「永久性微熱3─余熱」-1







もうすぐ、蛍がいなくなる。
生まれた時から、ずっと傍にいてくれた兄が、そして恋人がこの家から。
大袈裟かもしれない、子供っぽいと思う。
こんなことで、いちいち寂しくなるなんて。
いなくなれば、二人きりになれる機会も増える。
逆に、顔を見れる時間を総合すると減ってしまう。
そんなもやもやした気持ちを脱するかのように、ある冬の日、椿は決意して蛍の部屋へと向かった。


「どうしたの、椿が俺の部屋来るなんて珍しいね。」
「うん…、ちょっと…。」

ずっと傍で見てきたこの穏やかな笑顔。
自分を見ると細くなる瞳や僅かに下がる眉や、僅かに染まる、頬の色を、焼き付けたい。
そうしたら寂しさも少しは紛れるかもしれない。


「あのさ、そ、卒業旅行…っ。」
「…え?」
「だから、卒業旅行に、一日、半日でもいい、3時間でも!」
「椿…。」

こんなに必死になるのも蛍のことだから。
蛍が好きだから、好きで好きでどうしようもないから。
滅多にあげないような声で強く言った椿に、蛍は驚いて少しだけ吹き出したように微笑んだ。


「あのさ、卒業旅行って、普通卒業する者同士で行くんじゃない?」
「…あ、そっか、そうだよな…、何言ってんだろ俺…。」

いい案だと思ったけれど、よく考えたらそうじゃないか。
普通に考えればすぐにわかるようなことまで見過ごすなんて。
よっぽど見えなくなっていたんだと思う、蛍以外が。
なんて馬鹿な計画だったんだ、と頭を抱える。


「ううん、嫌とかじゃなくて、その…嬉しい…。」

笑った後に蛍の腕は椿の首に伸ばされて、
その手に誘導されるかのように自らも蛍を抱き締めた。
二つの心音が重なって、直に触れているぐらいその振動は全身に伝わった。
本当にこのまま、一つに溶けてしまえればいいのに。
このまま、時間も何もかも止まって、二人のものになればいいのに。
そんなことは叶わないから、せめて数時間でもいい、蛍と一緒に、蛍だけと一緒に過ごしたかった。
そう思って考えた結果、卒業旅行という言い訳苦しい計画だった。
でも蛍が笑ってくれたから、喜んでくれたから。


「どこ行く?」
「椿に任せていい?」
「う〜ん…、期待はするなよ?」
「どこでもいいよ。」

椿と一緒ならどこでも、そんな告白めいたことを言われて、一気に上昇した体温を分かち合うかのように唇を重ねた。
まだキスでさえ慣れない蛍の唇から、切なげな声が洩れる。


「…つ…ばき…、好き…。」
「うん、俺も。」

途切れながら熱い台詞を囁かれ、その口内に舌を滑らせ、隅々まで優しく探った。
唾液の温度まで、愛しいぐらい、蛍の全部が好きだ。


「母さんたちになんて言おう?」
「適当に、どうせ日帰りならなんも言わないって。」

危うく身体に触れそうになって、寸でのところで止めた。
近くの寝室には、両親がいるのを知っていた。
そんな窮屈なことも気にしないで、その時だけは自由に蛍を愛したい。


「そうだね。」

ギリギリの理性で、もう一度キスだけ交わして、椿は自室へと戻った。
まだ熱い唇から、お互いの思いが溢れてしまうような、 甘く蕩けるようなキスだった。










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