「innocent baby」その後「innocent heart」-1




9月になったのに、まだ暑さの厳しい日だった。
その日も俺はバイトがあって、夕方になってもなかなか涼しくならない中、
額に汗を滲ませながら家に帰った。


「隼人、おかえり、おかえりー!」

いつものように志摩は後ろから俺に抱き付いてくる。
クーラーのよく効いた部屋にいた志摩だけど、その体温はやっぱり俺より僅かに高い。
柔らかい腕の内側の皮膚が俺の首の辺りにひっついて、心臓が高鳴ってしまった。
あれからまだ、一度も志摩とはしていない。
その最初に満足したつもりだったのに、
男ってのは困った生き物だな、と自分でも呆れて溜め息が洩れた。


「隼人ー…。」

そうやって誘ってるとしか思えないみたいにキスを強請るのとか。
志摩自身はそんなつもりがないからまた厄介だ。
時々こいつのそんなところが可愛くもあり憎くもある。
なるべく志摩の目を見ないようにして、綺麗なピンク色に染まった頬に口づけた。


「えへ、お風呂沸いてるよー。」
「お前先に入れば?」

ちょっとイラついてそんなことを言ってしまった。
せっかく志摩が俺の帰って来る時間に合わせてくれているのに。
その後すぐにご飯を食べれるように作ってくれているのに。
この家に入った途端にわかるぐらいいい匂いがしていたから。


「えー…、あ、じゃあ一緒入ろー?」
「バカ何言ってんだ。」

いつもならそれで済むはずだった。
今日の俺は残暑の熱でどうかしていたのかもしれない。
俺の心の奥底に住んでいる何か汚いものが、
途端に自分を支配して、悪い考えが充満してしまった。


「隼人?」
「いいよ、一緒に入ろうか。」

黙ってしまった俺を志摩が心配そうに見つめる。
その瞳は真っ直ぐで、でもそこで怯むことなんかできなかった。
優しい口調でそんなことを考えていない振りをした。
志摩、ごめん、だけど、お前も悪いんだからな…。
志摩のせいにして、どこまで俺って奴は汚いんだ。


「うん!じゃあタオルとか持って来るー!」
「あぁ…。」

ぱたぱたと走ってリビングのほうへと向かった志摩に、
謝罪しながらもドキドキして仕方がなかった。
わかってんのか、俺はお前の裸見たら冷静でなんかいられないんだからな。
きっと志摩は俺がそういうことをしようとしてるとは思っていない。
お前の好きな奴はこんな奴だ、って幻滅されるかもしれない。
それでもしたいのなら、もうそれは仕方のないことだけど。


「ねーねー今日ね、シロのとこ遊びに行って来たの。」
「いいから前向いてろよ、目に入るだろ。」
「はぁーい。」
「…まったく…。」

さっきから俺に髪を洗われている志摩はそんな話ばっかりだ。
甘い囁きとかそういう恋人同士の欠片もない。
いつもの好きだとかそういう言葉を今言ってくれたら、
それにかこつけてここでできるんだけど。
それはどうしようもない俺の他力本願というか、
自分を正当化しようとしているずるいところであったりする。
シャンプーの泡が目に入らないように、冷たくあしらって前を向かせた。
だってこんな狭い空間で、そんな紅潮した顔で、声だっていつもより耳にダイレクトに伝わってくるんだ。
そんな状態で見つめられたら、欲情するに決まってるだろ。


「それでね、うんとね……。」

もう志摩の言ってることなんか耳に入らなかった。
髪を洗い終えて、小さく丸まった背中を洗い始めると、その後は自分の理性との戦いだった。
タオルで擦られる皮膚がどうしても自分の皮膚に触れてしまう。
その体温を神経が感じてしまって、どうにもならない。
また鼻を掠めるあの甘い匂いが、性欲を促進させてしまうし。
志摩の好きなフルーツの匂いのシャンプーとボディソープと。
それからあの時の入浴剤…今日はまた別の匂いな気がする。


「隼人も洗ってあげる。」
「俺は自分でするから、先入ってろ。」

お前に触られたら俺の下半身は確実に変化する。
今だってそれ抑えるのに必死なんだから。
急いで身体を洗って、志摩の浸かる浴槽へ自分も浸かった。
ここまでよく保てたと思う。
というか、ここまで何もしないカップルっているんだろうか。


「なんか狭いね。」
「あぁ…、それなら…。」

さっきよりも紅くなった志摩の顔と、 動いた瞬間生じる水の動きで、もう限界を超えてしまった。
俺はどうやら戦いに負けてしまったようだ。


「隼人…っ。」
「もっとくっつけばいい。」

ざぶんと激しい水音をたてて、志摩を引き寄せた。
急接近した顔を見て、たまらなくなってキスをした。
水で濡れた唇が、唾液と混じり合って余計にいやらしい音がする。
ぎゅっと抱き締めたままの志摩の身体は熱くて、俺もまたそうだった。


「あの、隼人…、や…。」
「なんで?こうなってるのに?」
「や…ぁっ、あ…っ!」
「興奮してるんだろ?」

バカじゃないのか俺は…興奮してるのは自分のクセして。
水の中で志摩の下半身に手を伸ばして触れると、
そこは俺が抱き締めてキスしただけで、僅かに変化していた。
お湯ではない別の何かが俺の指先に伝わって、それを感じると止まらなくなってしまった。


「あ…ぁん!や、隼人…っ!」

わざと志摩を少し高い位置に抱え上げて、目の前にあった胸の粒を舌先で転がす。
びくびくと志摩が動く度に水面もゆらゆら揺れて、時々お湯が跳ね返す音までした。


「そんなに嫌か?俺とこうするの。」
「違うの…、あのっ、俺、隼人にされると…っ。」
「何?されると気持ち悪くなる?」
「違う…っ、えっちくなっちゃうんだも…っ!」

嫌かと聞いているクセに俺の手も舌も止まらずに、
志摩が半泣きになってしまった状態で、 とんでもないことを告白されてしまった。


「何それ、それがなんで嫌なんだ?」
「だってこの間…っ、隼人えっちぃのはお前って言ったから…っ、あっ。」
「誰もダメって言ってないだろ。」
「でも…っ、それに…っ。」
「まだなんかあるのか?」
「俺、すっごい変なっちゃう…っ、そんなの嫌われるもん…っ!」

バカじゃないか、とも思った。
そこまでわかってない奴とは思わなかったから。
でも志摩はあの時いっぱいいっぱいだったんだ。
普段から俺の言うことがよくわかってない時もあるし、
俺も俺で言い方の問題で言葉が足りないのもある。
意地悪して本当のことを言わないこともある。
だから今の志摩の言葉は俺の責任でもある。
ちゃんとはっきり言うことは言わないとダメなんだな…。
特に志摩みたいな性格の奴には。


「変っていうのは気持ちいいってことだろ。」
「え…、そうなの…っ?」
「それに俺としてはえっちなお前も好きなんだけど。」
「ホ…、ホント…っ?」

驚いて志摩の瞳から涙が消える。
だから驚いたのはこっちだっつうの。
まったくもう…どこまで可愛い奴なんだ。
俺の言葉の一つ一つに反応してそこまでコロコロ変わって。
そしたら俺だってもうちょっと素直になろう、とか思うし。


「ホントだよ、志摩ならなんでもいい。」
「うん…、俺も隼人ならなんでもいいよー…。」
「なんでもしていい?」
「うん…いい、大丈夫です…っ。」

また出てしまった志摩の妙な敬語に吹き出しそうになりながら、柔らかい頬を優しく噛んだ。
いいって言ったからな…俺はもう知らないからな。
自分から誘導したのに、志摩に責任を負わせるようなことを考えてしまう。


「隼人…、やだ…っ、お風呂の中やだよー…。」

お湯の中で激しく志摩の下半身の中心を擦る。
さっきより溢れ出している先走りも量を増して、
完全に勃ってしまったそれは、もうすぐ達するというのがわかる。
さすがにまた半泣きの志摩に、いいからこの中で出せ、
なんて意地悪はできなくて、軽すぎる身体を抱き上げて浴槽から出た。


「まだ、もうちょっと我慢しろ、な?」
「うん…っ、やっ、ひゃ…っ!!」

向き合って抱き合ったまま、志摩の後ろに手を移動させた。
近くにあったボディソープのポンプを一押しして、
手に絡ませてその入り口にそっと指を入れる。
その異物感に志摩が一瞬跳ねて、それでも俺の指をなんとか受け入れる。
ぬめった指先は意外とスムーズにその中へと進入して行った。


「う…ぅんっ、あ…っ、あ…!」
「やらしい、志摩、えっちだな。」
「やぁっ、やだ…っ、嫌いにならな…で…っ!」
「ならないって言ってるだろ。」

さっき言ったことも忘れるほど志摩は意識が朦朧としているらしい。
真っ赤になった頬を涙が伝って、その顔がなんとも言えないほど可愛い。
こんなに可愛い人間は俺は見たことがなかった。
どうしたらそんな表情ができるんだ。


「う…っくっ、あ…っあ、変だよ…っ!」
「わかってる。」
「隼人…、俺、変だよ…っ。」
「うん、いいんだよ、それで。」

俺だって十分変なんだから。
多分お前は今余裕なさすぎてわかんないかもしれないけど。
この熱く蕩けそうな体内に触れて、その顔真正面から見て、相当おかしくなってる。


「隼人…、も…っ、もう…っ!」
「わかってるよ、入れて欲しいんだよな?」
「うん…っ、うん…っ!」
「じゃあお前が来いよ、志摩。」

志摩の細い腰を両手で支えて、挿入の準備を整える。
セックス自体に慣れていない志摩はやっぱりそれはできないらしく、
びくびく震えたまま、何度も試みようとしては首を振った。
そんな志摩をこれ以上いじめるのは可哀想だった。
自分の膨張したものの先端で志摩の入り口を探り当てて、そのまま挿入できるよう導いてやる。


「あ───…っ!やっ!んんっ!!」
「ゆっくりでいいから…っ。」

あんなに解したのに狭いそこが、俺のものを締め付けて、そのきつい感覚に眩暈を覚えた。
痛いだろうな、なんて心配する余裕はほとんどなくて、
志摩の中に自身が入ることだけに集中していた。


「ふ…ぅんっ、は…っ、んんっ。」
「動いていい?」
「うん…っ、あっ、あ…ぁんっ!」
「すごい、お前の中…。」

時間をかけて完全に収まった状態で、
志摩の腰を掴んだままゆっくりと動きを加え始める。
背中が反って危うく後ろに倒れそうになる志摩を、何度も抱き抱え直しては揺さ振り続けた。
熱く蕩ける志摩の体内で、俺自身はもう限界が近付いていて、
その志摩の前部分を見てお互い絶頂が近いことがわかった。
そこに向かって一層激しく腰から全身を動かす。


「隼人…、俺もう…っ、もうイく…っ!」
「俺もだから、一緒にイこう?」

流れ続ける涙を舌先で掬って、頬と鼻の天辺と、柔らかい唇にキスをした。


「やぁっ、イっちゃ…っ、んん────…っ!!」

その途端に志摩は高い声を上げて、 俺の身体目掛けて生温かいものを放って、
俺も直後に志摩の体内から自身を引き出して放った。










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