「Lies and Magic」二人のその後編3「ハッピー・スィート・ニュー・イヤー」-1




元旦から俺はバイトが入っていた。
別に正月だからと言って何が変わるわけでもない。
ただ年が変わるだけだと思っていた。
それに、そういう誰も出たがらない時っていうのは、賞与っていうものまでもらえる。
給料と振り込まれるのではなく、その場で渡されるのだ。
金には困っていないけど、あって困るものでもない。
だけど、これほど元旦にバイトを入れたことを後悔したことはなかった。

それは、昨日、年越しの12月31日だった。
志摩はそばを食べようと、二人で食べ合っていた時だった。
だいたいこういう時っていうのはいやらしい雰囲気になってしまうということを俺は忘れてしまっていたのだ。
キスまでしてその先我慢しなければならないなんて、男にとっては酷過ぎた。
それから志摩がイベント好きだということも。
初詣に行こうと目を輝かせていた志摩をがっかりさせてしまった。
意地悪のつもりで言ったのを激しく後悔した。
結局バイトから帰ってから行こうという話になったんだけど。


「あぁ水島くん、お疲れ様、もう上がっていいよ。」
「あ…、お疲れ様です。」

品出しをしていると、店長に声を掛けられて、夕方5時だということに気付いた。
バイトしている時はあまり何も考えていない。
何かを考えると、それに夢中になってしまうから。
今日もそうだった、なるべく志摩のことを考えないようにした。
家で待ってるあいつのことを考えると、今すぐにでも仕事を放り出して帰りそうだったから。
上に羽織ったコンビニの制服を脱いで、ロッカーに突っ込む。
そのロッカーに入れて置いた携帯には何件もメールが入っていた。
もちろんそれは同じ人間からのものだ。


「水島くん、はい、お疲れ様。」

鞄に財布と、携帯を見ないまま投げ入れて、バックルームを出ようとすると、またしても店長に呼び止められる。
人が急いでいる時になんだって言うんだ…。
苛々しながら、振り向くと、小さな袋を手渡された。
貧乏だという学生や、年末用に臨時で雇ったバイト以外で、この日出たのは俺だけだった。
隣の藤代さんも休みで、他のフリーターも休みだった。
機嫌を取るようにして店長はにっこり笑っている。


「いつもありがとうね。またこういう時は頼むよ。」
「はぁ…、ありがとうございます。じゃあ失礼します。」

あまりの笑顔に多少気持ち悪さを覚えながらそれを受け取ると、急いで裏から出た。
来年のバイトは、入れないようにしようか…。


『隼人、バイト頑張ってね。』
『早く会いたいです。』
『初詣楽しみだねー。』
『好きです。』

そんなメールの画面を見てしまったから。








ただいま、と言いいそうになるのが癖になってしまっていた。
嫌ではないけれど、あまりにも俺らしくない癖だ。
いつものように玄関の鍵を差し込んで回す。
時々、その奥からパタパタと走る音が聞こえないことがある。
今日もか、なんて思いながら静かにドアを開けた。
やっぱりな、そう思って靴を脱ごうと手を掛けて玄関に後ろ向きで座った。


「隼人ー!おかえり、おかえりー!」
「…わっ!」
「み〜…。」

絶対寝てると思った志摩が、勢いよく飛び付いて来た。
あんまりびっくりして死ぬかと思った…。
足元には猫のシマも一緒だ。


「えへへーおかえりー。」
「…ただいま。」

言いそびれていた挨拶をぼそりと呟く。
外から帰って来て冷えた身体には、志摩の体温は熱過ぎる。
首に手を回して、頬にキスまでして来て。
俺達は一体どこのバカップルだよ…。


「もうわかったから。」
「はーい。」

それでもひっついて離れない志摩の腕を無理矢理剥がす。
嫌じゃないんだ、だけどそれに乗ってしまったら、いつまでも離れられなくなる。
まさか玄関で志摩を犯すわけにもいかない。
志摩も別になんでー?だの、そこまで不満を言わなくなった。
俺がこういうことが苦手な人間だってことが一応はわかっているらしい。


「あぁそうだ、これ。」
「なぁに??」

冷蔵庫から烏龍茶を取り出すと、勢いよくグラスに注いだ。
志摩のせいで熱くなった身体を冷ますようにして一気に飲み干した。
帰り際に渡された袋を、ジーンズの後ろポケットから取り出して志摩に渡す。


「お前にやる。」
「お、お年玉だぁーー!!い、いいの?!」
「俺はいらないし…。」
「わーいやったーやったー、隼人、ありがとうございます!」

俺なんかもらってもなんとも思わなかったのに…。
そんなに喜んでくれるなんて、思ってもみなかった。
なんだか俺まで嬉しくなってしまう。


「何買おー?隼人の服がいいかなー?靴がいいかなー?お財布かな、鞄かなー??」

相変わらず下手くそな鼻歌に乗せて、志摩は浮かれている。
猫のシマにキスしながら、袋を天井に翳したりして。
時々吹き出しそうになりながら、志摩の頭をぽんぽんと軽く叩く。


「俺のもの買ってどうするんだよ、お前にやったのに。」
「あ、そっかー。うーん…どうしよー?」
「エビでも買ったらどうだ。」
「エビかぁ…。うーん…。」

何かと言うとエビがどうとか言う志摩に、何気なくそんなことを口にしてしまった。
だけどいつもと違って、乗っては来なかった。
不思議そうに志摩の表情を覗う。


「何…?なんだよ急に…。」
「うんと、えっと、でも、でもね…。」
「だから何。」
「俺、一番好きなの、隼人だよ?」

呼吸が止まるかと思った。
本当に何気なく言った俺の言葉だったんだ。
だけど普段そんな冗談を俺が言わないことは志摩一番よく知っている。
失敗した、と思ったのと同時に、なんとも表現し難い気持ちが湧き上がる。


「俺いっつもエビエビってうるさいかもしれないけど…。」
「知ってる。」
「隼人…?あの…。」
「知ってるよ、それぐらい。」

気付いた時にはもう遅かった。
志摩の腕を引っ張って、強引にキスをして床に押し倒してしまっていた。








/next