「永久性微熱」-2





椿…、大丈夫?
兄ちゃん傍にいて手、握ってあげる。
ほら、下がってきた。
椿には兄ちゃんがついてるよ、だから大丈夫だよ。


冷たく濡れた布が触れる。
同じようにその布で冷たくなった蛍の手。
気持ちいい…。
ずっとこうして手を握っていて欲しい。


「…あ、起きた?」
「……っ!」

現実に額に触れた蛍の手。
昔と同じ温度で、同じ穏やかな表情で。


「椿の友達、俺の学校に電話してくれて。心配してたよ?」
「……っ。」

あいつ、余計なことしやがって。
兄貴がいるって言わなきゃよかった。
蛍の話、しなきゃよかった。
まさか学校まで電話するなんて。
これじゃなんのために帰ってきたのかわからない。


「ホントに大丈夫?そんなに高くはないと思うんだけ…。」
「…いいって。」

再び触れようとした蛍の手を鬱陶しいかのように払う。
蛍は驚いたようにして、それでもまた穏やかな表情で椿の傍へ近寄った。


「あ、缶詰食べる?椿これ好きだったよね、桃とかみかんとかパインとか…。」
「…いらない。」

そんなに無理するならここから出て行ってくれよ。
背を向けてても、そこで苦笑してるの、わかるんだよ。
そこまでして周りに仲良し兄弟って見せつけたいか。
完全に八つ当たりだ、こんなの。


「なんか最近、椿冷たいね。もう兄ちゃんのこと嫌んなった?」
「……‥。」
「話もしてくんないし。そうだよね、もう椿も高校生だし。」
「……‥。」

兄ちゃんなんて言うな。
そんなふうに悪気なしに拒絶する言葉、言うな。
嫌いになるわけないだろ。
そっちが嫌いになると思ってるからこんな態度取ってるんだ。
なのになんでそんなこと……!


「…椿、あの俺さ…。」
「…食ってやるよ。」
「…え?これ?どれがいい?」
「どれでもいい、お前が食わせてくれんならな。」

気付いた時は、何か言おうとした蛍の唇を夢中で貪っていた。
息もできないほどの激しいキスが、その部屋の時間を止める。
塞いだ唇の端から生温かい唾液が零れて、口内を隅々まで舌で犯す。


「…っ、…んっ!」

柔らかい髪をぐしゃぐしゃに掻き回して、細い腰をしっかり支えながら、このまま止まらなかったら
死んでしまうんじゃないかというぐらい、蛍のすべてを唇から奪い吸い取ってゆく。


「つ…ばき…っ、ふ…ぁ…。」

僅かな隙間で自分の名前を呼んだ蛍の閉じた瞳から、熱い雫が零れて、我に返った。
自分から仕掛けたのに、思い切り蛍の身体を突き飛ばす。

バカだ…、とうとうやってしまった。
もう、終わりだ。 何もかも壊れた。
違う、壊したんだ、自分が。




「ありがと、椿…。」

離れた蛍の唇から、想像もしていなかった言葉が洩れる。
部屋から出て行こうと立ち上がった身体が、微熱のせいでぐらりと揺れた。
それとも、同時に強く掴まれた腕のせいなのか。


「ずっと気になってた、椿の態度。」
「何言ってんだよ…。俺がどうしたって…。」
「視線が痛くて、どうして痛いのか考えたら、好きだってことがわかった。」
「兄ちゃん…。」

否定した呼び名をなぜかふいに呟いた。
それはどこかで止めようとしてるせいだ。
もしそれを蛍がほどいてくれたなら。
それでもいいって言ってくれたなら。


「ずっと好きだった、椿。」
「本気かよ…、俺が誰だかわかってんのか、お前の…。」
「わかってるよ、でもそれでも好きならどうしたら…。」
「お前の弟で、蛍、俺は…、蛍…。」

本当はどこかでこうなることを望んでいた。
絶対ないと否定しながら、どうかあって欲しいと。
それならもう迷う必要は何もない。


「蛍、お前が好きだ。」

熱に浮かされながらもはっきりと自分の気持ちを言える。
同性でも、血が繋がっていてもいい。
傍にいられるなら、他はもうどうなってもいい。


「蛍、気付かなくてごめん。」

お前の発していたぼんやりとしたひかりに。
俺に対する恋心に。
本当は誰より強く放っていたのに。


「弟苦しめるなんて、駄目な兄ちゃんだね。」
「嫌だそれ…。」
「え?」
「二人でいる時は、やめよう?」

こんな時まで兄貴ぶる蛍がちょっとだけ憎くて、可愛い。
身体は自分より小さいクセに。
抱き締めると、蛍の身体も微かに熱い気がした。
このまま同じ熱と血液で、二人で溶けてしまいたい。


「そうだね、椿。」
「そうだよ。」

嬉しそうに笑った蛍の頬に手を添えて、さっきより優しく口づける。
熱を帯びた唇が重なって、そこからまた熱が上がる。

ずっと溜めていた言葉を何度も囁いた。
一時的なものなんかじゃない、この思いと一緒に。











END.






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