「Love Master.2」-1





「え?校舎を借りる?」

ある日、俺はクラスのやつらからそんな噂を耳にした。
どうもうちの高校の姉妹校の女子校が校舎の修繕工事をするようらしい。
そのために校舎が使えない間、うちの一部を借りて授業をするということだった。


「タダで女の子拝めるんだぜ〜名取。」

その噂が流れてからというものの、周りはみんなこんな感じで浮ついている。
そりゃあそうだよな…全寮制で、 男子校つったら普通はそうときめくもんだよな…。
俺がその、普通にときめかない理由はハッキリわかっている。


「まぁお前にはデキた嫁さんがいるもんな、そんなもんか。」

興味や反応を示さない俺に、そいつは分かり切ったかのように言う。
そう、俺とそのデキた嫁さんはクラスどころか学校内、向こうの家族に至るまで公認なのだった。
入学した時はこんなことになるなんて思ってもみなかった。
だってここ、男子校だぜ、一般的に言われるホモってやつになるなんて、普通は予想できないだろ。


「名取、楽しそうだな。」

その俺の普通、を次々と覆したデキた嫁さん本人が後ろに立っていた。


「いやぁ名取は幸せもんだなぁ、遠野は綺麗だし。」
「名取だって可愛いぞ。」

そんな会話でさえ日常的に交わされる状態だ。
幸せもん、かぁ…、そう見えるんだろうな。
でもその遠野は結婚する、って意気込んでるけど、まず無理な話だし…いや、幸せは幸せなんだろうけど…。
なんつーか、わかんなくなる時ってあると思う。


「遠野も聞いたか?百合ヶ丘女子がうちに来るって。」
「あぁ、そういえばそんな話聞いたな…。」

遠野も近頃では他のやつらとも会話が弾んでいるようだ。
いい傾向だよな、元々わけわかんない性格の遠野は、親しい友達と呼ばれるやつがいなかったから。
入学した時から俺に惚れていたらしく、俺と付き合ってからも俺一筋だし…別に自惚れてるわけじゃなく。


「どうした名取、具合でも悪いのか?」
「あ?いや、別になんでもないから!」

そう笑いながら言って、席につくと、担任が入ってきて、さっきの噂が事実であることを告げられた。






「なぁ、いつから来るのかな。」

寮の部屋で俺はベッドに寝そべりながら、昼間の話をした。
遠野は机に向かって何やら勉強しているようで、その手を止めて、こっちを振り向いた。


「やっぱり女のほうがが好きなのか、名取は。」
「は?いや別にそういうわけじゃ…。」
「嘘だ、授業中からソワソワしてた。」
「なんだよ、や、妬くなよ…。」

なんて、たまには男らしいこと言ってみたりして。
しかしもうちょっとちゃんと言えねーかな、俺も。
なんだっていつもハッキリしねーかな。


「好きだから妬いてるんだけど。」
「あ…はぁ、どうも…。」

つーかなんで俺こんな低姿勢なんだよ!
もっと背筋伸ばしてしっかりしろよ、夫だろ?
何礼なんか言ってんだよ、そのぐらい当たり前って態度でいけよ。


「名取が好きだから。」
「う…っ、と、遠野…っ、ちょ、ちょっと…。」
「なんだ、セックスするのか?」
「はぁ、そうですけど…。」

エッチする時までこれかよ。
こんなんじゃどっちが夫で、主導権握ってんだかわかんねぇ。
そんで頼むからその、ダイレクトに行為の名前言うのやめてくんないかな…。
まぁしたいはしたいんだけど、一瞬ひきそうなるだろ。
もう、慣れたっちゃあ慣れたけど。

そんなことを考えながらも、しっかりやることはやっている俺たちだった。
まだ俺が夫で…、まだってのもおかしい言い方だけど。









それから3日後。
その姉妹校の女子生徒がやってくる、という日だった。
近くに別の高校もあるのに、わざわざうちに来るらしい。
入学した時、女子校が近くにないって知って、かなりショックだった記憶がある。
でもその後遠野と付き合うことになったから…。
そんなに女の人に興味がなくなってたのも事実かもしれない。
そういやあいつ、俺に告白した時、近くに女子校もないから、なんて言ってたっけ。
まぁその告白も俺は告白ってわかんなかったんだけど。
俺も若かったってところかな…フフ…。


「うわっ!!」

昼休みを利用して別校舎の購買に行こうとしていた俺は、思い出に浸りながら、突然誰かとぶつかってしまった。


「あら、ごめんなさい。」
「あ…、いや、大丈夫っす…。」

うお…、すっげぇ綺麗な女の子…!!
髪がロングのストレートでサラサラで、目なんか大きくてでもキリっとしてて唇なんかツヤツヤで。
すっげぇ美人!タイプかも…。


「あら、可愛い。」
「へ…?」
「あなた、ここの生徒さん?名前は?」
「そうですけど…名取美和っす…。」

その美人は俺の頬を両手で挟むように包んで、にっこり笑ってそんなことを言う。
これは…もしかして、お姉様に気に入られちゃった、っていうやつだろうか…?


「ね、坊や、あたしと付き合わない?」
「え…、俺はその…。」

今時坊や、ってのもかなり凄い言葉だよな…。
百合ヶ丘女子ってのはみんなこんな感じなんだろうか…。
金持ちが多いってのは聞いたことあるようなないような…。


「どうしたの、そんな怯えなくてもいいのよ?」
「あ…いや俺そうじゃな…。」

「名取。」

実はちょっと怯えていた俺の後ろから、遠野の声がした。
た、助かったか…?この場合、助かったけどマズい状況っていうんだろうか。


「と、遠野どうしたんだよ?」
「遅いから、心配になって。」

心配してた、って顔には見えないけど、遠野は嘘つくのは嫌いだ、っていつも言ってるから、本当だろうし、
俺にしかわからないぐらいで表情も変化しているし。


「あら、邪魔が入ったわねぇ。」
「何してたんだ?」
「い、いやそのこれは…。」

どっちに言い訳してんだか。
ここで喧嘩とかなんないよな…俺やだぞ、遠野の血見るの。
殴り合いなんてするわけないのに、そんな心配までしてしまう。


「あたし3年の平泉麗華っていうの、今度またお誘いするわ。」
「や…、今度って…。」

平泉麗華…すっげぇゴージャスな名前だな…。
どっかの貴族みたいだな。


「名取、あの人になんかされたのか?」
「されてねーよ!」
「誘うって言ってた。」
「付き合ってって言われただけだって!」

遠野が曇った表情で俺を見ている。
こいつのここまで変わった顔は初めてかも…。
それでも他の人にはわかんないだろうけど。
そんなに俺のことが…。
あぁダメだ、今すぐ早退してベッドに行きてー!!


「そんなの断るに決まってんだろ!冗談だろ、からかってたんだよ。」
「そうか…。」
「それに俺にはそのー…、お前がいるわけだし。」
「名取、俺は嬉しい。」

ちょっとどころじゃなく恥ずかしかったけど、ここは一つ、俺も好きだって言って安心させてやんないと。
それが将来の夫としての役目っつーか、立場維持の秘訣でもあるしな。

庭の木陰に隠れて、周りに見つからないようにこっそりキスを交わした。
そう思っててもその日のうちにバレんだけど。
でもこの時、それ以上に大変なことがこれから起きるなんて、俺は思ってもいなかった。










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