「innocent baby」亮平視点のおまけです。
それは水島が、コンビニを無断欠勤した日のことだった。
だいだい同じ時間帯に入っている俺は、出勤時間になっても来ない水島に電話をした。
それでもあいつは出ることもなく…それどころかその後は電源まで切っていた。
何か事故でもあったんじゃないよな、と心配になったんだが…別の可能性も考えていなかったわけではない。
仕方なく俺は一人で仕事をして、水島の分の時間、一時間だけ遅くまで残った。
特別混むでもなく、運よく大嫌いな店長もいなくて、何事もなかったからそれはそれで済んだことだった。
夕方になって俺が帰宅すると、その水島の恋人のシマがうちにやって来た。
俺とシロが一緒に帰って15分ぐらいした時で、玄関先でドア越しにシマの声がしたのだ。
「亮平くーん、あのね、醤油あるー?」
インターフォン鳴らせばいいものを、外で高い声出して間抜けとしか言いようがないけれど、多分そこが可愛いんだろう。
しかも醤油を借りに来たなんて、お前はどこの主婦だ、と突っ込みたくなる。
シマはいつも水島のためにメシを作って待ってるらしい。
待ってると言えば…シマは水島の今日の無断欠勤の理由を知っているかもしれない。
「醤油?あるけど、シロ、持ってきてくれよ。」
「あ、うん!」
「わーいありがとー、今日は冷凍のを温めただけなんだけど醤油が…、う……。」
その時シマの顔が僅かに歪み、腰の辺りを押さえてぽんぽんと叩いている。
これはもしや…俺の考えていた別の可能性、というやつだろうか。
いつもはちゃんと作るのに、冷凍だとか言っているし、
よく見るとシマの瞳が充血している。
しかも首筋の辺りに紅い跡までつけているのを、俺は見逃さなかった。
「シマ、お前昨日…、ヤったろ?」
「ほぇ?何を?」
「だから、水島とやらしいことしたんじゃないのか?」
「えへ…、あの…わ、わかる?」
「そうかヤったか!」
「うん…あのね、は、隼人とエッチしちゃったの…っ!」
シマが素直なのはわかるけれど、ちょっとぐらいは否定してもらいたいものだ。
俺のほうが恥ずかしくなってしまう。
あの水島がどんな感じなのか想像もできないけど、ついにヤったか…なんて、なんだか俺は隣を見守ってるうちに親の気分に似た感じになっていた。
いや、親ならそういうのは嫌なものかもしれないけれど、俺としては二人がそうなったのは嬉しかった。
「あ、水島には俺にバレたってこと言うなよ?」
「え…?うん、わかったー。」
「ハイ、シマ、醤油~。」
シロが醤油を持って戻って来た。
シロとシマは元猫と人間だけどどこか似ている。
多分素直なところとか純粋なところとか、ちょっと間抜けなところとか…。
シロも自分の弟みたいに思ってるのか、可愛がってるみたいで、時々兄貴ぶるのが面白い。
それはそれで可愛くて、そこでまた好きな気持ちで溢れて、その夜はめちゃくちゃにヤってしまったりもする。
「シマ可愛い~、今日のその服、買ってもらったのか?」
「うん!えへへっ、隼人にねー買ってもらったー。」
お前のほうが可愛いぞ、なんてこと水島の前じゃ言えないけれど、シロは相変わらず可愛い。
それにしても水島の明日の反応が気になる。
気になるというか楽しみというか…あの水島が慌てふためくところなんて見たことがなくて、俺は心の中でニヤリを笑った。
「ほらシマ、水島待ってるだろ?」
「あっ、そっか!俺行くね、ありがとー!ばいばい!」
「ばいばいシマ~。」
この時俺は、なぜか隣には負けていられないという対抗心が湧いてしまった。
つまり今日は俺も、シロとするつもりだ。
俺もシロも明日は仕事があるから負担にならないようにする努力はするけれど、ハッキリ言って自信はない。
「シロ、こっち来い。」
俺はシロの腕を優しく引っ張り、部屋の中へと連れて行った。
END.