「Love Master.」-初級編







「俺をホモにしてくれ」

ある日突然、同室の奴に言われた。


「あー…、えと、な、何言ってんだ?」
「熱なんかないっ!」

おでこに伸ばした俺の手を、遠野が振り払った。


「じゃあなんでいきなりそんなこと…。」
「だってここは男子校で俺は寮生だし…。」

俺は気が動転している。 当たり前だよな。
遠野の口がも少し吃る。


「勉強ばっかしてて彼女なんか出来ないだろうし…。」

それは事実かも知れない。
こんな所に閉じこもって、近くには女子校もないし。
彼女が出来ても頻繁に会えるわけでもない。


「ずっと卒業まで童貞とか俺やだし…。」

そりゃ俺も嫌だな。


「男子校ってホモ多いって言うだろ?」

それもまぁよく(?)聞くけど…。


「だったら、相手は、俺、お前がいいと…。」
「え、な、なんで…。」

そんなことを言われて何故か俺は赤面してしまった。


「同じ部屋だと何かと便利かな…とか。」
「あ…。なんだそういうことか…。」

うわ、何がっかりしてんだ、俺。
好きだから、とか言って欲しかったのかよ。


「な?頼むよ、名取…。」

う…。 頼みたいのはこっちだ。
なんだってそんな色っぽい顔すんだよ。
俺お前のことただの友達と思ってたのに、揺らぐだろ。


「ダメか…?」

わー!バカ、くっついて来るなよ。


「ダ…メ…‥じゃねぇけどよ…。」

俺は遠野の肩に触れてみた。
俺よりも細くて、体温が高い。


「…わ、わかった…‥。」

こうして俺たちは、ホモになることになってしまった。








「じ、じゃあまず、キスしてみてくれ。」
「わ、わかった。」

柄にもなく緊張した俺は遠野の顔に自分の顔を近付けた。


「と、遠野、その…、目は閉じた方がやりやすいんだけど…。」
「…あ、そ、そうか。」
「じゃあ、するぞ…。」
「あ、あぁ…。」

潤んだ瞳が閉じられた。
長めの睫毛。 な、なんか、すげぇドキドキする。
どう見ても遠野も同じ男なのに。
俺は顎に手を添えて、その唇に自分の唇を重ねた。


「…‥‥。」

柔らかい。 温かい。


「し、舌とか入れた方がいいのかな…。」
「名取に任せる…。」

俺は遠野の唇の間を割って、舌を滑り込ませた。

「…‥ん…。…ふ…ぅ…っ。」

絡まる舌が、熱い。
息が乱れて、溢れ出た唾液によって濡れた音がする。


「ん…っ、んん…っ。」

遠野の発する声にまで刺激されて、夢中でキスを繰り返した。
これは…、思っていたより気持ちいい。


「も…ダメ…‥。」
「──え?うわぁっ!!」

ガクン。
俺はいきなり力が抜けた遠野をすんでのところで受け止めた。


「キスってすごいな…。」

腕の中で遠野が呟く。


「ま、まさかお前…、初めて…とか?」
「ダメか?」

上目遣いの遠野がやけに色っぽいやら可愛いやらで、俺の心臓は高鳴る。


「え!いや、ダメじゃないです!!」
「じゃあ、もう一回してくれ。」

げ、何俺敬語になってんだよ。
しかも遠野の奴…なんだって?
もう一回って、言ったよなぁ…?
動揺しつつも、俺はまた遠野に口付ける。


「‥…んっ、…ん‥。」

やめられなくなってしまって、俺たちはずっとキスをしていた‥‥……3時間も!!










「唇…痛いかも…。」
「じゃあもう今日は寝るか。な?」

濡れた唇を指で触りながら遠野はベッドに座っている。
そりゃそうだ。 何回したかわかんねぇよ。
俺は部屋の電気を消しにドア付近に行って自分のベッドに入った。


「な、な、なんだっ?」
「一緒に寝る。」

なんだなんだ、わけわからんぞこいつ。


「カップルなんだから、いいだろ。」
「あ…、そ、そうだよな…。」

俺も何納得してんだよ。
そういやこいつは会った時からわけわかんねぇ奴だったな…。
『お前とは仲良くなる気がする。』
会った初日にそんな予言みたいなこと言ってたな。
なんでそんなこと会って顔見て言えるのか、俺には理解不能だったな。
それがまさかこういう意味で“仲良く”なるとは…。
俺、別に元からホモじゃないけど…。
そういう気もこれっぽっちもなかったけど…。


「と、遠野…。」
「何?」

俺はすぐ近くにある遠野の肩を掴んだ。
自分でもわかるぐらい、ゴクリ、と喉が鳴った。


「さ、触っても…いいか…?」
「…ぁ‥っ…。」

いいか、も何も俺の手はもう遠野のパジャマの中に侵入していた。
襟元から胸へと滑り込んだ指でその先端の突起を探り当てて触れていた。


「…名取…っ、それはダメだ…っ。」

俺の手が止められた。


「え、なんで…。」
「俺たちはまだ付き合って一日目だ。清らかな付き合いをしないと。」

清らかな…。
おいおい、一体いつの時代の話だよ。


「こういうものは段階を踏んでいかないと。」
「は…はぁ…。」

俺は諦めて、手を引っ込めると、すぐに遠野は寝息を立ててしまった。
まだ、感触が残っている自分の手を見つめた。
‥…って、俺、欲情したのか? 何するつもりだったんだ?
自分を責めながらも、その夜はなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。
特に、下半身が。












「…り、名取…。」

ガサガサという音と共に、耳許で俺を呼ぶ声がした。


「あ…やべ、授業…!」
「もう終わった。」

昨日眠れなかったせいで授業中丸々寝てしまった。
それもこれも、遠野とあんなことになったからだ。
その原因のくせして、遠野の奴、いつもと態度が何も変わらないじゃないか。
いや、別に変えて欲しいわけじゃないけど…。


「お昼にしよう。」

そのまま遠野は俺の前の席に座り、購買から買って来たと思われるパンを広げ始めた。


「これ、お前が買って来たのか?」
「そうだけど。」
「えーと…、これは、俺の分…なのか?」
「そうだけど。」

周りの同級生達がどよめいている。
同じく俺の胸の中もどよめいていた。
これは、どういう意図だ?
だってお前、今までいつも一人で昼飯食ってたよな。


「あのー…、お前ら、仲良かったのか…?」

クラスの一人が、遠慮がちに声を掛けて来た。


「うん、俺たち、ホモだから。」
「と、と、遠野っっ!!」
「別に間違ってないだろ。キスもしたし。」
「バ、バカっ!」

教室の中の時間が見事に止まってしまった。
俺は物凄い早さで遠野の口を自分の手で押さえる。


「あ、いや、これはそのっ。えーと。」

慌てて言い訳を考える。
言い訳なんかしても、通用しないような雰囲気だけど。
多分顔は真っ赤だったに違いない。


「そうかー、いや、頑張れよー…。」

アハハ、と全員が引き攣り笑い、俺まで笑ってしまった。
いや、笑ってる場合じゃねぇよ!


「遠野っ、ちょっと!」

俺は強引に遠野の手を引っ張って廊下へと連れ出した。
冗談じゃない、このままホモだって誤解されたら…。
誤解っていうか、本当かもしれないけど、そんな堂々とされても困る!


「何考えてんだよ!あんなこと堂々と言って!」
「本当のこと言っただけだ。」

あー、ダメだ。
こいつには何言っても無駄な気がしてきた…。


「それに…。」

遠野の手が俺の頬に触れて、心臓がまた早くなる。


「みんなに宣言したら、お前に手出しする奴はいない。」
「え…。」

それはどういう意味だ?
悩む暇もなく、俺の唇に遠野の唇が重なった。


「…むー‥っ。」
「俺、キス、クセになりそう。」

しかも 舌まで入れて。
ままりのキスの激しさに、呆然とする俺の目の前で、多分初めて、遠野が笑った。


「早くしないと昼休み終わるぞ。」

一人動揺する俺をよそに遠野は教室へ戻ろうとする。


「それとも、触りたいのか?みんなが見てる前で。」

気が付けば、大勢の生徒がドアから顔を覗かせて俺たちを見ていた。


「いやぁー、頑張れよ、名取、遠野!」


あぁ…‥。 公認かよ。
どうなるんだ、俺の高校生活。










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