specials─キリバンリクエスト「スィート・ラブ・ポーション」水島家バージョンです。
それはある日の夜、仕事から帰ってご飯を済ませ風呂に入り、寝るまでの間ソファで寛いでいる時のことだった。
ソファとテレビの間にあるテーブルに置いておいた携帯電話が鳴り、液晶画面を見るとそれは藤代さんからだった。
もし志摩のいる前で出来ない話だったら困るかと思って、俺は用心のために疚しいこともしていないのにダイニングへ移動した。
その妙な勘は当たっていて、どうやらシロがおかしな液体…いわゆる媚薬みたいなものを間違って飲んでしまったという電話だった。
「…っつーわけなんだ、どうすればいいんだ?」
「あの…すいません、何で俺にそんなこと聞くんですか…。」
「仕方ねぇだろっ!男の恋人がいてそういう趣味があんのってお前だけなんだよっ!」
「ちょ…っ、お…俺は別にそんな趣味なんかないですよ…!」
藤代さんは俺みたいな人付き合いが苦手な奴でも、知り合った当時から構ってくれていた。
今では仕事こそ別々になったものの、志摩とのことがあってからは、付き合いは深くなったような気もする。
確かに藤代さんの恋人のシロは男で、俺の恋人の志摩も男だ。
そして俺はその惚れ薬…志摩へは「魔法のくすり」なんて言って誤魔化して使ったのも事実だ。
だけどいくら世話になっている藤代さんだからと言って、その言い方はないだろう。
俺は別にそういう趣味の人間なわけではないのだ。(…と自分では思っている。)
「いいから教えろっ!どうすればいいんだっ?!」
「逆ギレしないで下さいよ…。」
電話の向こうの藤代さんは、俺に八つ当たりのように喚いていた。
溜め息混じりに何とか宥めようとするけれど、もう手遅れというやつだ。
逆ギレをする藤代さんも、その藤代さんの恋人のシロも…。
「さっさと言えっ!じゃないとお前の色んなことシマたんにバラすぞ?!」
「お…脅しですかそれ…。」
「ああそうだ!脅しだっ!何が悪いっ!」
「あの…よくはわからないんですけど…。」
「だから何だよっ!」
「その…何て言うか…だ、出せばいいんじゃないんですか…?」
「は?出す?何をだ?どうやってだ?!」
「だからその…治まるにはその成分を出すしかないかと…。出すまでそういうことをすればいいんじゃないか、ってことを言ってるんですけど…。」
あんまり詳しく言うと余計そういう趣味だと思われてしまう。
しかし藤代さんが困っているのも、シロが大変なことになっているのも助けたいのは山々だ。
間接的な言い方をして誤魔化そうとしたけれどどうにも伝わらなくて、仕方なく俺はその対処法をボソリと言ってみた。
「やっぱそれしかねぇのか…。」
「いや…まぁよくは知りませんけど…。」
「嘘吐くんじゃねぇよ、お前はいっつも使ってるだろうが。あっ!まさかお前面白がって教えないだけじゃねぇだろうな?!んなことしてみろ、タダじゃおかねぇ…。」
「へ、変なこと言わないで下さいよ…!俺がそんなことして何になるって言うんですかっ?それにいつもなんか…。」
俺がいつもそんなものを使っていると思われていたなんて心外だ。
確かに一度きりで止まらず、何度か使ったことは認める。
この先も使うのを止める自信も、ハッキリ言ってしまえば…ない。
だけど俺は藤代さんを面白がっているつもりもないし、意地悪をして教えていないわけでもない。
俺が意地悪をして楽しいのは、ソファの上にちょこんと乗ってテレビに夢中になっている志摩だけなんだから。
「あーもうわかった!じゃあな!お前はシマたんと楽しんでくれっ!」
「意味がわかんないんですけど…。じゃあ失礼します。」
藤代さんは本当に意味のわからないことを言って、さっさと電話を切ってしまった。
それほどまでに慌てていたのかもしれないと思うと何だか同情さえ覚えてしまって、俺はそれ以上何もせずにリビングに戻り、電話を元の場所へ置いた。
「ねーねー隼人ー。」
「何?」
黙ってテレビを観ていた志摩が、電話を置いた途端口を開いた。
俺を見つめる大きな目がクルクルと動いて、まるで猫みたいだ。
「今の亮平くん?」
「え…あぁ…。」
「シロどうかしたの?」
「いや…別に……。」
俺は油断してしまったのかもしれない。
志摩は一つのことしか出来ない単細胞だから、自分以外の人間に掛かって来た電話のことなんて気にもしていないのだと。
あんなにテレビに夢中になっていたから、少し離れたところでされていたあんな会話なんて耳にも入っていないと思っていたのだ。
「でもシロが出た?とか何とかって…。」
「そ、そんなこと言ったか…?」(っていうかまだ出てないけど…)
「言ったよー!隼人、やっぱり何かあったんじゃないの?!」
「いや、何も…。」(何もないわけはないんだけど…)
「だってシロって言ってたもん!何か大変なことがあって亮平くんが困ってかけて来たんじゃないの?!」
「あー…だからそれは……。」(それは…その通りだ…どうしよう…!)
しまった……。
そこまで聞かれていたなんて…俺は本当に油断してしまっていた。
普段は鈍感でバカなくせに、どうしてこういう時だけ鋭いんだ…。
「隼人ー…。」
「だ…だからその…。」
そうやってじーっと見つめられたら、嘘なんか吐けなくなってしまう。
黒く濡れた瞳があまりにも透明で綺麗で、嘘なんか吐いたら志摩そのものが汚れてしまう気がして…。
「シロは…?隼人、シロはー…?」
「あ…だから熱が…。そう、シロが熱を出したらしくて…。」
「えぇっ!そ、そうなの?!」
「そうだよ…。それで温かくして汗とかの水分を出せば熱の症状が治まるんじゃないか、って言っただけだ…。」
「そっかー…そうなんだ…。シロ大変だね…。」
「ま、まぁ藤代さんがついてるし…大丈夫だろ…。」
嘘…は言っていないよな…?
志摩が変なことを知らないように、脚色しただけだよな…?
俺は自問自答を繰り返しながら、何とか誤魔化すのに成功した。
「そうだ!俺、お見舞いに行きたいですっ!」
「……え?」
「だってシロが熱なんて心配だもん…!ねーねー隼人、お見舞い!お見舞いに行っちゃダメですかー?」
「そ、それは…。」
今藤代さんの家では、それこそ大変なことになっているはずだ。
訪ねて行ったとしてもセックスの真っ最中に出て来るわけがない。
そんなことになったら、余計志摩は心配してしまうだろう。
仮に(絶対ないと思うが)出て来たとしても、そこで藤代さんが本当のことを言ってしまったら…。
そうするとイモヅル式に繋がって、俺が志摩にしていることもバレてしまうかもしれない…。
そんなことになったら今までの努力が水の泡になるだけじゃなく、俺は志摩に嫌われてしまうかもしれない。
何としてもそれだけは避けなければいけない。
「隼人ー…?」
「も…もう遅いからダメだ。」
「えー?でも…。」
「熱で苦しんでるなら余計迷惑だろ?明日俺も一緒に行ってやるから。」
「うー…。夕方ってこと?それじゃあ遅いです…。俺、一人でも行けます!」
「わ、わかった…!明日の朝藤代さんに電話して聞いてやるから!それでいいって言われたら一人で行って来ればいいだろ?」
志摩は思ったよりもしつこくて、阻止するのがなかなか大変だった。
だけどこの時俺の頭の中はもう、別の場所へ行きつつあった。
電話なんてもちろんするわけがない。
そんなものは掛けた振りでもして「やっぱりダメだった」と言って適当に誤魔化せばいい。
そんなことよりも俺は、ソファの上に正座をして俯いて膝の辺りを掴んで考え込んでいる志摩が可愛くて、きゅっと結んだ唇に触れたくて仕方がなかった。
「うー…わ、わかりました…。」
「志摩…わかったなら…。」
ようやく納得してくれた志摩に手を伸ばし、髪を優しく撫でて抱き締める。
今日の入浴剤のいちごの甘酸っぱい香りが俺の鼻を掠めて、思わずドキリとする。
まるで志摩自身が果物になってしまったように、美味しそうに見えてしまった。
「あ……ダ、ダメです…っ!」
「え……!」
触れようとした唇を志摩の小さな手が塞ぎ、キスをしそびれてしまった。
しそびれたというか…これは拒絶されたのだろうか。
いつもなら何だかんだと言いながら俺を受け入れる志摩が、俺の誘いを拒絶したなんて…。
(↑表情には出さないが相当なショックを受けている)
「だ…だってあの…っ、朝からシロのところに出掛けるかもしれないし…っ!」
「志摩…。」
「あっ、あの…だって…立てなくなると困ると思って……っ。」
「な……に言って……。」
(↑表情には出さないが心の中は真っ赤)
「あっ!ご、ごめんなさいっ!お、俺何言って…!!は、恥ずかしいよー…!」
「バカ……。」
恥ずかしいのは俺だ。
そんなことを真っ赤な顔で言われたら、手なんか出せなくなってしまうじゃないか。
それが意図的にやっていたなら無理矢理でも抱いたところなのに、これだから天然というのは困るんだ。
「ご、ごめんなさいです…。」
「もういいよ…。」
「あっ、あのでもちゅーは…その…、ちゅーはしたいです…。」
「バカ……。」
これ以上好きになるわけがない。
そう思っていても、時間が経てば経つほど、一緒にいればいるほど俺は志摩を好きになっていく。
志摩そのものが、志摩と交わす蕩けるようなキスが、俺にとっての媚薬で、「魔法のくすり」なのかもしれないと思った。
END.