「Love Master.3」番外編「遠野くんの秘密」-1





遠野の母ちゃんの結婚式招待状騒動から一ヶ月。
大学まで来て招待状を配られて、もうこれは結婚式を挙げるしかないのかと思った。
しかし俺は仮にも夫の立場だ、そう簡単に嫁として結婚式を挙げるなんてたまったもんじゃない。
三日三晩寝ずにそりゃあもう色々と言い訳や方法、取りやめるための理由を考えたのだ。
もちろんそんな俺の隣で遠野はぐっすり眠っていたわけだが。
考えた挙げ句、やはり自分の力で幸せにしたいという理由に辿り着いた。
そう、人に挙げてもらうのではなく、きちんと一人前になって金を貯めてから挙げると宣言することに決めた。
それはまさに賭けだったわけだが、俺は悪運とやらが強いらしい。
それとも遠野一家がただ単に変なだけなのか、一家揃って涙まで流して感動した挙げ句、結婚式は取りやめになったのだった。

こんな風に年がら年中問題の絶えない俺達なんだが…。
実は今現在も例に漏れず問題が起きている。
それは、数日前のことだった。


「名取、今日は先に帰っていてくれ。」

大学の講義が終わって、帰り支度をしていた時だった。
どこからともなく現れた遠野が後ろから声を掛けて来た。
最初はその言葉の内容が信じられなかったけれど、遠野だって(多分)人の子だ、たまには他の友達と遊びたい時だってあるだろう。
そこで俺がダメだなんて言って止める資格もない。


「お、おう!わかった。先帰ってるな。」
「すまない。」
「いやぁ、いいんだって気にすんなよ!」
「そうか。」

こんな風に理解ある夫を演じてみるのもたまにはいい。
これで遠野もちょっとは見直すかもしれない。
待てよ…、逆に突き放してみたりして後で俺の大事さを気付かせるっていうのもまた有りか…?

『どうして止めてくれなかったんだ…?』
『だってお前が言ったんだろ。』(ちょっと俺様風)
『違うんだ…!俺、名取にもっと俺のこと見て欲しくて…。それでわざとそんなことをして気を惹こうと思って…。』(そこで遠野は頬を染めたりして)
『と、遠野…!』

なんてな!!
遠野のしおらしいところなんて滅多に見れないもんが見れるわけだ!


『名取…もうこんなことしないから…。』
『フ…、しないから何だって言うんだ?』
『あ…、お願い、抱いて…。』
『ぶー…っ!!』(鼻血)

こりゃあまずい!!
いや、なんていい作戦なんだっ!ナイス作戦俺!!


「…取、名取。」
「…んっ?!あ、あ…、な、なんだ?!」

しまった…つい妄想が暴走を…。
こんなことを考えているのを遠野本人に知られたら台無しだ。
俺は深呼吸して何とか自分の高まる心臓を落ち着かせた。


「もう行ってもいいか。」
「あっ、う、うん。わ、悪いな引き止めて…。気をつけて帰って来いよー?」

俺が笑顔で手を振ると、遠野は一度だけ振り向いて手を上げて行ってしまった。
こうして、俺は自分の悩みを作戦という発想に切り替えて実行することにしたのだが…。

が…。

「名取、今日も先に帰っていてくれ。」
「あ、あぁ…、うん、わかった…。」

それから遠野は毎日のようにそう言って来たのだ。
帰って来るのはだいたい夜の10時を過ぎていることが多い。
2日目、3日目ぐらいまではまだよかった。
それがさすがに一週間も続くと、俺だって不安になるというものだ。
今までこんなことがなかっただけに、日を増すごとにその不安は増していった。


「じゃあ。」
「あ、あぁ…。」

何だ?!
一体何が起きているんだ、遠野に!
俺は何とか愛想笑いを浮かべて遠野の後ろ姿を見送ったが、その本人はまったく前と態度が変わらない。
だいたい、友達と遊ぶからってそんなに毎日毎日10時過ぎまで帰って来ないなんてことがあるのか?!
それでなくたって遠野は俺一筋で…なんて、自分で言うのも何だけど…。
だからと言ってどう遠野に話をすればいいのかもわからず、俺は仕方なく一人で家に帰るしかなかった。

その夜、決定的な事件が起きてしまった。
遠野を待っていようかと思ったが、腹が減ってどうしようもなくなって、一人で夕飯を食べている時だった。
テーブルの上に置いておいた携帯電話が鳴って、液晶画面に出た名前を見てすぐに取る。


「……は?か、帰れないって…?」
『あぁ、ちょっと事情があってな。朝には帰るけど…名取?』
「あ…、あー…、ま、まぁ気を付けて帰って来いよ…。」
『名取も戸締りはちゃんとしてくれ。じゃあ。』

携帯電話を置く俺の手が震えていた。
頭の中が混乱して、何から考えていいのかわからない。
目の前にあるご飯なんか食べていられるような気分じゃない。
遠野が言ったことを受け入れるのに精一杯で…。


「嘘だろ…?」

あの遠野が朝帰り?
今まで一度もそんなことなかったぞ。
それにあんなにすぐに電話を切りたそうにしていた。
これはもしかしなくても……。


「う、浮気…か…?」

俺はあまりの驚きに、思わず口に出してしまっていた。
遠野が浮気なんて、似合わないにも程がある。
あんなに俺を愛している愛している、って言っていた遠野が浮気?!
う、嘘だろ?!
誰か嘘だって言ってくれ────!!

すぐにでも遠野を探し出して問い詰めたいのは山々だった。
それが出来るなら、どんなに楽だっただろうか。
だけど本当に浮気だとしたら俺は…、そう考えると恐くて勇気が出なかった。

ベッドに入ったはいいが、当然ながら眠ることなんか出来なかった。
だって、今までずっと隣には遠野が眠っていたんだ…。




「待てよ遠野っ!」
「あぁ、名取。」

なんだ…、結局俺ってば迎えに行ってるんじゃないか。
ん…?
遠野の奴…誰かと一緒…?
さり気なく腕なんか組んでないか?!


「待て…つーか誰だよそれ!」
「誰って…、俺の恋人だけど。」

は?!
恋人?!
お前の恋人は俺じゃねーのかよ?!
つーか婚約者だろ、俺!!


「え…?」
「すまない。もう名取のことは好きじゃないんだ。」
「好きじゃないって…。」
「好きの反対は嫌いだ。俺は名取が大嫌いだ!!」

俺は名取が大嫌い…大嫌い…。(エコー)
俺は名取が大嫌い?!
と、遠野にフラれた────…?!





「と、遠野っ!!待ってくれよ!!…あ………?ゆ、夢か…。」

な、なんつー恐ろしい夢なんだっ!!
目を覚まして今のが夢だったことに、俺はとてつもない安堵感を覚えた。
どうせなら、一週間とちょっと前から夢だったらよかったのに…。


「はぁ…。」

俺は少し、油断し過ぎていたのかもしれない。
遠野が俺以外の人間を好きになるなんて絶対にない。
そう思って余裕ぶっこいて、ぬるま湯に浸かるような…。
だけどよく考えてみればその方が普通じゃないのかもしれなかったんだ。
遠野は顔も頭もいいし、おまけに金持ちだ。
性格だってちょっと(どころじゃなく)変わっているってだけで決して悪いということではない。
普通に考えてモテない方がおかしいんだ。
俺なんかにはもったいないぐらいの奴だって、どうして気付かなかったんだ…。


「遠野……。」

布団に顔を埋めると、遠野の温もりがまだ残っているような気がした。
規則正しい寝息をたてて眠るあいつが、俺のすぐ傍にいる。
そんな当たり前の幸せを、どうして忘れてしまっていたんだろう。
俺は情けないことに、遠野の名前を呟きながら涙まで流してしまった。






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