「チャイルドライク」─はじまり-1







『これ、貸し出しお願いします』


毎週火曜と金曜、俺は図書委員の当番で貴重な放課後を潰して本の貸し出し受け付けをしてると、必ず彼は来る。
しかも、いつも同じ台詞で、表情一つ変えずに。
図書室の窓際の席で10分程中身を覗いて確かめると、俺の所にやって来る。
彼は学校では有名人で、俺なんか一般生徒とはきっと関わることもない、そんなふうに思っていた。
学年も違うし、頭の出来も違う。
委員を決める時図書委員しか残ってなくて、暇そうだし受験勉強でもしてればいいかな、ぐらいの軽い気持ちで決めた。
そしたら彼と会った。
本好きってのは、噂で聞いてたけど。
いつも決まって三冊、次に来る時は返却。
きっと根が真面目なんだろうな。
制服も、着崩したりとかしてないし。
そう、実は俺、目で追ううちに…‥。


「‥…の、あの…。」
「ハッ、ハハハイッ!」

しまった、見惚れてその上考え込んでボケッとしてしまった。


「これ、貸し出しお願いします。」
「あ、じゃあここにクラスと名前…。」

貸し出しカードを差し出すと、俺の渡したペンでさらさらと書き始めた。


『2-A 蔦谷大和』


その字のクセまで憶えてしまった。
かなり、重症かもしれないなぁ、俺。


「じゃあ、返却は来週だからね。」
「はい。」
「あの、俺なんか間違ったかな…?」

いつものように短いやり取りをして、蔦谷を見送ろうとしたら、 なかなか帰らない。
ボケッとしてて何か書き忘れか言い忘れたと思い、机の上に散らばったカードをあさる。


「先輩、俺に付き合ってくれませんか。」
「へ?どこに?」

カードを探して動き回る俺の手が止められた。
なんだろう、どっか行きたい、とかかな?


「すいません間違えました。俺“と”付き合ってくれませんか。」
「は?」
「俺を先輩の恋人にしてくれませんかっていうことなんですけど、 緊張して言い間違えました。」

へー、こういう人間でも間違えるんだ。
意外だなぁ。 いや、意外なのはそこじゃないよ!


「いやあの、そんな、いきなり、えっと、あの、俺男だから!」

動揺してしどろもどろになる。


「それにほら、俺、君のこと全然まだ知らないし!友達になら…。」
「先輩、いつも俺のこと見てましたよね。
知らないわけはないと思うんですけど…、あれだけ凝視してたら。」

うわぁ、バレてるよ…!
俺ってばどんだけ見てたんだろ。


「あ、俺も見てたんで、別に気にしないで下さい。」
「え…。」
「先輩が好きなんで。多分先輩も同じ理由だと思ったんですけど、違います?」
「ち、違わないけど、その…。」

蔦谷が、俺を? 見てたって?
嘘!両思い?? ど、ど、どうしよう。


「じゃあ決まりですね。よろしく、羽野先輩。」

付き合うことに、なってしまった。









「先輩?どうしました。」
「いやー、あの、付き合ってるからって、公道で手繋ぐのはちょっと…。」

帰り道、俺と大和(と呼べと言われた)は手を繋いで歩いた。


「嫌ですか?」

いくらまだ子供とは言え、中学生にもなって手繋いでいる友達同士なんていないと思う。


「いや、じゃ、ないけど、あの…。」
「これぐらいで恥ずかしがってたら、何も出来ないですよ?」
「あ、あ、あの、つ、蔦谷っ??」

人も車も通らないの隙をつかれて、俺は抱き締められた。
俺より背が少し高く、広い胸に、俺の身体は収まる。


「大和、ですよ、…。」
「‥‥…んっ!」

俺、キスされてる!
初めてなのに、こんな、し、舌とか入れられてる!


「…はぁっ、大和っ、無理…っ、ん。」

俺は苦しくて、大和の胸を強く押すと、ようやく唇が離された。


「嫌いになりました?俺のこと。」
「ならないけど、こんな突然っ。」

俺はもう腰が抜ける寸前だった。
嫌いになるどころか、ますますハマりそうかも。
なんてことは恥ずかしくて言えるわけないけど。


「ごめんなさい。あんまりにも可愛くて、つい。」
「可愛くない、可愛くない!」
「嫌だったら、言って下さい、やめますから。」

大和は俺の頭を撫でて、また手を繋いで、俺たちは帰った。









あれから、俺が当番の時は大和は図書室で読書しながら待った。
それ以外の日は授業が終わると、真直ぐ一緒に帰った。


「先輩。帰りましょう。」

いつものように図書室前で待ち合わせていた。
俺は手を併せて謝る。


「ごめん、当番だから。先帰っていいから。」
「今日火曜じゃないですよ?」
「うん、また代わり頼まれちゃって。みんな忙しいみたいでさ。」

アハハと軽く流そうとした俺を、大和は真剣に見つめている。


「先輩は、人がいいからそういうの断れないのわかりますけど、俺のことは第一には考えてくれないんですか?」
「え、何言ってんの…。」
「俺のこと、好きってちゃんと言ってくれないし、 俺の勘違いだったみたいですね。」

何? 大和、何言ってんの?
俺の心臓は早鐘を打ち始める。


「付き合わせてすいませんでした。じゃあ。」

大和は頭を下げて、廊下に消えていく。
あれ?何?なんだ今の。 俺、フラれた?? そんなバカな…。
俺は急いで大和を追い掛ける。


「大和…‥っ!」








「ねー、あたしたち一生懸命作ったんだよー、絶対食べてね!」
「あー、あたしのも。」
「ひどい抜け駆け?あたしのも食べてよ、蔦谷くん。」

女の子に囲まれて、多分家庭科の実習で作った 何かを大和は渡されている。
甘い、匂い。
お菓子かなんかだろう、それもだけど、女の子の雰囲気とかが。
大和、モテるんだった。
やっぱり俺より女の子と付き合った方がいいのかな。
だって俺、男だし。でも、男だけど…!!


「大和っ!やだ!」
「え…先輩?」
「こんなの受け取ったら、俺、泣く。」
「先輩…。」

俺は勢いよく飛び出して、大和の腕を引っ張った。
唖然とする女の子たちを睨み付けて、お菓子をつっ返して、そのまま連れて行く。


「何、今の人…。」
「し、知らないわよ…。」

人の目が気になるなんてことも忘れて、図書室へと戻った。







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