「innocent baby」-10
「すいません、ホントにすいません!」
「いや〜、まぁいいけどよ〜。」
更にその次の日、俺はバイト先で藤代さんにひたすら謝った。
もう土下座でもしたい気分だ…。
いいわけなんかないのに藤代さんも人が悪い。
ニヤニヤ笑って雑誌を整理している。
「よくないですよこんなの…。」
「まぁなぁ、志摩と色んなことに夢中でバイト忘れてた、なんてお前がそんな奴だとは思わなかったよな。」
その藤代さんの言葉通り俺は、昨日バイトだということをすっかり忘れていた。
挙句、親切に電話までしてきてくれたのにそれも無視して、それも言葉通り志摩と一緒にいて。
最悪だ無断欠勤なんて、こんなの絶対クビだ、社会人としてそれはしてはいけないことだ。
しかも理由が理由なだけに、恥ずかしいといったらこの上ない。
藤代さんもそういうのに敏感なんだよな、すぐバレてしまった。
「わかってます、本当に申し訳ありませんで…。」
「いや、そうじゃねぇよ。」
「はい?」
「お前がそんな夢中になるのって初めて見たなーと思って。」
顔から火が出るかと思った。
俺は、自分だけじゃなく、他人にまで出していたのか。
絶対出ていない自信があったのに。
もうボロボロだな、俺、カッコ悪い…。
でもすっきりしたのも事実で、恥ずかしいけど嫌じゃない。
志摩の敬語みたいなもんか、と、また志摩のことを考えてしまう自分にはちょっとだけ呆れてしまったけど。
「あ、そういえば俺、クビじゃないんですかね…。」
「は?なんでだよ?なんかしたのか?」
「いや、一昨日、佐々木にバレたんですよ…、その、志摩の…。」
「あぁ、佐々木はクビんなったな。」
藤代さんの言っていることが理解できない。
一昨日俺は佐々木に酷い言い方をした。
それだけじゃない、志摩とのことがバレて、あいつもバラすって言ってた。
そしたら俺はここにはいられないって思った。
それが当たり前の考えだよな…。
なのに佐々木がクビって逆だろそれは。
「あいつ、売り物のプリンとか食ってたんだよな、注意してもきかねぇし、我慢できなくてクソ店長に言っといた。」
これは一つ藤代さんに借りが出きてしまった。
何か賄賂でも渡さないといけない。
ちゃらちゃらしてる風に見せかけて実は一途で、さり気なく俺のフォローなんかして、ちょっとカッコ良くてムカつくよな…。
それもあのシロのお陰だったりするんだろうか。
そしてシロが猫のシマにあんな笑顔を見せていたのも、藤代さんのお陰で。
あの時羨ましいと思ったのは、そんな幸せが滲み出ているのがはっきりと見えたからだ。
俺も幸せになりたい、と望んでいたのに塞いでいたのが溢れたから。
現実にそれは志摩と一緒に俺の元へやって来た。
それなら俺も藤代さんみたくいい男になれるんだろうか。そうだといいけど…。
「何ブツブツ言ってんだ?」
「いや、なんでもないですよ、ちょっとね。」
「変な奴だな。俺お前の笑顔なんか初めて見たぞ。」
「変ですよね、俺もそう思います。」
変でもいい、それでもいい、人間らしく変われるなら。
志摩に似合う男になれるなら、なんでもいい。
そうやって相手によって変わっていくことができるなら、それは本物なんじゃないかと思う。
流されるんじゃなくて、いい方向に流れる、のだ。
「で?どうだったんだよ?」
「何がですか?」
「だから、ナニが、だよ、シマたんはどうだったよ?」
「何言ってんですか…。」
またそうやっていやらしい質問してくるから誤解されるのに。
でもそれがこの人、なんだろうな。
だけど、その質問の答えは誰にも教えない。
俺と志摩だけが知っている秘密だ。
なんだか秘密なんて言葉は、くすぐったくなる。
「いや〜、お前がってのも想像できねぇけど…お、来たな。」
「あ…。」
今日も志摩は店まで迎えに来る。
布バッグをぶら下げて、その中には猫のシマがいるだろう。
よく見ると膨らんでるからわかるんだよな。
そして雑誌のところにいる俺を背伸びして覗き込む。
嬉しそうにして店に入ってくると俺の名前を呼んで、同時に店のチャイムが鳴る。
その光景を脳内に描いて巡らせた。
そして実際にいる志摩を見て、ふっと笑みが洩れた。
志摩本人はああいうことをしても何も変わらない。
変わったのはその行為によっての身体的なことと、俺の感情表現で。
志摩はいつものようにただ俺だけを好きなんだ。
俺も変わらずに志摩を好きだと思う。
そう、純粋で、汚れのない思いで。
「隼人、一緒に帰ろー!」
END.
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