次回予告編「mischief magic」-1




カーテンの隙間から差し込む朝の光と、
志摩の体温と、柔らかい髪が鼻を掠って目が覚めた。
今日も志摩は俺の隣で丸くなって寝息をたてて眠っている。
この時間は幸せだと思う。
誰にも見せたくない、俺だけのものだ。
ほとんどの日は志摩のほうが先に目を覚ます。
それで時々俺の寝顔を見て一人で笑ってたりして、
きっと志摩も俺と同じ気持ちなんだと思うと嬉しくて、
本当は起きているのに寝たフリをすることもよくある。
なんだかその肌に触れたくなって、無意識に手を伸ばしていた。
その瞬間、志摩がぱっちりと大きな瞳を開いた。


「なっ、びっくりし…。」
「あー隼人おは……へぷしっ!」
「志摩?」
「おは…けほっ、ごほごほっ。喉いた…くしゅっ!」

触れようとしていた手を志摩の額に当てる。
げ…熱い…、俺、このせいで今日は早く目が覚めたのか。
触りたくなったのも、感じる体温がいつもと違ったから。
しかもこれって俺のせいだったりしないか…?
自責の念に駆られてしまい、志摩の何も着けていない身体から目を逸らす。


「隼人ー…、なんか俺熱いー…、でも寒いー…変だよー。」
「と、とにかくこれ着ろ、な?」

近くに置いてあった志摩のパジャマやらを取って渡した。
熱でいつもよりピンク…というか紅くなった頬や、
潤んだ瞳やちょっとだけ擦れて鼻にかかった声が、
俺のせいだと本格的に責めているような気がしてならない。
布団の中でもぞもぞと志摩は服を着て、俺は頭を抱えていた。


「昨日天気変だったからかなー…?」
「どっか出掛けたのか?」
「うんー、シロとねー、猫神様のとこ遊びに行ったー…げほっ。」
「あ…そうなのか…。」

猫神様ってあれだろ…、シロに魔法かけた。
それで今は人間界で暮らしてるっていう。
志摩がここに来ていなくなった時に会った人だ。
いつの間にそんな仲良くなってんだ。
前の下を向いた志摩にはできなかったと思う。
志摩は確実に変わっていけてる。
俺のせいだと…いいけど。


「ちょっと、俺、行って来る……ぐっ!」

うちには風邪薬なんてもんはない。
いや、置いてあったかもしれないけど、どこにあるかも、いつ買ったものかもわからない。
それになんだっけ、氷まくらとか、なんかもう、風邪ひいた時にどうすればいいかもわからない。
自分一人なら適当に寝て、酷いなら近くの医院行って薬もらってそれで済んだ。
でも今は違う、一人じゃないし、志摩は俺の…。
俺の大事な恋人で、家族なんだ。
そう思って慌てて立ち上がった時、同時に後ろから襟首を引っ張られた。


「バカ、殺す気かよ…。」
「だって…、一人やだ、置いてかないでー…。」
「ちょっと薬買いに行って来るだけだって…。」
「やだー…、一人やだー…、げほげほ。」

風邪をひくと寂しくなるってこういうことを言うんだろうか。
今にもい泣きそうな志摩が、必死で俺の服を掴む。
その手は熱くて、肌まで伝わってくるぐらいだ。


「じゃあ病院行こう、な?」
「だって俺、保険証ないもん…。」
「突然現実的なこと言うなよ。」
「だってないもん…、いっぱいお金取られるー…。」

金なんてどうでもいいだろうが。
こんな時だけ現実的になりやがって。
どうせどうでもいい金ばっかりなんだ、俺の口座に入ってるのは。
それを志摩のために使うっていうのもどうかと思うけど、
あれは母親の謝罪と思ってるから、使うことにしている。
それで今の家族のために使えばいいって思っている。
俺の考えは間違ってるのかもしれないけど。


「そんなこといいから、注射の一発でも打てば…。」
「注射やだー…、絶対やだ…。」

そうきたか。
注射ごとき恐いなんてお前は一体幾つの子供だよ。
…まぁ子供といえば子供かもしれないけど。


「じゃあちょっとだけ待ってろ。」
「やだ…、行かないでー…。」
「1分だけだ、絶対すぐ戻ってくるから!」
「…うん、わかった…。」

志摩を振り切って玄関のドアを開けた。
まだ残暑の名残りで、朝から気温が高い。
そんな中1分で帰ってこれるところと言ったら、隣しかない。
日射しに背を向けながら、そこのインターフォンを押して、藤代さんとシロが住む部屋に邪魔をした。
説明は短く省いて、とにかく風邪薬と何か必要なものをくれ、と言った。
それから今日のバイトはなんとか休めないか、と。
それで1分以上はかかっていて、俺は焦って自分の部屋へと戻った。


「志摩ごめん…っ、遅くなって…っ。」

こんな近くなのに俺の額には汗が滲んで、息まで切れていた。
夢中で志摩の元へ駆け寄ると、その本人は眠ってしまっている。
それなら起こさないほうがいいと思って、
固く絞った冷たいタオルを志摩の額に置いて、一旦その部屋を出た。

何か腹に入れないと薬は飲めない。
それならご飯でも作ろうかとキッチンに立った時やっと気付いた。
俺は炊飯の仕方も知らないということに。
いかに自分が食に関して無関心だったのか身に滲みてしまった。
少しだけ関心が出てきた、つまり志摩が来てからも、
俺はご飯の支度から何やらは志摩に全部任せていた。

何か食べれるものはないかと、冷蔵庫や冷凍庫を覗く。
でもこんな時に冷凍食品って言うのもなぁ…。
しかも油っこいものなんかあんまりよくない気がする。
ふと、冷凍庫の中に凍ったご飯を見つけた。
これを適当に煮たらおかゆとかにならないだろうか…。
一か八かの賭けみたいにして、俺はそれを取り出して、適当に鍋にかけた。

偶然の産物っていうのはこういうことを言うんだろうな。
なんとか見掛けだけはおかゆに見える。
そりゃあそうだ、ただ水入れて、冷凍ご飯入れただけだ。
これで失敗するのは相当なもんだと思う。
それから何か味を付けたほうがいいと思って、また冷蔵庫を覗く。
梅、鮭、玉子…確かコンビニにあるレトルトはそんな味だった。
志摩はどれがいいんだろう…。
エビが好きだから海ってことで鮭だろうか。
スッキリするなら梅だろうか。
胃に優しいなら玉子だろうか…。

悩んだ挙句、俺は何を考えたのか、冷蔵庫から梅干しと鮭フレークと玉子、全部取り出していた。









/next