only sweetest.winter 2006-2007「new year's greetings」の洋平×銀華編です。
洋平は時々、おかしなことを言い出すことがある。
そしてそのことに馬鹿みたいにこだわって、私の言うことなど聞かなくなるのだ。
それは私にとっては理解不能なことがほとんどだった。
「ふふふーん…♪」
年の瀬も迫った冬のある日のことだった。
その日洋平は仕事が休みの日で、いつものように朝食を済ませた後、何やら鼻歌を歌いながら小さな紙切れを広げて楽しそうにしている。
「ん?どうしたんだ銀華?」
「いや…随分と機嫌が良いと思ってな…。何をしているのだ。」
「あぁ、年賀状だよ。ほら、去年も見せただろ?もう元旦には間に合わないかもしんねーけど。」
「年明けの挨拶状か…。」
「ま、まぁ難しく言えばそんな感じかな…。」
「成程な…。」
洋平はよく、周りからは物分りがいいだの大人だのと言われる。
実年齢に見えないだとか、落ち着いているだとか…。
しかし私に言わせればまったくもって逆だ。
私の知っている洋平は子供のように無邪気で、どちらかと言えばシロや志摩に近いように見える。
下らないことにはしゃいで、落ち着いているどころか逆に落ち着きがないと言ってもよい。
「あ、銀華も書くか?余分に買ったから葉書もあるし。」
「わ、私はそのような物は…。第一誰に出すと言うのだ…。」
「えー?書こうぜー?シロとか志摩に出せばいいだろ?」
「悪いが遠慮しておく…。」
たかが挨拶状に心を弾ませる洋平の気持ちは到底わからない。
しかし楽しんでいる洋平を見るのは嫌ではない。
私はただそれを見ていようと思っていたのに、洋平は葉書を差し出して私に筆まで持たせた。
「んじゃ書かなくていいからここ…、ここに名前書いてくれよ。」
「な、何を言って…。」
「あ、安心しろよ、それシロに出すやつだから。あっ、こっちは志摩な?それでー…。」
「ば、馬鹿者…っ!そのようなことが出来るか…っ!!」
水仕事で少しだけ荒れた洋平の指が差したのは、洋平の名前が書かれたところのすぐ下だった。
ここに私の名を書けと言うのか…?
それではまるで私が洋平の連れみたいではないか…。
確かに洋平とは恋人同士だが、そのような恥ずかしい真似が私に出来るわけなどない。
「えーっ?なんでだよ?」
「そっ、そのような…、め…夫婦のようなことは…。」
「え…いいじゃん、夫婦みたいなもんだし…。」
「ばっ、馬鹿者…っ!!そのようなことを堂々と言う奴があるか…っ!!」
洋平がなぜそう恥ずかしげもなくそのようなことが言えるのかも、私には理解出来ない。
おそらく一生を共にしてもわからないだろう。
私は嫌だと何度伝えても、面白がるかのように言い続けるのだ。
それが無意識なものだから、ある意味妙な才能を持ち合わせているような気さえして来る。
「お願いっ!書いて!頼むよ銀華ぁ~。」
「な、情けない声を出すな…!く、下らぬことで…。」
「下らなくねぇよ!!俺にとっては大事なんだっ!だって俺にとって銀華は大事な人だからな!頼むよ銀華ぁ~、なぁお願い!書いてくれよ!!」
「な、必死になっているのだお前は…!わけがわからぬぞ!ま、まったくお前は……。」
しかし何だかんだ言っても、私は洋平には敵わない。
真っ直ぐで汚れのない目で見つめられてしまったら、断ることなど出来なくなるのだ。
しかもここで断ってしまえば、私が悪いことをしているかのような気分にさせられるのだから質が悪い。
「か、書けば良いのだろう…?」
「うん!やったー、サンキュー。」
大きな犬みたいにはしゃいで、本当に我儘で子供で、困った奴だと思う。
しかしその我儘に付き合わされるのも悪くないとも思ってしまうのだ。
なぜならそれが私の持っていない、洋平の魅力でもあるのだから。
「あ…、ぎ、銀華…!」
「な、何だ…ちゃんと書いたではないか…。」
「いや…あのそれ…、銀華じゃなくて金華になってんだけど…。(右忘れてる…)」
「え………!!」
私は馬鹿だ…!
洋平のことなど言えない程、十分に馬鹿だ。
洋平のことを考えて気を取られ、自分の名を書き損じるなどと…恋に惚けているとしか思えない。
「き、気にするなよ…っ!うんっ、誰でも間違いはあるしなっ!ま、まままだ葉書あるし…っ。」
「我慢などせず笑いたければ笑ったらどうだ…。」
「いやそんな…笑うつもりなんて…っく…。ご、ごめ…。」
「ふんっ、そこまで身体を震わせて白々しい。」
洋平は隠し事というものが出来ない。
すぐに顔に出るし、行動にも出てしまうのだ。
いくら私のためだと言って堪えてくれていようとも、そこまでわかるぐらいなら思い切り笑われた方がまだましだ。
「拗ねるなよ~。」
「す、拗ねてなど…っ!」
私は絶対に感情を表に出さない自信があった。
しかし洋平だけはすぐに見破ってしまう。
怒っていても拗ねていても喜んでいても、何時でも私のことを見透かしているのだ。
「それこそ白々しいだろ?こーんな頬っぺた膨らましちゃってさ。」
「な、何をする…っ!!」
私は意地でも認めないと頑なに顔を背けていると、突然頬に何かが触れた。
柔らかくて温かい、洋平の唇…。
このような恥ずかしい真似をされると、どう反応してよいのかすらわからなくなる。
「これ、もらっていい?失敗したやつ…。」
「い、今はその話をしているのでは…。」
「でもあんまり可愛いからキスしたー、なんて言ったら怒るんだろ?」
「馬鹿者…っ!もう言っているではないかっ!お前の気遣いは余計なのだ…っ。」
だから話を逸らしたと言うのか?
頭が悪いくせにこのような時だけは頭が働くのだな、お前は…。
私はそんなお前の思考にはついていけない時もあるが、そんなお前が心から好きだと思うのだ…。
「あー…、これ宝物にしようっと。」
「た、宝という程の物ではないだろう…。早く破棄してくれぬか。」
「やだねー。俺にとってはすげぇ宝物だぜ?だって銀華の年賀状だもんな。御守り代わりに持ち歩くことにするよ。」
「馬鹿者…それはお前が書いたものだろう…。」
失敗した紙切れを持ち歩く奴などがいるものか。
本当に困った奴だが、私はきっとこの人間と来年も一緒にいる。
来年だけでなく、その先もずっと…。
そんな祈りと幸福を噛み締めながら、私は顔を背けたまま筆を走らせた。
END.