「LOVE MAGIC」-1




オレは、いつからわがままで贅沢になってしまったんだろう。
最初は、ありがとう、って言うだけでよかったんだ。
いつもエサくれるお礼を言いたかっただけなのに…。
なのに今は違う。
好きでたまらなくって、いっつも好きって言って欲しくて、ずっとそばにいて欲しい、って思ってる。
オレの隣で寝てる人間に。
オレが猫だった時、亮平はエサをくれた。
仕事先のコンビニの駐車場で、オレが腹を空かせて、ウロウロしていて出会った。
そのコンビニの賞味期限の切れた弁当を持って来て、給料日の後だけ特別だ、って店で一番安い猫缶をくれた。
オレは見掛けと違う優しい亮平に、いつの間にか恋をしていた。
でも亮平には恋人がいたから、オレ、好きになってもらおうなんて、思ってもいなかったのになぁ…。
魔法で人間の姿にしてもらって、亮平に好きになってもらって、いっぱい触ってもらって…。
これ以上を望んだら、きっとバチ当たっちゃうよ。


「何やってんだ?シロ。」
「うえっ、起きてたのかよ?」

オレは寝てる亮平にしがみ付いてしまっていた。
オレより広い胸に顔まで埋めて。
自分からしたクセに、恥ずかしくなってしまって、布団の中でもぞもぞ動いた。


「おはよう。」
「う…、おはよ…。」

あー…、オレの好きなキス。
おでこにするやつ。
そんなことされたらオレ、もっと好きになっちゃうじゃないか。
それで口にもしてもらいたい、とかヤらしいこと、考えちゃうだろ。
オレそんなだらしなくなりたくないよ。
でも…、でも…。


「りょ、亮平…、あのオレ…。」
「ん?」
「うーんと、えっと…。」
「なんだよ?……シロ?」

オレは我慢できなくて、自分から、その唇に、自分の唇を近付けて、触れてしまった。


「ぷっ…、そんなしてぇのかよ?」
「………っ、あっ、オレ…!」

うわあぁぁ、オレ何やってんだよ。
バカだ、こんなことして。
こんなの亮平に呆れられて、嫌われる。
捨てられたらどうするんだよ。


「シロ。」
「え…、んんっ、ん…っ。」

オレから仕掛けたキスは、亮平によって激しいものに 変わって、口の端から唾液まで零れた。
心臓、ドキドキする。 顔、絶対真っ赤だ。 身体、すっごい熱い。
キスだけでこんなになっちゃうなんて。
恋でも魔法でもなくって、病気じゃないか。


「ぅ…ん、ふぅ…っ。」
「あ〜、ちくしょう。」
「ん…、えっ?」
「あんま時間ねぇな。」

亮平は髪をかき上げながら、チッと舌打ちした。
オレ…、亮平の邪魔してる。
こんなのダメだよ。
しかもオレは働いてるわけでもなくて、何もかも世話になりっぱなしだ。
これじゃ亮平の子供、いやもう赤ちゃんじゃないかよ。


「あっ、オレっ、パン焼いてくるっ!」
「おー。」

ご飯の準備を言い訳に、その場から離れた。
こうでもしなきゃ、オレの方が止まらなくて、亮平遅刻しちゃうもんな。
パン焼くぐらいならオレでもできる。
焼く機械にセットすればいいだけだから。


「んじゃな、行ってくる。」
「うん、いってらしゃい。」

家を出る前にぎゅ、と抱き締めてもらって、ちょっとだけお別れだ。
ホントにちょっとだけで、ここに帰って来るって、わかっているのに、寂しくなっちゃうなんて。
オレはどこまで亮平がいないと生きていけない奴なんだろう。





「う〜…ヒマだ〜…。」

しばらく字の練習をして、午後になって、一眠りした後、オレはヒマをもてあそんでいた。
亮平は前は夜の仕事だったけど、今月になって昼に変わったらしい。
オレの前の飼い主、美幸ちゃんのために、医者になるための大学、とかいうところにいきたいから、夜勉強する方がいいんだって。
働く時間は同じだけど、夜の方が待ってるの、長く感じるから、オレも嬉しい。
オレもなんか昼に働ければいいのになぁ…。


「…あ!そうだ。」

ちょっと働くところ、探してこようかな。
商店街とか行けばなんかあるかも!
それで決まったら、亮平に頑張ったな、って褒めてもらえるかも!
よし、そうしよー。
オレはウキウキしながら、家を出た。

近くの商店街までなら、迷わずに帰って来れる。
亮平も、勝手に出るな、とも言わないし。
へへ〜、亮平、喜んでくれるかな。


み〜…。

「ん…?」

みゅ〜…。

「あ〜、猫だ〜!」

近くの小さい公園を通りがかった時、猫の鳴く声が聞こえた。
その公園の中に入ると、小さい猫がオレのところに来た。
茶色のしましまの猫。 オレとは種類が違うのかな。


「うわ〜、可愛い、よしよし。」

オレはその猫を抱いて、撫でた。
オレの腕の中で、その猫は頬をすり寄せて、鳴いている。


「みぃ〜…。」
「お前、一人か?」

可哀想だな、まだこんな小さいのに。
お母さん、いないのかな。
黒い大きな瞳がオレを見上げていた。
オレも、こんなだったのかな。
出会った時、こんな風に亮平を見てたのかな。
なんか不思議だな、今、こんな姿になってるなんて。


「お前も亮平みたいな人間と会えるといいな。」
「みゅ〜。」

クスクスクス…。
猫と遊んでいるオレの後ろから、若い女の人の笑う声がした。
なんだっけ、女子高生、とかいうやつ。


『あの子おっかしい〜、猫と喋ってるよ。』
『ホント、男の子じゃん。』

あ………。
オレ、笑われてる。
やっぱり変なのかな、猫と話してたら。
だってオレも猫だったし…、あ…れ…?
ドクン…。
オレって、つまりは何?
猫でもなくて、人間でもない。
人間として、この世の中に証拠もない。
戸籍だっけ、なんかそういうやつ。
オレの存在、証明してくれるものが、ない…??
ドクン…、ドクン…。


「ごめん、またなっ!」

オレは猫に別れを言って、その公園から去った。
亮平…、亮平…っ!
オレ、恐いよ、オレどうしよう…っ。
どうしたらいい…??


「シロ?」
「…あ。」

しまった、オレ、あんまり亮平のこと考えてたら、 コンビニまで来ちゃってたよ。
ピンポーン、と、コンビニのチャイムが鳴っていた。


「どした?」
「あ…、えっと、あの、お菓子買いに来た!」

仕事の邪魔しちゃいけない、そう思って、咄嗟の言い訳をしてみた。
ちょうど腹も減ってたし。
午後の早い時間だったから、あんまり他に人もいない。
もう一人働いてる人と、パラパラお客さんがいるぐらい。


「お前金持ってんのか?」
「う…、持ってない…。」

オレのバカ!
金も持たないで店に来る奴がいるかよ。
っていうか、オレ、元から金なんか持ってないんだけど。
ど、どうしようかな…。


「水島、俺ちょい休憩。」
「あ、はい…。」

亮平はもう一人にそう言って、立ち尽くすオレに、こっち、と店の裏に連れて行った。


「あの、亮平…。」
「シロ、こっち。」

オレは広げられた亮平の腕の中に納まった。
髪を撫でられて、なんだか気分が落ち着いた。
でも今は仕事中なんだよな。
オレのせいで抜けさせてしまった。
店の制服が目に入って、オレは自己嫌悪に陥った。


「あ、オレ、なんでもないから、えっと…。」
「そうか?」
「うん、ただ近くに散歩に来たから寄っただけ!」
「そっか。」

オレはなんとかその腕から離れた。
ホントは、ずっとそうしてたかった。
でもそんなのできないってわかってる。


「んじゃな、気を付けて帰れよ?」
「うん!わかった。」

店に戻って行く亮平に、笑顔で手を振った。
さっきよりはずっと気分がいいけど。
亮平の姿が店の中に消えて、オレはその場にしゃがみこんだ。
まだ、亮平の体温残ってる…。




オレは、いつからわがままで贅沢になってしまったんだろう?







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