「そらいろ-3rd period」-13





「空?どうした…?入らないのか?」
「あっ、うん…あの…お、お邪魔します…。」
「ぷ…何改まってるんだよ…。」
「あっ、そ、そっか…!そうだよね、僕ってば変なの…!」

暫く玄関で固まっていた空の腕を引いて、家の中に入るように促す。
ぼうっとしていたせいなのか、妙な挨拶をする空が可笑しくなってしまった。
でもきっと今は、家族と離れた寂しさを堪えるので必死なんだろうな…。


「大丈夫か?空…。寂しい…よな…?やっぱり…。」
「だ、大丈夫だよ!あの、そうじゃなくて…。」
「そうじゃなくて?」
「寂しいのは本当だけど…、なんかあの…寂しいのに嬉しいの…。へ、変かな…?そういうのやっぱりダメなのかな…。」
「空…。」
「パパやママや七海と離れるのは寂しいんだけど…、でもあきちゃんと一緒にいられるのが嬉しくて…なんかそっちの方が勝っちゃって…。」

ダンボール箱を開けながら空がそんなことを呟いた瞬間、愛しさが込み上げる。
戸惑いながらもちゃんと大人になっていく空が、心から愛しい。
俺は空がこうして成長していくのを、いつまでも傍で見ていたい。
いつまでも好きでいたいし、いつまでも好きだと言って欲しい。


「空…、空……っ。」
「あ、あきちゃんっ?ど、どうしたの…?」
「なんか…どうしよう…。どうしよう俺…すっげぇ好きだ…。俺、空のことが大好きだ…。」
「あきちゃん……ん…っ。あきちゃ……ふぅ…んっ。」

誰にも邪魔されることのない部屋で、俺達はきつく抱き合った。
今まで会えなくて我慢していた分の空への思いが、溢れ出して止まらない。
バカみたいに好きだと何度も繰り返す言葉とキスが、その思いの強さと大きさを表しているみたいだ。


「ん…っ、あきちゃ……ふぅ…っ、あ…っ、あ…!あきちゃんあの…っ。」
「ごめ…俺…。」
「あ…、ダメっていうんじゃなくてあの僕…っ。びっくりしちゃって…。」
「いや、俺…急ぎ過ぎた…。」
「あの…ホントにダメじゃなくて…っ、嬉しいんだけどあの…っ!ま、まだ明るいし…って何言ってるんだろ僕…っ!」
「うん…わかってる…。」

激しいキスをしながら空を床に押し倒して、胸元を捲り上げ、小さな突起に指先が触れた瞬間、空の身体がビクリと震える。
涙を滲ませている空が、本当に嫌なわけではないということは十分伝わって来る。

「あきちゃんー…。」
「そうだよな…今日から一緒なんだもんな…。まだ一緒になって一時間も経ってないんだもんな…。」
「うん…そうだよ…。ずっとあきちゃんと一緒だよ…。」
「その…、楽しみは夜にとっておくよ…。」
「あ、あきちゃんってば…。あ……。」

服を元に戻しながら今度は至極優しいキスを繰り返していると、空の視線が天井近くで止まった。
振り向いて見ると、ガラス棚の向こうにボロボロの水色ぬいぐるみがちょこんと座っている。


「あきちゃんあれ…まだ持っててくれたんだね…。前に来た時気付かなかった…。」
「当たり前だろ…?あれは空の身代わりなんだから。」

空のこと忘れそうになったらこれ見て思い出して欲しいの。
空だと思って持ってて欲しいの。

それは5年前に別れる時、空が俺に預けて行ったものだ。
もちろん空のことを忘れるわけはなかったし、忘れない自信もあった。
だけど空のいなくなった家の中に置いているだけで、何だか空が傍にいてくれているような気になっていた。
会えなかった5年間の寂しさは、そうやって埋めていた。
だからあれは俺にとっても大事なものだ。


「えへへ…、くーのきょうりゅうだね…。」
「空…あのさ、黙ってたけど…。」

そのぬいぐるみは、空が生まれた記念に俺があげたものだった。
病院に向かう途中で適当な玩具屋で見つけた、「くーのきょうりゅう」だ。
初めて俺のところに来た時に、5歳だった空が、一番の宝物だと言って自慢げに見せてくれた。
俺はそれが本当は恐竜じゃなくてとかげだと言うことを、その時からずっと空に黙って来た。
空が喜んでいるのを、恐竜だと言って大事にしているのを、壊したくなかったから。
だから俺はずっと言えずに、小さな嘘を吐き通して来た。


「どうしたの…?」
「あれ…、本当はとかげなんだ…。恐竜じゃないんだよ空…。」
「えぇっ?!そ、そうなの?」
「うん…黙っててごめん…。」

空は突然聞かされた真実に、驚いていた。
もしかしたらずっと本当のことを知らなかったことに、ショックを受けているかもしれない。
だけどもう空には真実を教えることが必要だ。
もう何もわからない子供でもない空に、本当のことを、真実を伝えて行かなければいけない。


「そうなんだ…。もしかしてあきちゃん…買った時から知ってたの…?」
「うん…。」
「えへへ…なんか嬉しい…。」
「え…?嬉しい…?」

俺はてっきり、空のことだから泣き出してしまうかと思っていた。
しかし俺が腕の中で見たものは、目を細くして思い切り笑った空だった。


「あきちゃんはずっと…、その時からずっと僕を知ってるんだね…。」
「うん…。」
「生まれた時から僕のことを見てくれてたんだ
ね…。」
「うん…そうだよ…。」

もちろん生まれたばかりの空に恋心を抱いたわけではないし、5歳になるまではほとんど会っていなかった。
だけど俺はずっとあの時から、空を知っていた。
空が大きくなって行くのを、この目で見て来た。
俺達が叔父と甥というのは、空が生まれた瞬間から始まっていたんだ。
途中で別の感情が加わって、形を変えても、その事実は変わらない。
そしてこの先は形を変えた感情を…、空に恋するこの気持ちを変えずに生きて行きたい。


「だから嬉しいの…。あきちゃん、大好き…。」
「うん…。」
「あきちゃんが好き…、大好き…。」
「うん、俺もだよ…。空が大好きだよ…。」

変わって行くものと、変わらないもの。
俺達はその変化に振り回され、迷い戸惑いながらも、この15年間を過ごして来た。
それはまるで、窓の向こうに見える空のようで…。


「あ…、あきちゃん見て!飛行機雲!」
「ホントだ…。」
「あきちゃん…5年前はこんな風に見てたんだね…。」
「うん…。」

でも今は、傍にいる。
手の届く場所で、俺は空を抱き締めることが出来る。
色や形を変えながらも当たり前に存在し続ける大空は、俺達そのものに似ている。
そしてこの先もずっと、それは続いて行くのだろう。


「空、片付けが終わったらハンバーグ食べに行こうか…。」
「うんっ!行く!楽しみだね、ハンバーグ♪」





END.




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