「Lies and Magic」の二人の話です。
甘々な朝を書いたつもりだったのですが、単なる妄想青年の話になってしまったという…。
ぼんやりとした意識の中で、自分の身体に触れる温かなものを感じる。
それは時々「暑い」とも言えるような温度の高さで、俺の目を一気に覚まさせる。
「んふ…えへへ…。」
志摩はほぼ毎日、俺よりも先に目を覚ましている。
そして不気味とも言える笑い声を漏らしながら、俺にぴったりとくっ付いているのだ。
これが他の誰かなら、「くっ付くな」だの「鬱陶しい」だのと言ってその身体を突き放していただろう。
或いは「気持ち悪いからやめてくれ」と言って煙たがっていたかもしれない。
志摩とだって最初はそうだった。
こんな風に触れられて、安心感を覚えるようになったのはいつからだろう…?
その声を聞いて、幸せな気分に浸るようになったのはいつからだろう…?
それから、無性にその身体を抱きたくなるようになったのは…。
「隼人ー…好きです…。」
勝手にデレデレ笑われているだけならまだ良かった。
それがはっきりとした台詞になって表れると、俺自身の他に、俺の中で眠っていた別の何かが目を覚ましてしまう。
「隼人ー…大好きー…。」
「うん…。」
志摩が背中に顔を擦り付けて甘えて来ると、俺の理性はたちまちどこかへ飛んでしまいそうになる。
その柔らかい頬に口づけたい、その甘い言葉を発する唇を塞いでしまいたい…、その温かい身体をもっと熱くさせてみたい…。
そんな我儘で贅沢な思いばかりが、俺の中を支配し始める。
「隼人ー…すっごい好きなのー…。」
「知ってる…。」
「隼人が……あ、あれ…?は、隼人…?!」
「知ってるよ…。」
「わあぁっ!!お、起きてたのですか…っ?!」
「うん…。」
「い…いつからですかっ?!お、俺恥ずかしいよー!」
「さっきから…。」
あれだけ隣で騒がれて、起きない奴なんているのだろうか…。
おまけにあんな恥ずかしい台詞を言っておきながら、その反応は何だ。
本人が聞いているとわかると恥ずかしくなるなら、そんなに近くで言わなければいいのに…。
そういうところが間抜けというか…いつまで経っても直ることのない志摩の頭の悪さが、他人に何と言われようが、俺にとっては魅力的なのだ。
願わくばこのままで…ずっと頭の悪い志摩でいて欲しいと思うことも、やっぱり俺の我儘なのだろうか。
「あの…お、おはようございます…。」
「おはよう…。」
「えへへー、隼人、おはよー!おはようございます!隼人ー隼人ー!隼人、おはよー…!。」
「わ、わかったから…。」
昔は言うことのなかった俺の朝の挨拶を聞くと、志摩は途端に笑顔になる。
まるで今まで恥ずかしくて縮こまっていたことなんか、忘れてしまうぐらい。
そして俺の身体にしがみ付いては、今度は胸元に顔を擦り付けて甘えて来る。
最初に「自分は猫だ」と嘘を吐いていたことが本当に思えてしまうぐらい、こういう時の志摩は産まれたばかりで何も出来なずに親の傍にくっ付いている小さな猫みたいだ。
「隼人ー…。」
「な、何…。」
その上目遣いで見つめてくるのも、俺のパジャマをぎゅっと握って離さないのも。
志摩がすることの全てが可愛くて、一度は治まりかけた思いが、また熱を持ち始める。
「イチャイチャしたいですー…。」
「何言って…。」
「だってー…せっかく早起きしたんだもんー…。お揃いで早起きなのにー…。」
「お揃いってな…。」
それでもさすがに完全に理性が消えてしまうわけではなかった。
あと数十分したら本当に起きなければいけないし、朝からそんな行為に傾れ込むなんて、良識ある大人としてはどうかと思うところだからだ。
しかしそれをも消し去ってしまったのは、志摩の台詞だった。
「だって…昨日も早く寝たし…ずっとイチャイチャしてないんだもん…。」
「志摩…。」
「隼人が疲れてるのはわかってるけど俺……ん…んう?!」
「いいよ…。」
志摩の望む「イチャイチャ」の内容がどんなものか、俺にはわかっていた。
昨日も早く寝た、その言葉の意味が深いものではないということも、もちろんわかってはいるつもりだった。
俺が疲れているというのも、そんなつもりで言ったわけではないことも…。
「あ…あの……隼人…?」
「イチャイチャしたいんだろ…?」
突然の激しいキスに、志摩はぼんやりとしていた目を大きく見開いた。
そこで驚いたところで、もう遅いのに…。
可哀想になりながらも可愛くて仕方ないと思わせてしまうのは、志摩だけが成せる業とでも言うのだろうか…。
「でもちゅーはあの……えっ、あ…えぇっ?ん……んんっ!」
「どうしたんだ…?」
「あの…っ、俺あの……っ、あ…ひゃ…!ダ、ダメぇ…っ!」
「ダメ…?」
繰り返しキスをしながら、俺は志摩のパジャマの裾を捲り、そこから手を突っ込んで直に触れた。
温かくて柔らかい志摩の肌が、吸い付くように俺の手に馴染む。
それはまるで、触れて欲しいと待っていたかのようだ。
「は…隼人……っ。」
「イチャイチャしたいんだろ…?」
「あ……でも…っ、ダメです…っ。」
「志摩が自分から言ったんだろ…?」
「でも…っ、あ、朝からあのっ、そういうのは…っ!明るいのにそういうのは…っ!」
「そんなの関係ない…。」
「でも志季と虎太郎が…っ、ご飯が…っ。」
「それもどうでもいい…。」
志摩は何とか言い訳を並べて、俺から逃れようとしていた。
ここで逃がしてやれば、優しい奴なのかもしれない。
志摩を汚さずに済むかもしれなかった。
だけど俺は知ってしまっていた。
逃れようとしても、その小さな身体が逃れられなくなっているということに。
ほんの僅かに触れただけで、敏感に反応するようになってしまったということに。
「おかしいな…志摩のここはダメだなんて言ってないのに…。」
「わ…ひゃあん…っ!あっ、やぁっ、隼人…っ!」
俺は志摩の下半身に手を伸ばし、熱を帯び始めたそこをぎゅっと包み込むように握り閉めた。
先端を指先でそろりと撫でると、すぐにそこから冷たい何かが滲むのを感じた。
「ダメじゃないよな…?」
「う……っ、ふぇ……。」
もうここまで来れば、志摩は完全に逃げられなくなる。
後は俺にされるがままになって、甘い声を聞かせてくれる。
俺はそうなることを望んで、仕向けて、自分の我儘を叶えてしまうのだ。
申し訳ないと思いながらも止められないのは、志摩の身体がいやらし過ぎるからだ。
そんな風に志摩のせいにでもしなければ、俺は罪悪感でやっていられなくなるだろう。
「志摩…エッチしたい…。」
「は、隼人……っ。」
志摩が涙を滲ませながらしがみ付いて来たのを合図に、俺は触れている手を激しく動かした。
カーテンで締め切って薄暗い部屋の中で、時間も何もかもを忘れて味わう志摩の身体は、それはもう甘過ぎるぐらいで心の中も腹の中もいっぱいで、ご飯なんか本当にいらないと思ってしまった……。
***
「…と、隼人…、隼人ー…?」
「ん……。」
「隼人、大丈夫ですかー…?隼人、隼人ー?」
「ん……?あ……。」
気が付くとそこには、心配そうにして俺の顔を覗き込む志摩がいた。
脱がせたはずのパジャマはしっかりと着込まれていて、涙を滲ませて俺の腕の中で甘い声を上げる志摩はどこにもいない。
「すっごいうなされてたよ…?」
「うん……。」
「大丈夫ですかー?」
「うん……。」
それほど熱くなっていない志摩の手が自分の額に触れて、今までのことが全部夢だったことを悟った。
それはそうだ…あんなことを現実にするわけがない。
おまけにこの俺が志摩に向かってあんなに饒舌に恥ずかしい台詞を言うわけがない。
あんな夢まで見てしまうなんて、俺は欲求不満の中学生か…。
俺は想像でも自分がしてしまったことに罪悪感を覚え、志摩の顔がまともに見れなくなってしまった。
いや…想像だからこそ、覚えてしまったのかもしれない。
志摩の知らないところで志摩を汚してしまったことが、とてもいけないことのように思えた。
「えへへー、よかったです…!でも隼人疲れてるんだよね?」
「そうかな…。」
「そうだよー!毎日お仕事してるもん!お、俺はほら、何もしてないし…。」
「別にそれは…。」
俺は志摩に働いてくれとも学校に行けとも何かをしろとも言っていない。
志摩がしたいことをすればいいし、したいことがなければ何もしなくてもいい。
ただ俺の傍にいてくれればそれでいい。
「今日は土曜だし、ゆっくり休んでね…!」
「そうか…土曜か…。」
だけどそれは、志摩にだけ求めるのではダメなのだ。
俺が志摩に対してそう思うように、志摩も同じように考えているとしたら…。
俺よりも寂しがりやで甘えたがりな志摩が、この現状に満足しているとは思えない。
頭が悪い志摩だけれど、俺のことにかけては人一倍鋭い志摩だ。
「寂しい」だとか「傍にいて」なんて言ったら、俺が困ると思って口にするのを我慢しているのだ。
「今日の朝ご飯は何にしよー…?隼人は何がい……隼人…?」
たとえばこれが、俺の想像だとしても。
たとえば志摩がその思いをずっと口にすることはないとしても。
「ど…どうしたの…?やっぱり疲れて…。」
「うん…。」
疲れているのは、この一週間志摩に十分に触れることが出来なかったから。
そんなものは今ここで志摩に触れられれば、すぐにでもどこかへ飛んで行ってしまう。
俺はそんな自分の情けなくて女々しい感情を押し殺すかのように志摩の胸元へ顔を埋め、その温もりを頬で感じた。
「うんと、ご飯!栄養のあるの食べれば元気に…。」
「いい…それより志摩…。」
「は、隼人…?どうしたの…?なんか今日…。」
「どうもしない…ただ…。」
俺が甘えることは滅多になくて、志摩はおろおろとして戸惑っているみたいだった。
それでも志摩が胸元にある俺の頭も背中に回された手も振り解くことをしなかったのは、さっきの俺の想像が当たっていたせいだと思う。
俺の行為に応えるようにしてしっかりと回された志摩の手は、夢の中よりもずっと熱くなり始めていたから。
「イチャイチャしようか…志摩…。」
END.