「永久性微熱」蛍視点の話です。
「蛍、ホラ、弟の椿ですよ。」
2歳の冬、弟というものができた。
その時は嬉しくて、可愛くて、自分のことを好きになってもらおうと、必死で自分の名前を教えていたらしい。
自分だってまだまともに名前を発音できないクセに。
「ほたゆの~、ほたゆの。」
椿は自分のものだ、と言いたかったらしい。
それは10年以上経っても変わらない。
「ほたゆ、まって、おいてかないで~。」
「じゃあてつなご、つばき。」
「こらっ!お兄ちゃん、でしょ?椿。」
兄のことを名前で呼ぶ椿に、母親はよくそんなふうに叱っていた。
自分よりも身体の小さい椿は置いて行かれないように一生懸命に走ってきて、その手をとるのが楽しみだった。
椿は自分のことを好きで、必要とされてるのがわかったから。
「兄ちゃん。」
名前で呼ばれなくなったのは、椿が背を追い越した頃だった。
もう手は繋がなくてもよくなった。
本当は、その手を必要としていたのは自分だったのだ。
この性格は損だとは思ったことはないが、時々嫌になることがあった。
周りには穏やかで優しいお兄ちゃん、と思われていたけれど、だからこそ物事をハッキリ言うことができず、椿が羨ましく思うことがあった。
そんな椿の態度は、歳を追う毎に変化していった。
小さい頃はよく一緒に遊んで一緒にお風呂に入って、一緒に寝ていた。
それが成長と共になくなるのは当たり前だと思ったけど、いつしか話し掛けても気の乗らない返事をされたり、視線を逸らされていた。
近年では兄ちゃん、という一般的な呼び名さえ聞けなくなった。
その中で別の方向に変化している椿を見つけた。
逸らされた視線の後、自分を見つめる微かに熱い視線。
その視線が心臓の中まで突き刺さって、眩暈がして、発熱したような感覚に陥った。
そこから全身へと熱が伝わって、冬なのに身体が火照っていた。
多分椿は、こちらがそのことに気付いていることは知らない。
蛍…。
幼い頃の呼び名を脳内で現在の椿の声に変換する。
再びそう呼んで欲しかった。
必要とされたかった。
好きだ、と思った。
多分じゃなくて、決定的に好きだと思った。
それからはずっと、熱が上がったままだった。
「どれでもいい、お前が食わせてくれんならな。」
激しいキスに眩暈と共に痺れまで起こした。
出来るなら、その唇からすべてを奪って欲しい。
もう死んでもいい、そう思った瞬間、身体が突き飛ばされていた。
「ありがと、椿…。」
こんな場面で、なぜかそんな言葉が口から零れた。
違う…勇気がなくて、こうしてくれるのを待っていたんだ。
告白をするきっかけを椿が作ってくれるのを、ずっと待っていたんだ。
卑怯だと思う。
汚いと思う。
「視線が痛くて、どうして痛いのか考えたら、好きだってことがわかった。」
「兄ちゃん…。」
こんな風にしてもらわないと告白もできないなんて、情けない。
でもここでもし最後まで言ったら、椿は望んでいた呼び名で呼んでくれるだろうか。
「ずっと好きだった、椿。」
椿、お前が俺の弟ってことは俺が一番よくわかってるよ。
でも…それでも好きならどうしたらいい?
同性でも、兄弟でも、お前が好きならどうしたらいいか、俺にはわからないから、お前が教えて…。
「お前の弟で、蛍、俺は…、蛍…。」
震える声で名前を呼ばれて、自分が支配される気がした。
耳の中でその声が響いて、全身を犯されるようなおかしな気分に浮かされた。
「蛍、お前が好きだ。」
抱き締められて、これが現実だということがわかった。
この腕を離したくない。離さないで欲しい。
ごめん、椿。
お前にこんな周りを裏切るようなことさせて。
でもごめん…好きだから傍にいて。
頬に椿の手が触れて、優しいキスを交わした。
この唇も、身体も、あの時から発熱したまま。
END.