「Love Master.3」-1
それは、俺にとってとても鮮烈で驚愕な出来事だった。
その時の驚きようと言ったら、3年経った今でも昨日のことのように思い出せるぐらいだ。
『俺をホモにしてくれ』
寮で同室だった遠野に、そんなことを言われてから俺の人生は思わぬ方向に向かってしまった。
だけど今思えば、それも遠野の予定に入っていたのかもしれないと思うと、鳥肌が立つ。
高校生活は、そんな遠野に振り回されっ放しだった。
公衆の面前でホモ宣言するわ、結婚宣言まで…。
おまけに家族にまで紹介してその家族は結婚の準備までしているわで…。
とにかく、俺の想像不可能なことばかりする奴なんだ。
だけどそんなとんでもなく恐ろしい奴なのに、俺の方がハマってしまうぐらい、本気で好きになってしまったのだった。
そんな俺達も、高校を無事(?)卒業して、大学へ進むことになった。
俺と遠野では頭のレベルが違うから、当然違う大学へ行くもんだと思っていた。
俺も遠野と同じ大学へは行けないと諦めていた。
その諦め同然で、受けた遠野と同じ大学に、まんまと合格してしまったのだった。
しかも遠野と同じ学部に…。
世の中一生懸命生きていればいいこともあるなぁなんて、浮かれていた。
それに、浮かれる原因は他にもあったんだよな…。
「どうした名取、進んでいないな。」
「いやぁ、ちょっと考えごとを…ははっ、心配するな!」
そう…、俺達は、花の同棲生活を送っていたのだ。
朝から晩まで遠野と一緒、それは高校時代と変わらないんだけど…。
何と言っても、あの高校から少し離れた大学を選んだのだ。
つまり、俺と遠野の関係を知っている奴もほとんどいないっつーことで。
数少ない知る人間には、賄賂を渡して黙ってくれと頼んだから安心だ。
帰りも二人揃って教室から出たりしないよう、コソコソ待ち合わせまでしたりして、色々と対策を取っている。。
遠野も遠野で、大学に入ってまで俺達のことを公言しようとはしなかったし。
それが何よりの俺の浮かれる原因だったのだ。
そのことが崩れるとは、呑気に飯なんか食っていたこの時は予想もしていなかった。
「名取、食事が済んだらゴミを出してもらってもいいか?」
「あっ、ハイハイ〜、お安い御用で!」
やべ…、ちょっと調子に乗り過ぎたかな…。
こういう風にしてると絶対遠野の奴、なんか考えるんだよな…。
現に今、飯食いながらなんか考えてるっぽいし。
こんな嫌な予感にも慣れたっちゃあ慣れたけど…。
「悪いな。片付けは俺がやっておくから。」
「はいよっ、任せたぜ!」
いや、俺の気のせいか!
あんまり深く考えると人生楽しくないからな〜。
今はこの生活をエンジョイすることだけ考えようぜ、俺!
そう、こんな風に、俺の人生は上々なはずだったのだ…。
「名取くぅーん、サークルはどうするの?」
「俺?うーんどうしよっかなー。」
浮かれ原因のもう一つ。
それは、この大学が憧れの共学なのだ。
男ばかりのむさ苦しいあの3年間が嘘のようだ。
遠野とデキているからと言って、女の子が嫌いなわけじゃない。
普通男なら、寄って来られれば嬉しいし、浮かれるってもんだろ!
「迷ってるなら、あたしと同じにしない?」
「綾佳ちゃんテニスだっけ?でも俺したことないしなー。」
「大丈夫よぉー。そんな真剣に大会目指すとかじゃないんだし!」
「そっかー…。んじゃ……。あー………。」
女の子と青空の下でテニスかぁ…。
時々スカートとか捲れちゃったりして、オイシイよな…。
危うくヨダレも垂れてきそうになったところで、後ろの辺りを見回した。
「どうしたの?名取くん?キョロキョロしちゃって。」
「いやー…、ちょ、ちょっと…。」
「なんだか顔が青いけど…。鳥肌も。」
「あーいや…。」
こういう時って絶対遠野が後ろにいたりするんだよな…。
あいつ気配なく近寄って来るから恐いんだよ…。
それで何回心臓止まりそうになったかわからない。
俺が早死したら間違いなくそれは遠野のせいだと思う。
そんでもって名取は俺のものだ、なんて言われた日には、俺の大学生活終わったも同然だぞ?
こんな初っ端で終わらせるわけにはいかないんだ!
俺は明るい大学生ライフを満喫するんだっ!!
「名取くん?」
「いや、うん、そうだな、入ろっかなー?なんて。」
「へぇ、何に入るんだ?名取。」
ぎゃああぁ────…!!
絶対いないって確認したはずだったのに…!
俺の目は節穴か?
いつの間にか視力が落ちて遠野だけ見え難いとか…。
そんなわけねぇか…。
「あ…、遠野くん…。」
「と、と、遠野っ、いいいいつの間…!」
「さっきからいたけど。名取の前に。」
前かよ!!
後ろばっかり気にして気付かなかったなんて何してんだ俺!!
動揺して冷や汗まで出て来た俺は、遠野を目の前にしてしどろもどろになってしまう。
「遠野くんって本当に名取くんと仲が良いのね。」
「えっ、そ、そんな風に見える?」
「っていうか、みんな噂してるし。遠野くん美形だから目立つじゃない?」
「う、噂って…。」
もう噂にまでなってるのか…。
いや、問題はその噂の内容だよな…。
どうするんだ、もし『名取と遠野はホモだ』なんて噂だったら!!
俺はせっかく入学できた大学を早くも退学しなければいけないかもしれないぞ!!
「男の友情ってやつ?高校も同じだったんんでしょ?」
「鈴木さん、それは誤解だ。俺と名取は…。」
「わあああぁぁっ!!ダメだあぁっ!!」
「どうしたの名取くん?突然叫んで…。」
「そうだ、驚いたぞ、名取。」
「と、遠野っ、ちょ、ちょっと!!ちょっと来てくれ!!」
そんな表情一つも変えないで、どこが驚いたって言うんだよ…。
俺が慌てて叫んだからいいようなものの、このままだと遠野はバラしてしまう。
なんとか俺の大学生活を死守するために、俺は遠野を連れ出して、念押しすることにした。
念押しというか…懇願というか…。
所詮俺は遠野に頭が上がらないんだよな…。
「頼む!俺達のことは言わないでくれっ!」
「心配するな。俺は気にしない。」
「俺が気にするんだよっ!頼む遠野!!」
「だけど俺…、嘘は嫌いだし…。」
それぐらいわかってるっつーの。
遠野が嘘が嫌いで、思っていること口にして、したいことしてるのも。
だから振り回されるのも、遠野のその性格だから我慢出来るんだ。
嘘が嫌いっていう、真っ直ぐな性格だから好きなんだ。
だけどそれも、時と場合によっちゃあ困るわけで…。
「だってほら、お前だって俺がホモだって罵られたら悲しいだろ?」
「それもそうだな…。」
「あ、愛する人が…、苛められるところなんて見たくないだろ?」
「それは勿論そうだ。」
自分で言って恥ずかしくなっちまったぜ。
愛する、なんてこんな真っ昼間っから言ったりして、俺も結構情熱的なこと言えるようになったな…。
なんて、感心してる場合じゃないけど。
「わかった。名取。」
「そ、そうか…!」
「俺はお前を愛しているからな。お前がどうしてもと言うなら…。」
「そうか…!ありがとう遠野!俺も愛してるぞ!!」
いやったー!!
遠野が…、遠野が初めて俺の言いなりに!!
苦節3年、ついに俺の時代がやって来たぞ!!
これで俺のギリギリで守っていた夫の座も見事に返り咲きってもんよ…。
あ、返り咲きってのはちょっと違うか…まぁいいや…。
遠野が俺の言うことを聞き入れるなんて、これ以上ないぐらいの社会ニュースレベルだ。
そう思ったら、なんだか素直な遠野がいじらしく思えてきてしまった。
「と、遠野…。」
「どうした?鼻息が荒いぞ、名取。」
「い、いや、なんか興奮…、キ、キスだけ…、キスだけ、な?」
「いいけど…。」
どうしたんだ遠野!!
いつものお前らしくないぞ、そんな普通の人間みたいな…。
だけどまぁいい、遠野もきっと俺が夫だってことを改めて認識したんだろう。
ここは調子に乗ってでもキスを…。
「いいけど名取、バレるぞ。」
「……は?何が?」
「だから、俺達がホモだって。」
「なんでだ………、ぎゃあー!!綾佳ちゃんっ!!」
「な、名取くん…、遠野くん…!」
振り向くと、そこにはさっき教室にいたはずの綾佳ちゃん、それだけじゃなく他の友達までいたのだった。
当の綾佳ちゃんは、一番前で目を丸くして突っ立っている。
俺の大学生活は、これでジ・エンドなのか?!
/next