「ウェルカム!マンション」-1
衣・食・住。
人間が、生きていくために必要なもの。
俺はそのどれにも不自由したことがない。
不自由どころか、贅沢な暮らしを送っていた。
「悠真、もう帰るのか?」
「うん、今日は家でまったりしてるよ。」
「そっかーお前んち、金持ちだもんな、いいなぁ。」
「それほどでもないって。」
じゃあな、と、友人に別れを告げ、学校から徒歩3分の自宅へと向かった。
金持ちです、なんて自分で言ったら生意気だと思われるから、言わないようにしてるけど、そこそこうちは金持ちだったりする。
俺が今向かっている自宅というのも、
大学進学を機に、親が買って与えられたマンションだ。
高層20階建て、カードキーのオートロック、
全室床暖房、オートバス等、その他諸々。
俺にとっちゃ天国も同然なんだ。
しかも、家賃なんかもう払う必要もなければ、他は仕送りでやってるから、バイトもする必要もないわけだ。
これを天国と言わないでなんて言うんだ。
そう至福に浸りながら、カードキーでエントランスから、マンションの中へと入った。
俺の部屋はその17階にあって、一人暮らしには広いかな、ってぐらいの、2LDKの角部屋。
都会でこんだけいい部屋なんだ、それ相当の金額だろう。
でもまぁ、親も金には不自由してないだろうし。
「あ…れ…‥?」
俺の部屋の前…、なんだあの荷物??
家具やら電化製品やら。
作業員っぽい人が運んで…。
って…、あれ俺のもんじゃないかっ?!
「ちょ、ちょ、ちょっとっ!!」
「あっ、谷村さんですか?お引き取りのもの、運び出しましたから!」
「お、お引き取りって??」
「えーと、ここの持ち主さんからですね、お父様ですかね。」
は?は?はぁっ??
何?なんのことだ?
リサイクルショップと書かれた作業服の男達に聞いてそう言われたけど、意味がわからない。
どういうことだ?
「あ、コレ、引き取ったものの総額ですね、10750円。
それではありがとうございました!」
「え…あ…、あの…!」
俺の慌てるのを見もせずに、男達は満面の笑顔で行ってしまった。
あっ、確かお父様って言ってたよな…。
俺はバッグから急いで携帯電話を取り出して、実家にいる親父に聞くために、ボタンを押した。
が……。
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません…』
機械的な音声が流れるのみ。
なんだ、何が起きたんだ…っ?
一度電話を切ると、そこには『留守電あり』の文字が。
俺は嫌な予感を胸に、再生をした。
『悠真〜、会社、倒産しちゃった。そんなわけだから、そこも売ったから。
あっ、電話はこっちから掛けるから。それでこれから住むところなんだけど…‥』
う、う、嘘だろ─────っ?!
倒産って…、俺…、俺のこれからは…?
これからどうなるんだよ…?
誰か、誰か嘘だと言ってくれ─────…‥。
「ん…‥。」
あぁなんだ、夢か…。
びっくりさせないで欲しいんだけど。
そっかぁ、俺、知らない間に家で寝ちゃったんだな…。
「あっ、気付いたみたい、翠さん。」
へっ?
誰か俺の家ん中にいる?
俺は瞼をゴシゴシ擦った。
「そうか、目が覚めたようだな。」
「迎えに行ったらさー、君、倒れてるから。」
俺んちじゃない!!
どこだここ??
なんかすっごいボロい…。
天井違うし、ベッドじゃないし。
「あれ?記憶喪失じゃないよね?」
「いやあの…、ここは…?俺えっと…。」
俺は軽く、いや、かなりパニック状態だ。
俺を囲むこの男達は誰だ…。
「今日からここが君のおうち。僕、山田裕巳っていうの、よろしくね。」
「俺のうち…??」
「おー、お前イキナリぶっ倒れてるからよー、あ、俺健太っていうんだ。」
「ぶっ倒れ…?」
「あっちがオーナーの翠さんで、その隣が遥也くん。んでぇ〜。」
い、いや、自己紹介とかどうでもいいんだけど。
えっと、思い出せー、俺は自分ちに帰って…。
そしたら家具とか運び出されてて…。
親父に電話して…。
あ…、あれ、夢じゃなかっ…。
俺は携帯電話を取り出そうと、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
ひらっ…、ちゃりん。
「いちまん…ななひゃくごじゅうえん…。」
夢じゃなかったぁ─────っ!!
「どんな奴かと思えば、すっげぇバカかよ。」
冷や汗を垂らしていた俺を、言葉通りバカにしたような声で、残りの一人が言った。
誰だってこうなるだろ。
俺はそいつの方をキッと睨んだ。
「あ、この人が紫堂くん、君と同室だから、仲良くね。」
山田裕巳、と名乗った見た目可愛い男が、
そいつを紹介した。
俺と、同室の奴、と。
「あの、同室って…どういうことですか…?」
翠というオーナーに、俺はおそるおそる尋ねる。
こっちは黒髪ロン毛の、なんだか謎っぽい感じだ。
「うちは二人一部屋だからな。そういうこと。」
「ふ、二人って、そんなに部屋少ないとか空いてないとか…。」
「いや、節約になるだろ、その方が。」
「この狭い部屋に二人ですか…?」
「そうだけど、何か不便でも?」
「い、いえ…。」
不便だよ!不満だよ!
ぐるっと見たとこ、6畳ぐらいしか…。
だって俺、今まで2LDKの…。
キ、キッチンもない…、風呂も、トイレも…。
見当たらないんだけど…。
「あの、ご飯は買って食べるとか…?」
ま、ま、まさか…。
俺は唾を飲み込んだ。
「俺が愛情込めて作る。風呂、トイレ掃除は当番制。
朝はラジオ体操から始まる。それから…‥。」
い、いつの時代だよここは!
そんな生活できるわけないだろ!
「こ、ここって下宿ってやつですか?」
そう、木造、何階建てか知らないけど、
多分低くて、
古くて、フローリングじゃなくて、畳で。
風呂・トイレ共同で、それからそれから…。
今までのマンションとなんか比べものになんないよ。
「お前ホントにバカだな、ちゃんと見たのか、門を。」
「門って…、だって俺倒れて…。」
紫堂という意地悪っぽい奴にまたバカと言われてしまったけど、俺はこの状況を飲み込むのに精一杯だった。
「マンションって書いてあったろ。」
「え…、でもマンションって普通…。」
俺が住んでたみたいな綺麗で高層で、設備もきちんとしてて…。
「だから、マンションって名前の下宿なんだよ。」
そ、そんなフザけた建物の名前アリかよ。
っていうか詐欺じゃん!
なんか俺、とんでもないところへ来ちゃったよ…。
くっそー、恨むぞ、親父…。
谷村悠真19歳、俺のこれからはどうなる…?
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