「トラワレ」〜エピローグ





貴方は、幸せでしたか。
僕は、今、幸せです。


「玲、愛してるよ…。」

あの人が、僕の愛するあの人が、知紀が、ずっと傍にいて愛してると言ってくれる。
貴方が一度たりとも言ってくれなかった言葉を。


「俺達、いつまでここにいられるのかな。」
「え?」
「見つかって…、いや、その前にこんなに寒くて凍死したりとか…。」

森の奥深くの別荘。
暖房はきいているけれど、燃料がなくなったら。
食べ物も飲み物も底をついたら。


「じゃあ他の場所に逃げればいいよ。」
「玲は、ずっといてくれるのか…?」
「うん。当たり前だよ。あ…知紀、見て。」

僕の知紀が、腕の中で小さく呟いた。
窓の外を見て、僕は漆黒の夜空を指差した。
月と星が美しく輝いて、真っ白な雪が、闇の中をふわふわと舞っている。


「寒いはずだよ。」

綺麗な白い雪。
あんなに汚されても清純な知紀そのものみたいだ。


「このまま凍死するのもいいかもしれないよ。」
「そうかもしれないな。」

知紀はゆっくりと瞳を閉じた。
長めの睫毛が、僕が言葉を発する度に微かに揺れる。


「人生の終わりを知紀といられるなら僕は幸せだよ。」
「そうかもしれないな…。」

お父さん、僕は本当に幸せです。
貴方が教えてくれなかった、愛すること、愛されることを、知紀が教えてくれた。
だから、僕はもう、ここで死んでも悔いはないよ。
きっとまた来世で僕は出会うことができる。



愛しい、僕の、僕だけの、トモキと…。









--------------------------------------







「今夜は冷えますね。」
「あぁ。」
「玲と知紀は、大丈夫かしら…。」
「大丈夫だろう。」

二人のいない家。
あの日から、ずっと待っている。


「よかったんですか。捜索願い、取り消して。私と離婚もしないで。」

母はあの日からずっと自分を責めていた。
自分の昔の夫と、その間に出来た息子のせいで、今の夫とその息子を不幸にしてしまった。


「あの子達がいつ帰って来てもいいようにしておきたいんだよ。」
「帰って…。」

父は僅かな望みを捨ててはいない。
そんな人だから、一緒に家庭を作ろうと思ったのだろう。


「お、やっぱり…。母さん、ほら。」
「あら…、雪…?」

夫婦は暫らくの間、無言で空を眺めていた。
月と星が美しく輝いて、真っ白な雪が、闇の中をふわふわと舞っている。


「あの子達も同じ雪を見ているんだろうな。」
「そうですね…。」

きっと何処かで二人は生きている。
そして同じ雪を見ている。
とどまることのない、二人の愛のように、雪はあとからあとから降り積もる。

もしも神というものが存在するのならば、こう祈るだろう。
この雪みたいに、二人の存在が、二人の命がとけてなくならなければいい。
そんなことを考えながら、いつまでも空を眺めていた。


二人に繋がっている、この冬の夜空を。







END.








back/index