「魔法をかけたい」-10




「…桃、桃……。」
「…ん…、紅…?」

わぁ…、あったかい〜…。
ぼくのまわりを温かくて気持ちのいいものが包んでいる。
重い瞼を擦りながら、なんとか目を開けると、強い朝の光が飛び込んできた。
その温かいものの正体は、もちろんぼくの大好きな紅だ。


「おはよ。」
「…えへへ、おは………う!」
「何?どうした??」
「うっうっ…、紅ぃ〜、お尻…痛いよぉ…うぅ…。」

少しだけ照れくさいながら、朝の挨拶とちゅーを交わそうとした時、
ぼくの下半身に電気みたいな強いものが走った。


「そっ、それはそのー…、こ、交尾したから…だと思う…。」
「…あ、あ、あ、そそそっか…!」

紅が真っ赤になって昨夜の事実を言うから、ぼくまで真っ赤だ。
とんでもなく恥ずかしいことをしたんだなぁとより実感してしまった。
こんな明るいところで、まともに紅のほうが見れないぐらい恥ずかしい。
その証拠に、ぼくも紅も布団の中は裸のままだったし。
ぼくは思わず、紅から目を逸らしてしまった。


「桃、あの…、あのな。」
「な、何…?」
「やっぱりあの…、したくなかった…よな…。

「…紅?」

呟く紅の声があんまり悲しくて寂しかったから、もう一度紅のほうを向いた。
今度は紅がぼくから目を逸らす番だった。
もしかして、ぼくの態度、誤解させた…?
紅が言うようなことなんて、絶対ないのに。
どうしたらわかってもらえるの…?


「桃…、ごめん。」
「それであの時謝ってたの…?」

思い出した。
シロたちのことを、外で待っていて寝てしまった時。
うとうとして現実と夢の境目にいる時聞こえた紅の声。
あの時もこんな風に、自分を責めるみたいに謝ってた。


「おれ、今回のことがなくても…、桃に言いたかったんだ。」
「紅…。」
「ずっと思ってたんだ、桃に、おれのこと好きになる魔法がかけられたらいいって。」
「魔法…。」
「桃に、おれのこと好きになってくれる魔法をかけたいって思ってた…。」
「紅…。」

恋というものを考えるようになって、思っていたことがある。
嬉しくなったり、悲しくなったり、楽しくて仕方なくなったり。
大好きな子のこと考えるだけで、こんなに心が変化するものなんだって。
それはとても不思議な現象で、でもずっと続いて欲しいって思うんだ。
ずっとドキドキしていたいって、思う。
まるで魔法みたいだなぁって思ってた。


「おまえが魔法で見てみようって言った時、おれ、やった!って思った。おれ、ずるいよな…。」
「そんなことないよ…。」
「でもおれ…。」
「だって、ぼく、紅のその魔法にずっと前からかかってたんだもん…。」
「桃…。」
「ぼくが気付かなかったの…。気付かせてくれたのも、紅の魔法だよ?」

紅が気付かせてくれなかったら、ぼくはもっと長い時間紅を悲しませていたに違いない。
ぼくの鈍い心に魔法をかけたのも、紅だったんだ。


「おれ、嬉しい。」
「うん…ぼくも…。」

ぼくたちは、もう一度お互いの心を確かめ合うように、朝一番の優しいちゅーをした。
こんな風に、ずっと紅とくっついていたいなぁ…。
ずっとぎゅーって抱き締めていて欲しい。
何度もちゅーしたい。
こ、交尾は……、まだ恥ずかしいけど…。


「大猫神様…、銀華さまのい次の猫神様にもバレないようにしなきゃな。」
「うん、ぼくと紅の秘密だね。」
「ドキドキする…。」
「うん、ぼくも…。」

ぼくと紅だけの秘密。
甘い甘いこの関係のことは誰にも内緒なんだ。
秘密っていう響きが、なんだかくすぐったくて、嬉しい。


「へぇ〜、今時の従猫ってのは進んでるよなぁ。」

────え?!

「朝からキスが当たり前か?」

────えぇっ?!
抱き合うぼくたちの他に、別の声…?
その声の方向を見ると、興味深々にぼくたちを見つめる大人がいた。


「やあぁ──っ!紅ぃ、泥棒だよぉ!!恐いよー!」
「こ、このー!!出て行け!!ようし、このほうきで…!!桃、下がってろ!」
「ま、待てよ!おいっ、話聞いてんだろ?」
「うあん紅ぃ!布団めくられたぁ!!えっちすけべ変態ー!!痴漢だよぉー!」
「このやろー!桃に触るんじゃねぇっ!」
「待てって!今度ここの担当になった猫神…!!ぎゃあぁ───!!」
「───え…?!」











ぼくたちは、なんてことをしてしまったんだろう。
青城さまと名乗るそのお方は、長い間いなかった銀華さまの後任らしい。
らしいというか、実は手紙でお知らせが来ていた。
ぼくたちがちょうど旅に出ていた頃に来た手紙だった。
しかも昨日、それが来ていることに気付いていたけれど、
どうせ大した手紙じゃない、字もよくわからないし、なんて、読まずにその辺に置いてしまったのだった。


「神様に向かって泥棒、えっちすけべ変態、痴漢、おまけにほうきで殴る。」
「ご、ごめんなさいぃ…。」
「わ、悪かったな!」
「バカヤロウっ、それが謝る態度かっつってんだよっ。」
「神様もそんな言葉遣いしないと思うけど。」
「何ぃ?」
「べ、べ、紅ってば…!」

なんだか乱暴そうな神様だなぁ…。
銀華さまとは大違い。
確かに周りに何かぼくたちとは違う空気は感じるんだけど。
顔も綺麗で、目なんか吸い込まれそうなぐらい深い深い青色だ。
だけどテーブルにえらそうに足なんか載せてるし、口は悪いし、葉巻?っていうんだっけ、煙なんか吸ってるよ…。
腫れた顔に手拭い当てているのは、さっき紅がほうきで叩いたせいだ。
ぼくたちのこと、もうバレてるんだろうな…。
クビだよね、絶対…そしたら紅とどうやって生きて行こう…?


「お前ら、交尾してたのか?」
「な…、し、し、してませんっ!!」
「しました!おれと桃は交尾しましたっ!」
「べ、紅っ!!」

ああぁ───…っ!!
紅ってばなんてこと…。
違うって言えばバレずに済…まないかもしれないけど、そんなきっぱりしっかり認めちゃうなんて!
も、もうこの世界追放決定だ…。
でも仕方ないっ!
ぼくだって雄だもん、覚悟決めて追放されてやるぅ!!
青城さまが、次に口を開くのを、ぼくたちは目を閉じて待った。


「ぐあー!!マジかよ?!うわー俺ショック!!」
「…え?あ、あのぅ…。」
「今度んとこは二匹とも可愛くて言うこと聞くっつったから決めたのに…、あんのくそじじぃ!嘘なんかつきやがって!」
「あ、あのぅ…、青城さま?」

く、くそじじい、ってもしかして大猫神様のことかな…。
物凄く悔しいような感じだけど、青城さま、一体どうしたんだろ…。
ぼくたちが可愛いって…。


「せっかく両手に子猫(?)でウハウハの予定だったのによぉ…、あぁ〜!俺も若いのと交尾したかったぜ!」
「な、な、な……!!」
「今度混ぜてくんねぇ?あ、やっぱダメか?そこのでけぇの。でかいけど顔は可愛いから許してやるからよ。」
「おれの名前は紅だっ、紅丸っ!」
「おーおー、なんだ?神様にえらそうな口聞くなよ?」
「お、お、お前なんか神様なんて認めないからなっ!行くぞ桃っ!」
「う、うんっ!」

なんて神様なの───!!
ショックなのはぼくたちのほうだよ!!
こんな神様嫌だよぉ!!
銀華さまと全然違うんだもん…こんなの嫌だよ…。


「桃!おれはおまえをあいつから守るからな!」
「あれ…?逃げるんじゃなかったの…?」
「おれは負けるのは嫌いだっ。魔法使いにもなりたいし。」
「紅…!」

そうだよ、これがぼくの大好きな紅だよ…。
ぼくが知ってる、負けず嫌いで、強い紅。
全力でぼくを守ってくれて、慰めてくれて、元気づけてくれる、頼りになる紅。
ぼくはこんな紅だから、好きなんだ。
だからぼくも、頑張ろうって思えたんだ。


「紅、頑張ろうね。」
「うん、頑張ろう、桃。」
「紅、大好き…。」
「おれも桃がだいす………。」

ぼくたちは、その将来を誓い合うようなちゅーをしようと、目を閉じた。
紅の唇が、ぼくの唇に重なる瞬間、熱い吐息を感じる。


「おいおい見せつけんなよ。」
「────!!」
「勝手に見るな!」

あぁ…、ぼくたち、これからこうやって邪魔されるのかなぁ。
恋に落ちたぼくたちも悪いんだけど…。
やっぱり許されることじゃないんだ。
でもわかってはいるれけど、止められないんだ。


「まぁあれだ、じじいにバレないようにな。」
「え…、あの、青城さ…。」
「あーあ、どっかに可愛いの落ちてねぇかな〜。」
「青城さま…。」
「青城…。」

あれれ…?
なんだか思ったよりいい神様?
理解があるっていうか、寛大って言うんだっけ…?
なんだかいい加減っぽいけど、ぼくたちのこと、許してくれるのかな?
もしかしたら、ぼくたちの未来は明るいのかもしれない??


「桃、ちゅー、していいか?」
「うん、紅…、ちゅーしよー?」
「桃、ずっと傍にいるからな。」
「うん、ぼくも…。」

たとえ何があっても大丈夫。
だって、ずっと傍に、大好きな紅がいるから。
紅がかけてくれた、魔法があるから。
ぼくはどんなことでも乗り越えていける。
そんな紅に似合うようになりたいと思った。

たくさん抱き合って、たくさんちゅーをして、恋を深めるように、
今度はぼくが紅に、とけない魔法をかけてあげる。










END.







back/index