「永久性微熱3─余熱」-2
そしてその数週間後の日曜、椿は蛍と一緒に出かけた。
もうすぐ到来する春を思わせる陽気の朝だった。
『あらぁ、ふたりででかけるなんてめずらしいわね。』
お互い意識し出してから、両親にはそこまで仲の良い兄弟とは認識されなくなっていたらしい。
『なんだか昔みたいね。』
あの時は、蛍の後をくっついて、置いていかれないよう必死で。
今ではその蛍より身体は追い越したけれど、その胸の内は変わってはいない。
懐かしむように母親に言われて、なんだか嬉しくなって、家を出て、歩いて、電車に乗って、また歩いて、
その間手を繋ぐのを我慢するのが精一杯だった。
「わ…変わってない…。」
「ごめん、こんなとこしか思い浮かばなかった。」
幼い頃、夏になると毎年来ていた近県の海岸に、蛍とまた一緒に来たかった。
今は冬で、誰もいない、誰にも邪魔されない。
ずっと我慢していた右手をそっと差し出す。
同じように蛍の左手が差し出され、ぎゅ、と強く握った。
「期待以上だよ、椿。」
「え…そうなのか?」
「うん、嬉しいよ、まわりに誰もいないし。」
「そっか、そうだな…。」
それからほとんど何も言わずに、海岸を延々と歩いた。
近付いて来る波の音が耳を程よく癒して、その波みたいにゆらゆらした気分になる。
「まだあるかな、あそこ。」
あの時と同じ、蛍が率先してその場所へと手を引いた。
ちょっとだけはしゃいでるのがわかって、自分より年上なのに、可愛いと思って仕方ない。
「椿、あったよ!」
手を強く引っ張られ、危うく転びそうになりながら、何年経っても変わらない場所へと辿り着いた。
『ここふたりだけのひみつのばしょだよ』
『うんわかった、ほたる!』
『だれにもおしえちゃだめだからね』
『うん、ゆわない!やくそく!』
その後いなくなった兄弟を心配して両親が困ってるところへ戻った。
でもどこにいたかは絶対言わなかった。
『ふたりのひみつだもんねー』
『ねー』
こうなる未来を予想していたかのようだ。
今も同じように二人で秘密を抱えている。
岩の露出した小さな洞窟に入ると、中は湿り気で少しだけ温かく感じる。
懐中電灯持ってくればよかったかな、と蛍が真剣に言って、思わず声をあげて笑ってしまった。
「椿、大丈夫?」
「何が?」
暫く乾いた部分の地面に座り、後ろから抱えた蛍がぼそりと呟いた。
腕の中の蛍は少しだけ震えているみたいだった。
「俺、あの家からいなくなっても、好きでいてくれる?」
「当たり前だろ…。」
「こんな悪いことして、苦しくない?」
「苦しくない、お前に隠してる時のほうが苦しかった。」
不安になっている蛍を説得するように強くはっきりと言う。
人を好きになるのが悪いことなら、それでもいい。
悪いと罵られても、蛍に思ってもらえないよりはいい。
「なんか…ダメな兄ちゃんだね、俺…。」
「それでもいい、なんでもいい、どんなでもいい。」
「椿…、ありが…っ、ん…。」
「蛍ならいい。」
蒸せる空間で、もっと湿ったキスをする。
零れそうになる唾液を寸前で舐め取って、舌と舌を何度も絡ませた。
湿気のせいなのか、暑くて額に汗が滲んだ。
「ん…ふ…、ふぁ…っ。」
息苦しさで、蛍の瞼の端にも涙が滲んで、拙い仕草で懸命にキスに応えるのが可愛い。
誰もいない、ここには誰も。
そんな悪魔の誘惑が聞こえた気がした。
「あ…っ、椿…っ!」
胸を掌で撫で、その先端を指先で摘みながら、全身を解すように快感を与える。
同時に下半身にも手を伸ばし、服の中で愛撫をして、その行為で膨らんだ蛍のそれを外気に晒すと、迷うこともなく口に含んだ。
「や…だ、きたな…から…っ。」
「汚くない、蛍のがそんなわけない。」
「や……ぁっ、椿…ぃ!」
「蛍、好きだ。」
抵抗する蛍の腕を掴んでさせないようにして、口淫を続けると、やがて快感に支配されていく蛍から、驚く程甘い声が洩れる。
含んだそれから滲み出る先走りも、なぜだか甘い味がした。
濡れた音が洞窟の中を残響音となって耳に返ってくる。
「椿…っ、…ちゃう…っ。」
「いいよ、俺が受け止めるから。」
「やだ…そんな…っ、椿もう…っ!」
「蛍、出して…。」
一層激しく口内を出し入れして、溢れ出る先走りと唾液を絡めながら、蛍を絶頂へと導いた。
「───…んっ、あぁ………っ!!」
その瞬間に椿の口内に勢いよく白濁が放たれ、それもまた迷わずに喉元を通っていた。
「やだ…、椿出して、それ…。」
「それこそやだ、もう俺の中だから無理。」
「そ…、そんな…。」
「なんで?いいじゃん、俺の中に蛍がいるの。」
それでもやだやだ、と子供みたいに半泣きになる蛍をなんとか慰めようと、優しくキスをした。
何度も何度もしているうちに、蛍の口から嫌だ、という言葉が消え、代わりに好きだ、と繰り返された。
本当は、最後までしたかったけど。
これでこんなに動揺している蛍なんだ。
今の蛍を壊したくないから、もうちょっと我慢しようと思った。
無理矢理身体を繋げて、嫌われるのはもっと嫌だ。
蛍の服を整えて、仄暗い洞窟から出た。
外は冬の乾燥した空気が流れているのに、身体は熱くて、なかなか冷めることを知らない。
「また来よ、椿。」
それはまるで、蛍に恋した時から上がり続けている熱が続いているみたいに。
それならずっと、このままで。
END.
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