BLACK AND WHITE CHOCOLATE






「じゃあ今日の風紀委員会はこれまで。」

締まりのあるキリリとした声。
知的さを表している端正な顔立ち。
委員長という役職に就くだけの人望と信頼。
これが憧れないでいられるわけがない。
いや、憧れだけじゃなくて、だ。

今日も常盤先輩はカッコいいなぁ…。
うっとりとしながら、その姿を遠くから見つめた。
女の子にも人気があって、そんな人が自分と親しく、ましてや恋人になんかなってくれるわけがない。
たかが同じ委員会の後輩の一人なのだ。
話したこともほとんどないのに。
きっとずっとこれからも見てるだけなんだろうな。
告白もできないで。

告白……‥。

明日は、バレンタインデー。
好きな人に、告白するきっかけを与えてくれる、一年に一度の大イベント。
街中の、デパート、大手スーパー、洋菓子店、コンビニまで、チョコレートが溢れる。
できるわけないよなぁ。
だって、常盤先輩も俺も、男だし。
何より、その相手はこういうイベントが大嫌いなのだ。
今日臨時で委員会が開かれたのも、明日のバレンタインデーに、チョコレート持込禁止令を徹底するためだ。
提案したのは常盤本人なのだ。


「はあぁ〜…‥。」

諦めを決意して、深い溜め息をついた。
下校途中、商店街を歩いていると、やっぱりどこの店も女の子で溢れ返っていた。
渡せない、告白できない、とわかっていても、 そういう光景を見ると、羨ましくて、さっきの決意も揺らいでしまう。
でも、禁止するわけだから、先輩も誰からももらわないってことだし、それならいいか。
自分を慰めながら、商店街の終わりまで来た。

――――え……‥っ?

そこには、恥ずかしそうに笑顔を見せる、常盤の姿があった。
可愛い、女の子と一緒に。
そんな顔、見たことなんかない。
彼女、だよね…‥。


「……‥‥っ。」

危うく泣きそうになって、走って自宅へ向かった。









気が重いなぁ。 行きたくないなぁ。
なんて思いながらも、休むことなんてできなかった。
それにちゃんと任務を果たせば、自分を知ってくれるかもしれない、という淡い期待もあった。
でも、もう無駄なんだけど。

長い長い一日が終わって、帰宅しようと、学校内の玄関に向かった。
自分のクラスの下足棚へ。
バタン。ガサガサ。
誰かいる? 辺りには、他の生徒は見当たらない。
そっと自分の下足入れを見た。


「と、常盤先輩…‥っ?」

気が動転して、思わず声を発してしまった。
そこには、自分の下足入れを開いている彼がいた。


「や、やあ、元気?成田くん…‥。」
「そこ、俺の…‥、いや、先輩俺のこと知ってるんですか…?」

ドキドキする。
目の前に、好きな人がいる。
今は自分だけを見て、話している。


「そ、それは、だって…、だって……、す、好きな人だもん!なんて、言っちゃった!」

あれ? なんか挙動不審??
いつもの常盤先輩じゃないみたいだ。
ん………?
聞き間違いじゃなかったら、今好きだ、と言われたような。


「うん、あの、僕、成田くんのこと好きなの!恥ずかしいっ。」

ぼ、僕??
な、なんか、変じゃないか?
な、なんか先輩、乙女チックじゃないですか??
つーか、恥ずかしいって言ってるわりには結構ハッキリおっしゃいますよね…?


「ずっとね、好きで、でも恥ずかしくて、声掛けれなくって、目があったりするともうドキドキしちゃって。」

こ、こ、これは世にいう…。
二重人格!!


「僕、委員長だしさ、チョコレート持込禁止令自分で言っちゃったから、 こっそりきみが帰る前に入れておこうとして…。」
「あ…、えっと…、その…。」

何を言っていいのかわからず、口をパクパクさせた。
でも先輩も俺を好きだってわかったんだし! 言わないと。言わないと…。
一世一代のチャンスってやつじゃないか!


「ごめんね。僕、男だし、気持ち悪いよね。嫌だよね…。う…っ。」
「いや!そんなことないです!!俺だって先輩のこと好きです!!全然嫌じゃないです、むしろ嬉しいですよっ!!」

常盤が泣きそうになって涙を浮かべたのを見てしまって、ついつい玄関で大きな声で告白していた。
うわっ。どうしよう。 恥ずかしいじゃん!


「ホント?」

常盤は一層瞳を潤ませて、見つめてくる。
どうしよう、カッコいい…。
なんかこんな、ちょっとどころじゃなく変わってる人ってわかったけど、気持ちは変わらない。


「は、はい……。」

真っ赤になりながら、返事をした。
いわゆる両思いってやつが決定した瞬間だ。


「ホント?わぁい嬉しい!成田くん大好き!好き好きー。」

常盤は満面の笑顔で、飛びつくように抱き締めてきた。
その広い胸に収まって、そこから彼の心臓の音が伝わってくる。
夢、みたいだ。
両思いっていうのと…先輩がこういう人だったっていうのは置いておいて。


「成田くん…。」
「先輩…?」

顎に常盤の手が触れて、唇が近付く。
これは、もしかして…。 ファ、ファースト……!!


「キス、していい…?」
「えっ、あ、その………、……っ。」

はい、の返事をする前に、常盤の唇が、自分の唇に触れて…。
それはもう見事に重なっていた。
こ、これがキス…。
どうしよう、気持ちいいかも…。


「………ん、んんっ?せんぱ…、何?ちょっ、ん…!」

舌が…!先輩の舌が俺の口の中に!!
これってディープキスってやつじゃないか!!
俺聞いてないよー!

「せんぱ…っ、無理っ、やめてくださ…っ。」
「なぁ、いいだろ?気持ちよさそうにしてるじゃねぇか。させろよ。」
「はぁっ、や…、ていうか…。」

も、もしかして! 二重じゃなくて多重!!
さっきまでと別人みたいに、意地悪で乱暴な言葉。
一体どれが本物なんだ?!


「なんならココでもっとすごいことしようぜ成田。」
「や…、やめ…。」

成田、とか呼んでるし!
俺の制服のシャツの中に、いつの間にか手入ってる!
先輩のことは好きだけど……。 こ、こんなところじゃいやだ!!
ってゆうか、手、早っ。


「やめ…、や、やめろーーーっ!!!」

どんっ!!
大きな音をたてて、 自分の力じゃないぐらいの勢いで、常盤を突き飛ばした。


「いたたた…。」
「あ、俺、ごめんなさい!!でも…。」
「あぁこちらこそすまなかった。つい嬉しくてね。」
「先輩…っ!」

そこには、いつも見かける常盤がいた。


「あ、あの、先輩は一体…?」
「あぁ、誰にも言ってないが、俺、極度の上がり症で、好きな人ができても、なかなか自分から何もできなくて…。うじうじした性格が生まれたんだ。」
「……。じゃ、じゃあさっきの恐いのは…。」
「あれは、その、舞い上がるとああいうのが出てきて…。」

えーと。
常盤先輩はカッコよくて、知的で、人望も……。
お、落ち着いて考えよう。
混乱した頭を押さえた。


「がっかりしただろう?」

常盤は悲しそうに呟いた。
その顔が本当に悲しそうで、自分に嫌われたと思っているんだろう。
でも。
こんなことで嫌いになる程、薄っぺらい思いなんかじゃない。
それに、自分だけが知っているのだ。


「嫌いになんか、ならないです。常盤先輩が、好きです…。」
「ありがとう…。俺もきみが好きだよ。」

ぎゅ、っと優しく抱き締められる。
今度は心地いい、心臓の音。


「あ、でも先輩、昨日の女の子は…。」
「あれは妹。チョコレート買いに行くのつきあってもらったんだ。そのー、禁止令も、きみにあげる人がいたら嫌だからっていう、丸きり私情で…。」

その胸の中で、昨日のあの女の子は誰だったのか、疑問をぶつけた。
彼女だと思い込んで落胆してしまっていたけれど。
そういえばお菓子屋の前にいたような…。
思いがけない言葉が返って来て、ビックリした。
そんな、嬉しいかも…、いや、かなり嬉しいぞ、これは。


「先輩…。」
「成田くん…。」
「あっ!キスはダメですっ!」

思わず自分の口元を塞いだ。
だってまたさっきの人格が出たら……。


「あぁ?嘘吐くんじゃねぇよ、したいクセに。」

って、出てるし!!
こ、ここはひとまず逃げるしかないでしょう!!


「無理です!ホント無理です!!」
「お前さっき好きだって言ったじゃねーか!!待てー成田!!」

玄関から学校の外へと、走りながら思った。
今まで知らなかった、常盤の色んな顔を、これから知っていけばいい。急がずに。
普段のみんなの憧れの常盤も、うじうじした常盤も、乱暴な常盤も……‥。

―――って、その前に…、一体何人いるんですか??










END?






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