実家からの手土産と共に、俺と遠野はそこを後にした。
始めは遠野に影響されて変な家族になってしまってどうしようかと思ったけれど、別れの時はやっぱり少し寂しかった。
それを口にしたら遠野にじゃあ俺が慰めてやろうなんて何かされそうだったから言わなかったけれど。
「ただいまー…、あーっ、重てぇー!」
手土産をどさりと床に落として、玄関に腰掛けた。
長時間の乗車も遠野と一緒だったから退屈ではなかった。
会話は相変わらずだったけど、自分の気持ち的に楽だったからだ。
楽というか、浮かれていたというか…。
遠野もなんとなくだけど、嬉しそうな表情を浮かべていたし。
「なんだよ、なんで上がらないんだ?」
「名取…、すまなかった。」
「え…?な、何が…。」
「裏口入学のこと。卑怯な手を使って悪かった。」
なかなか玄関に上がろうとしない遠野が俯いたまま呟いた。
しおらしく頭なんか下げて、昨日の夜も今朝もあんなに強引でやりたい放題だったくせに…。
そんな風にされたら調子が狂ってしまう。
どうしていいかわからなくなるし、そんな遠野を可愛いとも思うし。
色んな感情が入り混じって複雑な心境になってしまう。
それよりだったら俺はいつもみたいに話が噛み合わない方がいい。
それに、裏口入学と言っても実際は裏口入学未遂というだけだ。
昨日も謝って、俺も許すと言ったのだ。
「もういいって。いいって言っただろ。」
「本当か?」
「ホントだって。お前が愛し過ぎるから…、なんだろ?」
「そうだ。俺は名取を愛している…、名取…っ。」
き、決まった…、完璧だ…!
そんな冗談を言っている場合じゃなく、本当に決まったのだ。
抱き付いて来た遠野に押し倒されるようにして二人でゆっくりと床に雪崩れ込んだ。
その後は勿論、昨晩出来なかったエッチをしたのだ!
俺が男役で、遠野が女役、本来の役割でだ。
これで俺達も安泰だ、そう思いながら幸せに浸っていた。
しかし事件は翌朝起きたのだった。
起きた…いや、続いていたと言った方が正しいのかもしれない。
事件なんて、俺達は年がら年中事件みたいなものだけど。
まずは手始めに俺の家族編、というところで、昨日持たされた手土産が問題だった。
「な、なんだこれ───…!!」
「美樹さんってこんなに描いてたのか…。」
「感心してる場合かっ!だから重かったのかよ…、ん?んんん??」
「これはセックスの時使えということか…、名取は義兄さんもいい人でよかったな。」
よ、よくねぇ…、全っ然よくねぇ!!
姉ちゃんが遠野に渡していなかった同人誌(しかもご丁寧に二人分)、義兄さんからはいわゆるその、エッチな道具という奴だ。
これまたご丁寧に自作の説明書(もちろん漫画で)まで入れてくれたらしい。
おまけに宛名が遠野って、仮にこれらを使うとしたって俺が使う立場だって言うのに。
立場の弱い父さんは紙袋に『お前のために勇気を出した』なんて書いてるから一体何かと思えばゲイ雑誌だし…。
そんなことに勇気なんか使わないで女共にはっきり物を言うことに勇気を使って欲しい。
極めつけに母さんからは『遠野くん、頑張ってね。美和をよろしく。』
なんて心温まる手紙が同封されていた…。
息子には何も無しでその相手に宛てた手紙かよ…。
俺はもう、言葉を口にする気さえ失せてしまった。
「名取、急がないと遅刻だ。」
「…あぁ……そうだな…。」
「どうした?具合でも悪いのか?」
「誰のせいだよ!!」
「だ、誰だ…?!名取、誰かに毒でも飲まされたのか?」
「あぁもう冗談だって!もういいから行く!」
毒は俺の家族とお前だっつーの。
だけどきっと、俺はその毒に塗れながらも幸せなんだろう。
と、思うのはまだ早かった。
俺の家族編というものがあるからには、当然遠野の家族編があるわけだ。
俺はつくづく、どこか抜けているのだと思い知らされた。
「と、遠野の…、お、お母さん…?!」
「お母様…。」
「あらぁーミワさん、龍之介さんも!あなた達帰ってらしたの?」
「はぁ、昨日実家から帰って…って、知ってたんですか?っていうかお母さん、一体大学で何を…?」
「ご心配をかけてすみません、お母様。」
「あらあら、少し遅いのではなくて?お式はもうすぐですのよ、龍之介さんったら。」
少し遅い…?
オシキ…?オシキってなんだ…?!
そして俺、いつの間にか下の名前で呼ばれてるし…。
(しかも読み方間違ってるっての。俺はミワじゃねぇ!)
遠野そっくりの遠野母が笑いながら手にしていたのは白くて装飾が施された封筒だった。
「あー名取くんと遠野くんだ!結婚するって本当だったんだー!」
「あらあなた、うちの龍之介とミワさんのお式には出て頂けるのかしら?」
「きゃーあたしも出たーい!」
「あらあら、龍之介さんもミワさんも人気者ですのねぇ。」
「そりゃあそうですよー、この大学の名物カップルなんですからー!」
いつの間にそんな名物カップルなんかに…。
それより何より、今遠野母はなんて言った…?!
オシキ…ケッコン…?
オシキってのはお式か?!
結婚式!!
今頃になってそれを悟った俺は、慌てて遠野母の持っている封筒を奪い取った。
豪華な封筒を開けると、これまた豪華な往復葉書が封入されていて、金色の文字でこう書かれていたのだった。
『遠野家・名取家 挙式・披露宴のお知らせ
時 ○月×日〜
場所:Hotel grand-T 全館貸切─挙式は敷地内新設チャペル、披露宴メイン会場は最上階大龍の間
時間:×日14時より翌日16時までご自由にどうぞ
新郎・遠野龍之介 新婦・名取美和
』
「な…、な…、な……!!」
「貸切か、お父様も思い切りましたね。」
「あら当然のことですわ、息子の晴れの日ですもの。」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだと思った。
楽しげに会話を続ける遠野親子を尻目に、俺は真っ青になっていた。
しかしどうして突然こんなことに…。
「おかっ、おか…さ、これしかも来週…っすよね…?」
「あら、ミワさんがおっしゃったからあたくし達無理を承知で頑張ったんですのよ。」
「お、俺がいつそんなことを言いましたっけ…?」
「あらまぁ忘れていらしたの?先日おっしゃってたでしょう?龍之介との挙式を聞いたら、急いでいると。」
「あ…、あ…あわわ…。」
「面白い方ね、ミワさんってオホホ。」
急いでるってのはそれじゃねぇ───!!
しかも新婦、美和って俺が嫁…、遠野の家に嫁…!
お、お、俺はもうこの挙式をするしかないのか?!
もちろん日本の今の法律じゃ結婚なんかは出来ない。
だけど挙式も披露宴も全部遠野家の持ち物のホテルの中…。
きっと無茶苦茶な理由で納得させられて無理矢理させられるんだ!!
「今頃ミワさんのご実家にも家の者がお届けに参っているところですわ。」
「あ…、はは…、あはは…そりゃどうも…。」
「そのためにご実家に帰っていらしたんでしょう?」
「そ、そうですね……、そうです……。」
「名取、幸せになろうな。」
「そ、そうですね……あはは…。」
あまりの動揺で薄れて行く意識の中で、遠野が俺の手を握っていた。
周りには皆が騒ぐ声が聞こえて、もう何がなんだかわからない。
一つわかったのは、遠野母が息子よりも飛躍した人間だったことだ。
遠野母が招待状を配る中、俺はこれが夢であって欲しいと、遠野の手を握ったまま目を閉じた。
END.
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