「innocent baby」-1




俺が思っていたよりも、志摩は世の中、いや、
常識というものを知らないということに気付いた。
内気な性格のために友達が少なかったことも、
名前が女の子みたいでからかわれていたのもわかる。
そのせいで学校もサボりがちで、授業の内容も理解できてないのもまぁわかる。
ついでに、今までの高校もどうせ行ってもつまんないから、なんて理由で退学してしまった。
わかるけど…、いくらなんでも男女の身体の仕組みとかについてはさすがに知ってると思っていた。
出会って最初にいきなり、その行為を誘うようなこと言ったんだから。

コンビニでバイトしながら延々そんなことを考えていると、
ちょうど外に志摩の姿が見えて、店内に入ってくるチャイムが鳴った。


「隼人!後で一緒に帰ろー。」

これから買い物にでもいくんだろうか、
志摩は布のバッグを腕にぶら下げて俺の傍まで走って来た。
別に出掛けるなとも店に来るなとも言っていないからそれはいいんだけど、
いくら他に客がいないからってくっついてくるのはちょっと勘弁して欲しい。


「シマじゃねぇか。買い物か?」
「あっ亮平くんっ、あのね、隼人と一緒に帰ろうと思って!」

ほとんど一緒に勤務している隣の部屋の藤代さんが志摩を見つけると気軽に声を掛けてくれる。
その藤代さんの恋人のシロとも志摩は仲が良くて、
言ってみれば近所付き合いも友人関係もまぁまぁいい感じにはなってきていた。


「新婚ラブラブいいな、お前ら。」
「やだなぁ恥ずかしいよー、照れる〜。」
「勝手に盛り上がらないで下さいよ。」

藤代さんがニヤニヤしながら俺と志摩のことをそんな風に言って、
志摩はデレデレしながらそんなことを言って、
何も言わずに聞いてる俺が一番恥ずかしいんだけど。


「夜とかどんななんだ?水島って。想像つかねぇな…。」
「??夜?何?夜って??」
「志摩っ、早く行くなら行ってこいっ。」
「ハ、ハイっ、行って来まーす!」

いつか聞かれると思っていたそのテの質問に、
焦りながら志摩を買い物に追いやった。
しかもさっき考えていたばっかりに、俺は冷や汗まで出そうな勢いだった。


「あーあ、シマ可哀想〜、追い出されちゃったのか〜。」

俺の態度を見てない振りして藤代さんは志摩の後ろ姿を見ていた。
さっきから心臓が高鳴って止まない。
これも全部その志摩のせいだ…。
いや、志摩のせいにしても仕方ないんだろうけど。


「で?シマとお前のその反応からして俺が察するに…。」
「言わないで下さい、最後まで言われたら俺本気で恥ずかしいですよ…。」
「んじゃ自分から言えよ、聞いてやるから。」
「…はぁ…‥。」

深い溜め息も零れるってもんだ。
しかしこんな話を他人に言うのもどうかと思うけど。
でも俺には生憎というか都合のいいことなのか、
今ここにいる藤代さんぐらいしか志摩とのことを知ってる人間がいないのだ。


「あの、じゃあ聞くだけ聞いて下さい。」

















それは三日前のことだった。
いつものように俺は仕事の後家に帰ると志摩が走って寄って来て、抱き付いてきた。
その行為は志摩にとっては当たり前のことで、俺もなんとも思ってなかった。


「隼人、おかえり、おかえりー。」
「暑いって。」

ゴロゴロ甘えて、俺の首元に手を回して。
外が暑いというのを理由に志摩の腕を解く。
本当はそうじゃない。
そんなにくっつかれると俺の理性がヤバいからだ。
その夏という気候のせいで、
すっかり薄着の志摩の肌が直に俺の肌に触れると、
どうしようもなく興奮してしまうのだ。
そんなのは一人の男として普通のことだ。
でも志摩があの時、思いだ通じ合った時に洩らした言葉が頭から離れない。
消えるような途切れるような声で、こわい、と。


「隼人、おかえりのちゅーは?」
「…は?」

こいつはなんてことを言うんだろう。
あの時も言ったのに、俺を挑発してるのかって。
そうとしか思えない志摩の言葉が、
辛うじて保っていた理性をブチ壊してしまう。


「…ん、ふ…っ、はや…と、んぅ…っ。」

すぐにその言葉を発した唇を塞ぐように激しいキスをする。
志摩の唾液が口の端を零れて、それを綺麗に舐め取って、
柔らかい唇を隅々まで舌先で舐め回した。


「隼人、俺の唇舐めるの…好き…なんだ…ね…。」

真っ赤になって瞳を潤ませて、熱に浮かされたような、
そんな表情でそんなことを言われたら、もう止まらなくなる。


「そうだよ、でも唇だけじゃない。」

できれば身体の全部、隅々までこの舌で愛撫してやりたい。
その服を全部脱がせて、俺より白い肌をこの舌で。
細い腕とか腰の辺りとか見たことのない腿とか。
志摩が最近気に入ってるエプロンを性急に取り去って、
服を捲り上げて、胸の辺りを指先で探る。
小さな突起が俺の指先に当たって、その瞬間志摩の身体がびくんと跳ねた。


「…あ、隼人…っ?やぁ…っ。」

初めてちゃんと聞く志摩の喘ぎ声が、鼓膜にビリビリ響く。
今まで触った女の誰よりももっといやらしくて、
可愛くて、 濡れた声が色っぽくも思えた。
これで止めれる奴が世の中にいたら俺は一生そいつを尊敬してやる。


「エッチは…っ、ダメだよ…っ!」
「…え。」

志摩が精一杯の声を振り絞って、拒否の言葉を放つ。
震える手が俺の肩を掴んで、俺は一気に落ち込みそうになった。


「だってお前言ったろ、してくれって、最初に。」
「それはその、既成事実っていうか…、その…。」
「は?既成事実?」
「だからその、赤ちゃんできればここに置いてくれると思ったから…。」

────えっと…。
ということは、だ。
つまり志摩は大きく知識を間違って覚えているということになる。


「でも本当にしてもらえると思わなくて…、隼人?隼人どうしたの?」
「いや、なんでもない…、ご飯にするか、志摩。」
「うん、しよー。」
「………はぁ…。」

ビックリなんてもんじゃなかった。
昂ぶってたもんも萎えるに決まってるだろ。
それからの夕ご飯は俺はすっかり気を落としてしまっていた。
志摩は相変わらず元気に笑って喋りまくってたけど。













「あぁそう、そんなことが…へぇ〜。」
「我慢しないで声あげて笑って下さいよ…。」

こんなのってないだろ、自嘲したい気分だった。
藤代さんは涙まで溜めて腹を押さえてるし、
そんなだったら大声あげて笑ってくれるほうがまだいい。


「いや、悪ぃ、バカにしてるわけじゃねぇから。」
「バカにしていいですけどね…。」
「しねぇよ、シマを笑い者になんかしねぇって。」
「そうですか…。」

藤代さんは外見は言っちゃ悪いけど、チャラチャラしてるけど、
人をバカにしたりとかしないのを俺は知ってる。
だからこそこんな話もしたわけだし。
他人にこんな話までする日が来るとは思ってなかった。
それはやっぱり志摩の影響だろうか。
俺は変わっていけてるのかもしれない。


「ホラ、来たぞ、その可愛いのが。」
「あ…。」
「お前もう上がりだろ、お疲れ様。」
「ハイ、お疲れ様です、お先に…。」

外で志摩がスーパーの袋をぶら下げて、店内を覗き込んでいる。
雑誌のところにいた俺たちを背伸びして、
瞳をクルクルさせながら、俺のことを待っている。
こんなに誰かに思われたのは初めてだし、
俺が誰かを思ったのも初めてかもしれない。
その藤代さんの言う通り何も知らない可愛い志摩を汚したく壊したくなくて、
それで俺はこんなに一人でモヤモヤしているんだろう。
でもそれとはまったく逆に、汚したい壊したい自分もいて、
もうどうしていいのかわからなくなってきていた。


「隼人!お疲れ様ー帰ろ、帰ろー。シマにゃんも待ってるよ。」
「引っ張るなって。」

Tシャツの裾を思い切り引っ張る志摩に対してまたしても そんな言葉が洩れて、
我ながら素直じゃないと思った。
それでも志摩はそんなの気にしないようにして俺の手を引く。
引かれた手をもっと強い力で押さえて、
志摩の全てを自分だけのものにできたらいいのに。
そんな思いだけが脳内を巡らせ、
志摩との会話に適当に相槌を打ちながら夏の終わりの道を歩いた。










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