゃなかったのだと、驚くばかりだ。


「どうしましょうも何も、シマ自身がそうしたいならいいけど。」
「アオギ、僕頑張る!いっぱい頑張る!」
「んーそうかそうか、えらいなぁシマにゃんこはー。なでなでしてやるぞー。」
「へっへー、なでなでありがとー!」

褒めるところは褒めて、自分でやれることはやらせよう。
まるで自分の子供を育てているみたいな気分になった。
実際俺が魔法をかけてこの姿にして、何もわからないシマは俺を頼ったわけだから、親子に近い思いがあるのも事実だったりする。


「だって何もしないと、ひも、って言われるもんね!」
「よ、よく知ってるなそんな言葉…。」

箸の使い方は知らないのに、そんな言葉は知ってるのか…?
箸は使ったことがないから知らないのは当たり前だ。
だけど人間の言葉はよく聞いていたせいか、シマは言葉に関してはほとんど問題がなかった。
それにしてもよりによってそんな言葉を知っていたことに、急に可笑しさが込み上げてしまった。


「あ、でも、シマにゃんは何もしてないわけじゃないと思うよ。」
「うん、俺もそう思う。」
「??そうなの?」

笑いながらシマを隣の椅子に下ろすと、桃が再び口を開いた。
便乗するかのように、珍しく紅まで会話に交ざる。


「だって…、ねぇ、紅…。」
「うん…。」
「なんだよ、お前ら…。俺の顔になんかついてるか?それとも見惚れてんのか?おいおいやめろよなー。一気に三匹は俺でもきついぞ?」
「そ、そんなこと言ってないです!」
「そ、そうだっ!誰がお前なんか見るか!す、すぐ交尾の話する!」
「交尾なんて言ってねぇぞ?はいはい、んでなんだよ?」

桃と紅は、ほんの少しからかうとすぐこうだ。
真っ赤になって一生懸命否定をして。
俺が本気で言っているわけがないのに、やっぱりこの二匹をこうしてからかうのは面白い。


「も、もういいですっ!」
「あっそ。んじゃまぁいいか。」
「ど、どうして青城さまはそんなに適当なんですかっ!」
「お前がいいって言ったんだろ?わけのわからん猫だな。」
「ぼくは猫じゃないですぅー!ちゃんとした魔法使いの見習いですぅー!」
「ちゃんとした見習いってなんだよ?誰がちゃんとしたって決めたんだー?」

ムキになる桃に、俺は屁理屈を並べて返し続ける。
だいたいこの後は桃がもういいです!と言って逃げるか、紅に泣きつくかだ。
紅は呆れて何も言わずにいるか。


「じゃあぼくも青城さまみたいな人が神様なんて認めないです!」
「認めなくて結構だよーん。」
「またそうやって…紅、聞いてよー!」
「そうそう、お前らはお前らで勝手に交尾でも何でもしてくれ。」
「こ、交尾なんかしませんっ!」
「したくせにーヒヒヒ。」


確かに俺は適当で、いい加減な奴だ。
からかうのが趣味で、幼い猫が好きで、交尾のことばかり考えているような奴だ。
こんなにどうしようもない神様だ。
桃と紅が同時に思った、シマがしている何か。
そんな俺を止められる、俺をコントロール出来ることだ。
「青城が言うこと聞くのってお前だけなんだよ」と、
俺と桃の言い争いに呆れた紅がシマに耳打ちしたことは、この時は気付かなかったけれど。


「アオギ、それでね、あとね、僕も魔法覚えたい!」
「え…?」
「僕も魔法の勉強するの、紅ちゃんと桃ちゃんと!」
「うーん……、それ以上魔法覚えてどうするんだ?」

シマがきょとんとした表情で、困り果てたように腕組みする俺を見つめる。
俺の言葉の意味なんかわかっていないのだ。


「僕、魔法なんか知らないよ?」
「そうかぁ?うーん、まぁいいけどな。」

今は知らなくていいんだ。
それに、いくら俺でもこの場で言うには恥ずかし過ぎる。
俺が恋に落ちたのは、お前が魔法をかけたんじゃないか、なんて思ってしまったこと。
これから先、シマはどう成長して行くのか。
俺とどうなっていくのか、俺はどうなっていくのか。
明日辺り、人間界に行ってシマ用のスプーンを買って来ようか。
この魔法の続きに期待をしながら、首を傾げたままのシマの頭をゆっくりと撫でた。






END.






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