「Love Master.3」番外編「遠野くんの秘密」-2





こうなったらもう、覚悟を決めて追求するしかない。
どうせフラれるなら潔くフラれてやろうじゃないか。
いや、実際フラれたら大泣きまでしそうだけど…。
それにしたって事実を知らないことには俺の心は晴れない。
結局俺は朝までほとんど眠ることが出来ず、遠野は早朝に帰って来た。


「名取、今日も…。」
「あ、あぁ、わかってる。」

まぁそうは言っても、証拠がなければ追求も出来ないということで…。
相手はあの遠野だ、何を言い訳にされるかもわからない。
口ではあいつに敵わないわけだから、せめて証拠をがっちり固めてからにしようと思ったのだ。
そう、俺はこっそり遠野の後をつけて行くことにしたのだ。
いわゆる尾行というやつだ。
勘のいい遠野に見つからないようにと、それはもう細心の注意を払いながら。


「ファミレス…?!」

遠野に尾行して辿り着いたのは、俺達が住むマンションの最寄り駅の近くにあるファミレスだった。
結婚式事件(裏口入学疑惑)の時に、俺と遠野が喧嘩して(というか勝手に俺が誤解して怒っただけだが)長時間居座ったあのファミレスだ。
浮気相手とはここで待ち合わせをしているということか…。
しかし俺のその予想は外れて、入り口から見えた遠野はファミレスの制服を着ていた。
つまりは遠野はここで待ち合わせではなくアルバイトをしていたのだった。


「いらっしゃいませ。」

俺は遠野に見つからないようにしながら、席に着く。
ちょうど席と席の仕切りがある斜め向かい側で、遠野が水を持って客に出しているところだ。


「あー、遠野くん、ちょっと。」
「はい。」

すると店長なのかマネージャーなのか、偉そうなおっさんが遠野を呼ぶ。
まさかそのおっさんが相手とか言うんじゃないだろうな…?
冗談じゃない、そんなさえないおっさん…いや、俺もさえないけど…。
だけど俺はずっと遠野と付き合って来たんだぞ。
そんな、突然現れたおっさんなんかに負けて堪るかって言うんだ。


「あの、もうちょっとこう、笑顔でね…?」
「いらっしゃいませ…フフフ…。」
「ヒッ…!そ、それじゃ不気…ちょ、ちょっと恐いからもっとこう優しく穏やかに…。」
「はぁ…すみません。」

確かにその遠野の笑顔は不気味というか恐かった。
だってあいつは愛想笑いなんか苦手なはずだし、普通に笑うことだって滅多にない。
笑ったかと思えば何か企んでいる時で、今みたいな恐ろしい感じで…。
あいつにこんなアルバイトが向いているわけがない。
それを無理してまでやる理由はなんだ…?!
そこまでして好きなのか?そのおっさんが。
それとも誰か別の男に貢いでるとか言わないよな…?!
そこで迷うことなく相手が男だと決め付けるのも何だが、そんなことは言っていられない。
これは俺と遠野にとって今までで一番大きな事件だ。
そして最後の事件になってしまうかもしれない。
しかしながらこんな公の場で言い争うわけにもいかなくて、俺は注文したドリンクだけ飲んですぐに家に戻った。
遠野が帰って来てから話し合いをするためにだ。

夕方も過ぎ、俺はやっぱり一人で夕飯を済ませた。
決意をしてしまうと案外楽なもので、腹も減っていつも通りに食べることが出来た。


「ただいま。」

予想通り夜の10時を過ぎて、遠野が帰宅した。
ぼそりと呟く声に、少しだけ疲れが見える。
俺は遠野が勝手に浮気したことばかり考えていたけれど、もしかしてもっと大変なことが起きているとかなんじゃないだろうか…。
何かまずい現場を見られて脅されているとか、無理矢理付き合わされているとか。
もはや俺の想像は果てしないところまで達してしまっていた。


「遠野、あのな…。」
「名取、話があるんだけど。」
「えっ…。」
「聞いてもらいたいことがあるんだ。」

これには予想外だった。
まさか遠野の方から言い出すとは…。
そんなに急いで俺との関係を切りたいって言うのか?
さすがの俺も少し苛立ちを覚えながら遠野を出迎えると、ダイニングテーブルに向き合って座った。


「話って言うのは…。」
「わかってるよ。」
「よくわかったな…。」
「わかるよ、お前の考えてることぐらい。長い付き合いだしな。」
「名取は凄いな。」
「まぁその長い付き合いも終わるわけだけどな。」
「…どういうことだ?」
「どういうってお前…っ、今更何とぼけてんだよっ!」

正直言って腹が立った。
俺がこんなに胸を痛めているのに呑気に感心なんかしている遠野に。
滅多に出さない大声まで出すと、遠野は一瞬ビクリと身体を震わせた。


「どうして終わるんだ?」
「どうしてって…。じゃあお前は二股し続けるっていうのか?」
「二股?何の話だ?」
「え…!!は、話ってそのことじゃないのかっ?」

なおも知らない振りをする遠野に、違和感を覚えた。
これは明らかに会話が成り立っていないという状況だ。(まぁいつもだけど)
よく考えてみれば遠野は嘘が嫌いなわけだし、ここまで来て嘘を吐く必要なんかないのだ。


「俺はただ、笑顔の作り方を教えてもらおうと思ったんだけど。」
「………はい?」
「見てただろ?怒られるところ。笑顔がなってないって。」
「あ、あのー…、と、遠野?」

俺の脳内は混乱を極める。
じゃあ何だ、遠野は浮気なんかしていないってことか?
しかも見てただろ、なんてしっかり尾行までバレてるし。


「何だ。」
「話ってそれか?」
「そうだけど。」
「え…、っていうか違うだろ?お前は浮気をして…それで俺と別れるって…。」
「俺がいつ浮気なんかしたんだ?」
「え…、あー…、えぇと…まぁはっきり見たわけじゃないけど…。」

待て待て待て…。
何だこれは。
何が起こっているんだ?!
全部俺の勘違いだったって言うのか…?
そんなわけないだろ、だったら隠す必要なんてないはずだ!!


「してもいないのにそんなことを言われるとは心外だな。」
「え…だって…。じゃ、じゃあなんでバイトなんかしてるんだよっ?!嘘吐いてまでしてるんだから疑われても仕方ねーだろっ?!」
「俺は嘘なんか吐いていない。」
「いや、まぁ嘘じゃないかもしれないけど!でも本当のこと言わなかっただろ?!」
「それは…。」
「ほら見ろ!やっぱり浮気だろ?!だったらもういいよ、別れてやるよ!!」

いい加減遠野の屁理屈は聞き飽きた。
どう頑張ったってバレる時はバレるってことをわかっていないんだ。
怒りも頂点に達しそうになって、俺は半ば自棄で別れの言葉を言い放った。


「それは、お前が働いて金を貯めてから結婚するって言うから。」
「…は?な、何だよそれ…。」
「俺も少しでも協力しようかと思ったんだ。」
「あ……、あ……!!」

ま・さ・か…!!
あの結婚式の取りやめの言い訳を真に受けてるんじゃ…。
っていうか確実に真に受けてるよな?!


「黙っていて悪かった。昨日も突然夜中の人が休むことになってその代わりで入っていたんだ。」
「な、ななな何で黙ってたんだよ…。」
「陰で努力しているのを名取が知ったら感動して愛が深まるって…美樹さんが。」
「あは…あはは…。ね、姉ちゃんが…そうか、姉ちゃんがな…。」
「でもどうしても笑顔が上手くいかなくて……名取?どうした?」
「あはは!じゃあ何か?俺が勝手にお前が浮気してたって思い込んでたってことか?!涙まで流してか?!」
「どうしたんだ名取っ、泣いたのか?!何か悲しいことでもあったのか?!」
「お前のせいだろうが!!いや、俺のせいか?!あーっはっは!俺ってばおバカさんじゃねーかよっ!!」

俺のアホ───…!!
今までにもこういうことがあったって言うのに…。
先日の結婚式事件の時の喧嘩だって同じようなもんだったろ?
なんでこう学習能力がないんだ俺は!!


「そうか…。名取のお・バ・カ・さん…フフ。うーん、やっぱり笑顔は難しいな。」
「あは…、あはは…。」
「名取は笑顔が上手いな。」
「これは笑ってんじゃねぇよ!!自分に呆れてるだけだっ!!」

相変わらず遠野は笑顔を浮かべて練習をする向かいで、俺は引き攣り笑いが止まらなかった。
何だって俺ばっかりがこんな目に…。
いや、誤解したのは俺だけど、それにしたってひどいだろ…。
なんだか自分が可哀想になって来たぞ…。


「でも名取に疑われていたのか…ブツブツ…。別れてやるとまで言われたしな…。」
「も、もういいよそれは…。」
「よくはない。よくはないぞ名取。」
「な、ななな…なんだよそんなに顔近付けて…!」

もしかしてまた何か変なこと考えているんじゃないだろうなこいつ…。
もう俺には遠野の行動も言動も予測不可能だ。
それ以前に頭の中を整理して落ち着かせるのに精一杯なんだ。


「疑われていたなんてショックだ。調べてくれ。」
「調べ…?それはどういう…。わっ!な、何脱いでるんだお前っ!」
「俺が浮気していないか隅々まで全部調べてくれ。」
「……ぶっ………!!」(鼻血)

俺の計画はちょっとどころじゃなくズレてしまったが、別の方向で果たすことが出来た。
あの後遠野が言ったように身体の隅々まで調べるという名目で、久々にエッチをすることが出来たのだ。
脱いでおきながら風呂に入ると言って俺のテンションが一瞬下がったとか、
昨日あまり寝ていないからと最中で遠野が何度か寝てしまったとかはこの際どうでもいい。
とにかく俺の言いたいことも伝わって、夫の座も安泰ということがわかったんだから。
しかし俺達において事件は綺麗に解決というわけにはいかないのが鉄則だ。
俺はその夫の座に物を言わせてアルバイトもやめてもらうように言うつもりだった。
二人の時間が少なくなるなんて嫌だから、なんて遠野を感激させる理由まで準備していたはずだったのに…。


「アルバイトは社会勉強になるな。」
「そ、そうか…?でもな遠野…。」

その理由はもちろん言い訳で、本当のところ、遠野にアルバイトをされると困るからだ。
だって遠野がアルバイトをしたら金が貯まって結婚式が早まるだけじゃないか。
しかも遠野のことだ、絶対に俺を嫁にすると言いかねない。
これは絶対にやめさせないと…。


「名取、続けてもいいよな?俺頑張りたいんだ。」
「う…っ。」
「名取との結婚のために頑張りたいんだ。頼む、続けさせてくれ。」
「う……。」

その目は卑怯だ。
そんな少女漫画みたいにウルウルした目で見たって…。
俺は絶対そんな手には乗らないからな!!
そうきっぱり言うつもりだったのに…。


「いらっしゃいませー。」
「名取、笑顔がなっていないぞ。」
「…お前だけには言われたくねーよ……。」
「何か言ったか?」

二人の時間は必要だ。
また浮気騒動が起きたら大変だ。
でも遠野のあの顔には敵わない。
そんなわけで、結局俺までファミレスでアルバイトをすることになってしまった。
それが結婚式を二倍早めるということぐらいはいくら学習能力のない俺でもわかっている。


「いや…なんでもない…。」
「そうか。頑張ろうな、俺達の結婚のために。」
「あ、あぁ…そうだな…、うん…。」
「名取の花嫁姿が楽しみだ。」

後はせめてこのアルバイト先の人達に俺達の関係がバレないことを祈るばかりだが、今までの経験から言うとそれももう願うだけ無駄のような気もする。
次の事件は間違いなくそのことだろうと、俺は今から深い溜め息を吐いた。






END.





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