「永久性微熱」-1





今まで生きてきて、これほど自分の運命を恨んだことはないと思う。
その気持ちに気付かなければそう思うこともなかったのかもしれない。
同性ということ、同じ血を分けた関係であるということ。
その自分の思いを本人が知ったらどう思うだろうか。
いっそ知られて嫌われればいい。
確実に、自暴自棄になっていた。


「椿、あのさ今日…。」
「俺、今日早いから。」

掛けられた声を遮って、目線も合わせずに通り過ぎる。
同じ家の中で育った二つ上の兄・蛍は、椿とは正反対の、おっとりとして心優しい性格だ。
そんな蛍に特別な感情を抱き始めたのはいつからだろう。
優しくされて、必要とされて、それが恋だと気付いたのは。
よりによって男に、しかも血縁者に恋をするなんて。
もう呪われてるとしか思えない。


「椿…。」

そんな寂しそうな声を出さないでくれ。
見てないけどわかる俯いた顔とか。
その気がないなら構わないでくれ。
いつからか、その恋心を封じるように、蛍に対して冷たい態度をとるようになっていた。
そうでもしなければ、ふとした瞬間に、自分の中にいる獣が目覚めてしまいそうだったから。




そんなこともあり、蛍とは別の高校に進んだ。
それは正解だったと思う。
もしかしたら校内で会ってしまうかもしれないし、想像するだけでも恐ろしいけど、校内で彼女ができた、
なんて噂を耳にしたりその相手を紹介されたりするかもしれない。
そんな場面を目にする可能性は減ったから。
なのにどうしてこんなに寂しくなるんだろう。
自分から避けたクセに、どうして…。
もう季節は夏で、太陽が天高くから照り付けているのに、寒い。
どこかであたためて欲しい自分がいる。
こんなに明るいのに、蛍のいない世界にいるというだけで、星一つない夜の闇にいるようなこの寂しさ。


「椿、なんかどっか悪いのか?」
「…ん?え…何が?」
「顔、ちょっと赤くねぇ?」
「え…??」

気付けば蛍のことばかり考えてしまっている。
騒がしい教室の中で自分だけどこか別の場所にいる。
近くにいた友人がそんな椿を心配して額に手を当てる。
その手が肌に触れても、何も感じない。
心臓が抉られるぐらい痛み出したり、なぜか泣きたくなったり、蛍には、触れられなくても、そこにいるだけで感じるのに。


「お前熱あるぞ、ちょっと熱い、おでこ。」
「…ホントか?」
「うん、ホラ、俺の触ってみ?」
「あ…、あぁ…。」

逆に友人に触れても何も感じない。
感じるのは、いつもより少しだけ高い自分の体温。


「大丈夫か?」
「あんまり…、大丈夫じゃないかも…。」
「えっ、そんなにか?」
「あぁ…。」

きっとこれはこの心が壊れる寸前だ。
大丈夫なわけがない。
こんなに好きで、苦しくて、大丈夫なわけあるか。
身体のほうを心配する友人をよそに、椿は鞄を持って自宅へ向かった。





きっともうこれ以上は駄目だっていう警告なんだ。
ここからいなくなれたらいいんだけど。
だってここには蛍との色んな思い出が多過ぎる。
諦めようとしても邪魔するんだ。
そんなに俺は強い人間じゃない。

ただの微熱が全身をぐったりとさせていて、椿はそのけだるさに身を任せて眠りについた。










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