「ベジタブル・ラブバトル」番外編「ベジタブル・ラブハウス」-1





向かいのスーパーは今日も近所の奥様方で賑わっている。
そしてその煽りを受けたのか、うちの八百屋にはそういう客が来ない。
昔から贔屓にしてくれているオカマバーの人達や、近所の飲食店だとか。
こっちには客を選ぶ権利なんかないし、その人達だけでもうちは繁盛しているからさほど問題はなかった。
ただ一つ、問題なのは…。


「よっ、彩ー。」
「気安く話し掛けんなよ。」

そのスーパーの息子の大樹だ。
俺と同じ歳で、同じ高校に通っている、いわゆる幼馴染みという奴だ。
昔は大樹のところのスーパーも、俺の家と同じ八百屋を経営していた。
それが数年前、突然スーパーに変わったのだ。


「なんだよ俺とお前の仲だろー?」
「何それどういう仲だよ、つーか触るなって!」
「どういうって、エッチまでしたラブラブな仲だろ?今更聞くなよ恥ずかしい。」
「お…、お前の言ってることの方が恥ずかしいっての!デカい声で言うんじゃねぇ!!」

そう、俺達はいがみ合っていたはずが、いつの間にかそんなことになってしまったのだ。
『彩…、向かいには負けるな…!』
それが死んだひいじいちゃんの遺言だった。
負けるというのは誘惑に負けるなという意味だったらしく、俺はまんまと負けてしまったのだった。
大樹のところがスーパーになったのも俺と争いたくなかったからなのだ。


「つれねぇなぁ…、あんなにエッチの時は可愛いのに…。」
「ううううるせぇよ!!」
「なぁ彩〜、久々にしようぜ〜?そろそろ彩のキュウリが恋しいんだよ。」
「しっ、失礼な奴だな!!つーか久々ってなんだよ!一昨日したばっか…。」

その時俺は、猛烈に恐ろしい視線を後ろに感じた。
おそるおそる振り向くと、そこには鬼のような形相のじいちゃんが立って咳払いをしている。


「じ…、じいちゃん…!」
「おっすじいちゃん元気ー?」
「お前達…あれほどいかんと言ったのにまーだ別れてなかったのか!!」
「べ、別に付き合ってなんかねぇって!!」
「うわ彩ひでぇ、付き合ってんだろうがよー。」
「そうじゃそうじゃ、付き合ってないもん同士が乳繰り合ったりするもんかぁっっ!!」
「ひ、大樹逃げろ!じいちゃんもまた血圧上がんぞ!!」
「なんでだよ、俺達悪いことなんかしてねぇだろ?」
「黙れ黙れー!!スーパーになんぞ用はないわいっ!!」

あれからじいちゃんには行動を監視されるわ、いちいち怒鳴られるわ…。
ちょっとでも大樹がうちに来ようもんならこの騒ぎだ。
血圧上がろうが関係なく大樹のことを追い払うんだもんな…。
俺はそんな二人に挟まれて、その場を治める役目だ。
大樹の言うラブラブな仲、なんて言葉とは縁遠い。
いや、別にラブラブにないたいわけでもないけど。


「んじゃな、彩、後で電話するから。」

俺に背中を押されて、大樹はうちの店を去って行く。
電話なんて必要ないぐらい近くに住んでいるって言うのに。
別れ際に投げキッスなんかして、バカかお前はと突っ込む。
だけどそれにときめいてしまう俺も俺でもっとバカなんだろうな…。


「彩、何を見惚れとるんじゃ。」
「み、見惚れてなんかねーよっ!何言ってんだよじいちゃん!」
「ふんっ、本当かのぅ。」
「バカなこと言わないでくれよもう…。」

大樹が去った店で、俺は誤魔化すかのように野菜を並べる。
じいちゃんの奴、年寄りのくせに勘だけはいいんだからな…。


「何か言ったかの?」
「な、なんも言ってないって。」

ちゃっかり俺の文句まで聞こえているようだから、じいちゃんは相当の地獄耳だ。
こんな状況でラブラブになれるわけがないのは当たり前だった。

それから数時間して、うちの店も大樹の店も閉まった頃、本当に電話がかかって来た。
店の手伝いをして稼いだ金で買った携帯電話の液晶を見ると、大樹だったのだ。
じいちゃんに怪しまれながら、自分の部屋に向かった俺は、小声で電話を取る。


「もしもし?」
『あ、彩か?』
「お前誰に掛けたんだよ。」
『なんだ冷てぇな、もっとこうひろきぃ〜、みたいに後ろにハートマーク付けて喜べよ。』
「嫌だ。つーか何なんだよ、用でもあんのか?」
『んー用っていうかさー。』

何がハートマークだ。
そんなことこの俺に求める方が間違っている。
想像しただけで気持ちが悪いっての。
大樹という奴は、そんなことを照れもせずに言える奴だ。
ある意味羨ましくもあるけれど、だからと言ってそうなりたいわけでもない。


「さっさとしろよ、またじいちゃんに…。」
『彩、これからうちに来いよ。』
「は?つーかなんだよその命令口調はよ。」
『まぁいいから来いって。』
「おま…いい加減に…。」
『待ってるからな、んじゃ!』

き…、切りやがった…。
そうやっていつも強引なんだこいつ…。
通話の切れた音が流れる携帯電話を持って、俺は文句を呟く。
それでも行ってやろうと思ってしまうのは、なんだかんだ言って俺は大樹が好きだからだ。
本人の前では認めたくもないけれど、思った以上にベタ惚れらしい。


「彩、どこに行くんじゃ。」
「じ、じいちゃん…!」

なるべく音が鳴らないように階段を下りて、廊下を歩いたつもりだった。
玄関まで行くのに居間を通り過ぎて、いよいよ家を出る時になって後ろから声が掛けられる。


「そ、そこのコンビニまで行くだけだって!」
「本当かのぅ?まーたあのスーパーの息子んところに行くんじゃ…、こら彩っ。」
「ホントだって!すぐ戻るからじゃあな!」
「彩っ、待たんかこらっ!」

口煩いじいちゃんから逃れるように、俺は急いで家を出た。
じいちゃんの言っていることがその通りだから余計に罪悪感が募るのだ。
ひいじいちゃんの遺言のことだってあるわけだから。


「よ、いらっしゃい。」
「いらっしゃいじゃねぇよもう…。」
「なんだよ彩ー、せっかく二人きりになれるってのに。」
「はぁ…、お前は呑気でいいよな…。」

大樹のところのじいちゃんには運良く見つからずに済んだ。
大樹の父ちゃんもいなくて、言葉の通り二人きりだ。
3階にある大樹の部屋に上がって、どっかりと床に座って俺はぶつぶつ文句を呟く。


「なぁ彩〜。」
「なんだよ気持ち悪い声出し…、バ、バカっ、どこ触ってんだよっ!」
「ん?彩の可愛いキュ・ウ・リ…なんてなっ。」
「ふ、ふざけん……あっ!!」

俺の下半身にあるものを勝手にキュウリだの呼んで大樹は触り出す。
だいたいキュウリなんて言い方がまず失礼だ。
そりゃあ確かに大樹に比べたらちょっとばかり細くて頼りないものかもしれないけど…。


「なんだよ〜、もうこんな固くなってるクセに♪」
「う、うるさ…んっ!大樹やめろって…っ!」
「やめたら彩が困るだろ?美味そうに潤って来たぞ?さすが八百屋の息子、瑞々しいキュウリだなぁ。」
「バカ…っ、んっ、あ…!!」

こいつのセクハラというか…この変態くさい言い方は何とかならないもんなのか。
いちいちなんでも野菜に喩えて、エロいことばっか言って来て。
俺がそんな大樹を罵りながらも断り切れないのをわかっていてしてるとしか思えない。
それでも完全に拒否出来ないのは、悔しいけれど俺はやっぱり大樹が好きだということなのだった。


「なぁ彩、俺のナス…入れていいか?」
「ん…っ、ちょ、待てよ…!」
「ん?なんだ?」
「なんでお前がナスで俺がキュウリなんだよっ、ムカつく!」
「仕方ねぇだろ?彩のより俺の方が立派なんだからよ。あ、バナナの方が可愛らしくていいか?」
「バナナなんかうちでは売ってねぇよ!青果店じゃねぇんだからな!」

なんだか論点が多少ズレている気がするが、とにかく大樹という奴は自分に自信がある奴だ。
付き合う前、俺が大樹を好きなのも間違いないみたいに言って、どこからその自信が出て来るのか知りたいぐらいだ。
付き合ってからだって全部勝手に決めやがって…。
そんな大樹に俺は流されっ放しなのだ。


「どっちでもいいや…彩、ほらケツ出せよ。」
「おまっ、お前のそのエラそうな態度はなんとかならねぇのか!!」
「まぁまぁそう怒んなって。可愛い顔が台無しだ。」
「ん…!バカやろ…っ、キスなんかじゃ誤魔化されな……。」

そんな風に簡単に言うけれど、出す方はどれだけ勇気が要ると思っているんだ。
する時だってどれだけ負担がかかっているのか知る由もないんだろうな…。
毎回毎回、次の日は辛くて仕方がない。
だけどじいちゃんにバレるからって我慢してるのを知らないクセに。


「彩、好きだ、愛してるぞ。」
「バカ…っ、恥ずかしいこと言うな…っ。」
「しょうがねぇだろ、ホントのことなんだから…。」
「バカ………ん??」

俺は仕方なく下着ごとズボンを下ろして、大樹に尻を突き出そうとした時だった。
こんな恥ずかしい格好をしている時に、俺達の上の方から音が聞こえたのだ。


「何?どうした?」
「なぁ…、お前んちってこの上あったっけ…?」
「は?うちは3階建てでこの部屋は3階だぞ?」
「だってなんか音したぜ?ドタバタって…ちょっと静かにしてみろよ。」

俺が言う通り大樹は一旦手を止めて、静かになった。
するとやっぱり何もないはずの天井の方から、ドタバタという音が聞こえて来る。
それに混じって、時々何やら声まで聞こえる。






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