「魔法がなくても」番外編「secret magic」-2







「では邪魔したな…、…っ。」
「?猫神様?どうしたんですか?」
「私はあちらに帰ると洋平に伝えてくれ…。」
「はぁ?なんだよイキナリ、わけわかんねぇ奴だな。」

丁度その時私の服の中で電子音が鳴ったのだった。
それは見なくてもわかる洋平からのもので、
嫌な予感というものはどうしてこんなにも当たってしまうのか
その勘の良さは自分でも呆れてしまう程だ。

『今日帰れなかったらごめん』

たったその一行でわかったのだ。
もう洋平の心は私には無いのだ、と。
それならもう此処には居られない、しかし私は何処へ帰るというのだ。
我ながらその馬鹿な考えに笑いまで零れそうになってしまった。
帰る処など、無いというのに。


「おい待てよっ、シロ、洋平に電話っ!」
「あ、あ、うんっ!」
「俺のせい?どうしよう!猫神様ー、待ってー。」

皆の言葉を聞きもせずに其処を飛び出していた。
このような思いをするから嫌だったのだ。
だから人間などと関わりたくなかったのだ。
違う、それは言い訳だ、己を正当化する為のだ。











「これから…、どうしようか…。」

近所の公園まで走って来て呟いた。
息を切らすなど私らしくもない。
馬鹿げている、一生懸命になっても叶わないなどと。
溜め息を吐いて、その辺りの雑草やら花やらを見つめた。
風が吹く地で、それらは生き生きと育っている。
そういえば神界のあの花はどうなったのだろうか。
洋平が持ってきた種で、一面花畑になったあの土地が急に懐かしくなって、
鼻の奥がつんと滲みた。
泣くな、己の所為だろう。
いつからそんなに弱くなってしまったのだ。
泣くな、弱くなってはいけない。
必死で涙を堪えていると、あの時、私が神界に一度帰ってしまった時同様、
耳に愛しい人の声が飛び込んで来た。


「銀っ、早とちるなよーもう…。」

其処にはあの時と変わらない、
いや、あの時よりも逞しく見える洋平の姿があった。
先程の私以上に息を切らした洋平が、突然私を抱き寄せた。


「よかった…間に合って、いや、早いけど…。」
「お前は何を言っているのだ…、よいから離れ…。」
「嫌だ、離れたくない、お前すぐどっかいなくなりそうだから。」
「それは…。」

洋平が駄々を捏ねるなどと初めて見た気がした。
私から離れたくないと言って強く抱き締めて、髪を優しく撫でている。
これは一体どういうことだ…。


「誕生日おめでとう、あ、三日早いけど、半分お前のせいだからな…。」
「…誕生日……。」
「忘れてた?」
「いや、先程シロ達から聞いて気付いたのだが…。」

納得がいかないと思いながらも私の手は洋平の服をしっかり握っていて、
やはり私もどうしてもこの人間とは離れたくないようだ。
それを口にするのは未だ躊躇われるが。


「もっと花いっぱい見たいと思ってさ。」
「花…?」
「銀は花好きだし、俺も好きだから、ハウス一部分けてくれるとこあるんだ。」
「ハウス…わからないが。」

洋平の言っていることが全くわからない。
少々苛々してしまったのか、急かすように説明を促すと、
別の意味で泣きたくなってしまった。



今の家だと庭もないし。
同じ都内だけど、綺麗なところなんだ。
ハウスっていうのはビニールハウスで花作ってるところで、
そこを広さによって区切って分けてくれるんだ。
きっと銀も気に入ると思って。
それでその、金なくてさー、花屋に内緒でバイトしてて。
でも結局貯まらなかったんだから、間に合ってねぇし、俺、カッコ悪ぃよなぁ…。

堪らずにその背中に爪が食い込む程に力を入れた。


「お前は馬鹿だな…。」
「ごめん、銀にそんな思いさせるならしなきゃよかったな。」
「もうよいのだ、私はもっと馬鹿なのだから。」
「それはないけど、うん、俺のこともっと信じて欲しいかも。」

公園の木の下で、周りから死角になっているのをよいことに、熱い口づけを交わす。
まだ夏の真っ最中で、その木の上では蝉が五月蝿く鳴いている。
久し振りの蕩けるような口づけに、全身まで溶けてしまいそうだ。


「銀…好きだよ。」
「あまり…するな、抑えが効かなくなる…。」
「いいよ、俺も抑えないから。あ、でもここはマズいか。」
「馬鹿者…。」

子供のように悪戯に笑った洋平は、
往来だと言うのに私の手を取って、自宅へと向かおうとする。
出来れば本当に抑えが効かなくなるから勘弁して欲しいが。


「お前は、お前の誕生日は…私は何もお前には…。」

洋平が冬生まれなことは知っている。
しかし私はこの世界で仕事も持たず、あの家に居るだけだ。
洋平には何も捧げることは出来ない。
それを聞いた洋平はもう一度振り返って、あろうことに私の頬に洋平の唇が触れた。


「・・・・でいいよ。」
「あ、あまり調子に乗……っ!」

私をここまで紅くさせて、なんという人間だ。
もうどこにも行けない、行きたくない。
お前の傍で、私は生きたい。
私のためにそこまでしたお前が好きだからだ。


「俺を信じなかった罰。銀、真っ赤だな。」
「…………っ。」

耳元で艶を含んだ声で囁かれて、私の心臓はおかしくなってしまいそうだ。
そうだな、でもすまない、お前をもっと信じることにする。
お前の求めたことはできないが、いや、逆に既にそうだとも思うが…。
お前の誕生日も、傍に居ると信じることにする。




『銀でいいよ。』









END.







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