「ウィンター・レイニー・ディ」シロ視点のおまけです。
その日は夕方から雲行きが怪しかった。
オレは一人で、朝を待っていた。
オレの大好きな人は今、オレと初めて会った場所にあるコンビニで働いている。
「うぅ、眠い~…。」
ゴシゴシと瞼を擦りながら、眠気に耐える。
さすがに一人だと字を書くのにも飽きてきて、夜明けよりも前に眠くなってしまう。
でもオレは元猫で、人間が出来ることは何ひとつできない。
働くこともしないで、ただ家の中にいるだけ。
そんなんで…いいのかな…。
亮平だって金持ちってわけでもないのに、オレが増えたから食費だって倍になっただろうし…。
オレが猫だった時も一番安い猫缶をたまにくれるぐらいだったし。
しかもオレは元猫のクセに甘いものとか好きで、時々買ってもらったりしてるし。
そんなに食べるくせしてちっとも太らないし。
オレは…役に立ってる?
不安に駆られながら、いつものように風呂場へと向かった。
これは時間とお湯の量を決めてあって、スイッチを入れるだけだから誰でもできる。
元猫のオレに出来る、唯一の仕事だ。
でもなんかもっと…、役に立つことってないのかな…。
ピッ、とスイッチが鳴ったのを耳で確認して、オレはまた部屋に戻った。
亮平には悪いけれど、今もし雨が降ってきたら、傘を持って迎えに行けるのに。
それできっと亮平はありがとう、って言って笑ってくれるんだ。
オレの大好きな、笑顔。
亮平の笑顔を見られたら安心するのに…。
雨…降らないかな……。
ザァァ───…‥。
雨が降る音が聞こえる…。
あれっ?雨?
雨、降ってる?
っていうかオレ、いつの間にか寝てた!!
急いで窓を開けると、半分だけオレンジ色に染まった空から大粒の雨が落ちてきていた。
バカ!オレ、何やってんだ!!
こんな時に寝るなんて…せっかく役に立てると思ったのに。
でももしかしたら傘なくて帰れないでいるかもしれないよな…?
オレは夢中で、コートも着ないで傘だけ持って家を飛び出した。
ザバァ────ッ!!
「うわぁっ!」
アパートの階段を降りて勢いよく道路に出た途端、一台の車が通って見事に水をかけられた。
オレは頭からつま先までびしょびしょになってしまって、当然傘もダメになってしまった。
どうしよう…。
こんなんじゃオレ「なんにもできない」って、嫌われたらどうしよう。
せっかく好きになってもらえたのに…。
亮平、ごめん……。
「じゃあ、今度またこういう日あったら迎えに来いよ。」
あの後亮平はちゃんと傘をさして帰って来た。
迎えに行ったはずのオレの方がびしょ濡れで、オレの方が出迎えられてしまった。
なのに笑って「ありがとう」って言ってくれた。
それから色々してしまって綺麗になって…、今は二人で布団の中にいる。
オレは失敗したのに、亮平はそんな風に言ってくれる。
それで髪を撫でてくれて、抱き締めてくれて。
「待ってるから、な?」
あ……。
オレの額に軽く触れるぐらいのキス。
オレは愛してもらう時の変になってしまうようなキスも好きだし、こういうのも好きだ。
亮平がしてくれることならなんでも好きなんだ。
「うん、そうする…。」
オレはその腕の中でぎゅうっとしがみ付いたまま、呟いた。
離れたくなくて。嫌われたくなくて。
雨は濡れるし寒いし、あんまり好きじゃないけど、早くまた雨の日が来て欲しい。
そしたら亮平を迎えに行って、二人で雨に濡れた朝の道を歩くんだ。
きっとまた亮平は「ありがとう」って言って笑ってくれるから。
「なんだシロ、もう寝たのか…。」
大好きな、その声で。
END.