「魔法がなくても」番外編「secret magic」-1







人が人に隠し事をする時。
それはこちらに対してやましいことがあって言えない時だ。
だからこそ隠す、という方法を使うのであって、
それをしているのが自分にとっての恋人だとすれば、
それはもう裏切りということになる。

洋平の様子がおかしいと気付いたのは、こちらで言う一週間程前だった。
何時ものように朝早くに洋平は仕事に出掛け、私はこの家で一日を過ごす。
それは本当に何時ものことで、傍から見れば何も変わらないのかもしれない。
しかし私にはわかるのだ。
洋平の態度や言葉の癖などの身体的な変化と、
この家に帰って来るまでの行動的なことが違う。
シロが余計な世話を働いて私に寄越させた携帯電話というもので、
洋平は必ずと言っていいほど仕事中、其処を出る前、文書で言葉を送って来ていた。
それも変わらないのだが、問題はその時間のずれと内容だ。

『用事があるからちょっと遅くなる』 『また帰る時メールする』

大体このような内容で、私に対して隠し事があるとしか思えないのだ。
私が計算する限り、時間も合ってはいない。
以前はこのようなことはなかった。
仕事が終わって直ぐにそれを寄越して、

『今から帰るから』

その通り寄り道などせずに私の元へと戻って来てくれていたのだ。
このようなことを考えてしまう私がおかしいのだろうか。
私がただ単に贅沢になってしまったのだろうか。醜くなってしまったのだろうか。
恋をすると馬鹿になる、それでもいいと思っていた。
しかしこのような苦しいもどかしい思いをするならば、
恋というものはとても厄介なものだとまで思ってしまう。


「んじゃ、行ってくる。」
「気を付けてな。」

こうしていつものように洋平は私の言葉に送られ、家を後にした。














「えー、猫神様に隠し事〜?」
「そんなことあいつがするわけねぇだろ、後が恐ぇ。」
「お前は私をどのような者だと思っているのだ、失敬な。」

シロとその恋人の家、洋平の兄にあたる人間の家なのだが、其処に足を運ぶことがあった。
最近になって二人は転居をしたが、前の処からはさほど離れていなかった。
前よりも広くなっていたけれど。
それはシロがこの人間界で仕事を始めて、賃金を稼ぐようになったから実現したようだ。
すっかりこの世界に馴染んだな、シロ。
私は何もしないで洋平に世話になっているというのに。
これで以前は神だというのだから、我ながら情けないやら可笑しいやらで、
それでも私にはこの者達しか頼る者などいないのだ。


「そうですよ〜、洋平そんな悪いことできないです!」
「突然何かと思えば…。」
「ねーねー、猫神様って美人だねー俺びっくりしちゃったー。」

ふと気付くと、其処にもう一人人間がいる。
見たことは多分ない、シロと感じのよく似た、瞳の大きい小柄な人間だ。
茶など啜って、この家に馴染んでいるようだが。


「亮平くんの弟も見てみたいー。」
「洋平は亮平にちょっと顔似てるんだ〜、優しいし。ね、猫神様?」
「あ…あぁ…。」

しかしこの人間は何なのだ。
私は何処かで会ったことが…そんな記憶はない。
私が記憶していない、それもないだろう。
それならなぜ此処で楽しそうにしているのだ。


「シロ、その子供はお前の知り合いか。」
「え…子供?子供ってシマのこと?」
「えっ、俺子供じゃないよー!」

シマ、とシロに紹介されたその人間は、どうやらこの間聞いた例の人間らしい。
魔法のことで、シロ達に聞きたいことがある、
と言われて此処に来た時に話の中心になっていた人物だ。


「ほう、お前が私の魔法のことを嘘で勝手に持ち出した当人か。」
「えっ、あっ、そうです、志摩です、ごっ、ごめんなさい…。」
「そう怯えることはない、別に責めているわけではない、上手くいったようだな。」
「ハイっ、えっとホントにごめんなさいっ!」

私の魔法の話を使って恋を成就させたらしい。
それを聞いた時は何ということを、とは思ったが、
私も人間を責めることが出来るほどの者ではない。
犯した罪はこのシマよりも、シロよりも重い筈だからだ。
そのような自分を戒めることを思っても、
洋平から離れることなど考えたこともなかったのだけれど。


「お前なんか思い当たることないのかよ?」
「無いのだからお前達に聞いている。」
「本人に聞きゃいいだろうが、俺らに聞くなっつーの。」
「お前は……、もうよい。」

この人間とは何処まで行っても合わないらしい。
洋平の血縁だというのに、何故この人間は…。
シロとのことは認めたつもりでいたが、
このような口を利かれるとそれも また認めたくなくなってくるではないか。
そう言ったとしても、『お前の許可なんかいらねぇよ』 などと憎たらしい口を叩くのだろう。


「そういえば俺、この間、猫神様の手下とかいう小さい猫に会ったー。」
「小さい猫…、手下…、桃と紅か。」

桃と紅は私の従猫達で、魔法の修業をしているのだ。
私を今でも神と呼んで、時々連絡を寄越したり、
実際こちらに足を運んだりもしているようだ。
もう私は神でもないのに、そうやって慕ってくれるのは嫌ではない。
本当は叱り付けたいところだが、私の方が桃と紅と縁を切れないのだ。


「うん、そう、銀華様の誕生日がなんとかって。」
「そういえばそのような日もあったな…。」

このシマとやらに言われるまで自分の誕生日など忘れていた。
一年に一度きりの生まれた日などどうでもよくなるぐらい、
私は洋平のことばかり考えていたのか…。
これは思っていたよりも重症かもしれない。
もう少し気を引き締めなければならない。
洋平はそこまで私のことだけになっているとは限らないからだ。
いや、その前にそうだ、もう洋平は私のことなど…。
その誕生日の話も何もされてはいないのだから。
どうでもよいなど思っておいて本当は気にされたっかたのだ。











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