番外編「はじめてのおるすばん」




「もう…だから言ったじゃないですかー。」
「今更そんなこと言われてもなぁ〜。」
「自業自得ってやつだな。放っておけ、桃。」

いつもと同じ朝、おいしそうなご飯を目の前にして、アオギはうーんうーんとうなりながら、頭を抱えていた。
僕はみんなの話していることが何なのかわからずに、アオギの膝の上で目をぱちくりさせていた。


「今日は一日、ちゃんとお仕事して来て下さいね?!」
「はいはいわかったよ、面倒くせぇなぁ…ったく。」
「お前って…ホンットに神様の資格ないよな…。」

僕の大好きなアオギは、猫の神様だ。
僕を魔法で今の姿にしてくれて、いつも一緒にいてくれる、大事なひと。
アオギのお仕事のことはあんまり詳しく知らないけれど、他の猫達にも魔法をかけたり相談に乗ったりしているみたいで、時々人間界に出かけて行く時は、僕も一緒に連れて行ってもらっている。


「そういうことだからシマにゃん、今日は一日青城様いないけど…。」
「う?」
「すまんなぁ…シマにゃんこー…。あー…この柔らかいのに一日触れねぇのかー…。」
「うん?」
「おれたちも別に意地悪してるわけじゃないからな?ただこいつが仕事しないからいけないんだ。連れて行ってもらっても構ってもらえないと逆に寂しいだろ?」
「うんと…、僕、おるすばんしてればいいの?」

僕がやっとこの話の内容がわかると、みんなは申し訳なさそうにしていた。
アオギがいないのは寂しいけれど、僕だって赤ちゃんじゃないんだ。
いつも一緒にいてもらっているんだから、一日ぐらい我慢できる。


「わかった!おるすばんする!アオギ、お仕事がんばってね!」
「シマにゃんこ…!な、なんて理解のある子なんだ…!おいお前ら今の聞いてたか?!」
「感動してないで反省して下さいよー、もう…。」
「ホントにな!お前が仕事ためなきゃこんなことになってないんだからな!」

僕はほっぺたにたくさんのちゅーを受けながら、アオギにぎゅっとしがみついた。
大丈夫だよ…たった一日だもん。
夕方になればまた、アオギに会えるんだもんね?
またこうしてそばにいてくれるんだもんね?


「あー…行きたくねぇ。」
「そんなこと言わないで下さいよぉー。」
「言っちゃダメだよーアオギ!」
「シマにゃんこがそう言うなら仕方ない、いっちょ片付けてくるか。」
「そうですよ!シマにゃんのことはちゃんとぼくたちが見てますから!ね?シマにゃん。」
「ねー?」

アオギは出かける時になってもブツブツと言っていて、なかなか出発しなくて、桃ちゃんと紅ちゃんが呆れていた。
僕だってちょっとは寂しいけれど、アオギはお仕事なんだ。
僕を飼ってくれていた志摩ちゃんと隼人くんも、毎朝お別れをしていたのを見ていた。
隼人くんはよくわからないけれど、志摩ちゃんはとても寂しそうだった。
だけど隼人くんが帰って来た時の「おかえりなさい」を言うのが楽しいんだって言っていた。
実を言うと、僕も一度そういうことをやってみたかったんだ。
アオギが帰って来て、「おかえりなさい」って言うのを。


「じゃあシマにゃんこ、行って来るな。」
「うん!行ってらっしゃいなの!」
「いい子にしてたらおみやげ買って来るからな?」
「わーい、おみやげー!おみやげ!アオギ大好きー。」
「俺も大好きだぞー。よし、ちゅーだ!行って来ますのちゅーするぞ!んー?」
「やーん、早く行かないとまた怒られるよー。」

僕の予想どおり、アオギは桃ちゃんと紅ちゃんに怒られて、文句を言いながらやっとのことで家を出て行った。
帰って来た時には笑顔でむかえてあげたいと、この時の僕はやる気満々だった。


「ぶーん、ぶーん。」

僕は部屋に戻って、アオギが買ってくれた車のおもちゃで遊んでいた。
アオギは僕に、一緒にいてくれること以外にも、たくさんのものをくれた。
僕の好きなお菓子やおもちゃを、たくさん買ってくれたんだ。


「ぷっぷー、ぶーん。」

でも一人で遊ぶのって、あんまり楽しくないんだなぁ…。
だっていつも遊ぶ時は、アオギも一緒だったんだもん。
子供の遊びなのに、アオギは僕よりも楽しそうに遊んでくれてたんだ。


「桃ちゃ…。」
「シマにゃん?どうしたの?ちょっと待っててね、お洗濯しちゃうから。」
「あ…えっと…、な、なんでもないの!」
「シマにゃん?」

僕は桃ちゃんに遊んでもらおうとして、いつもみんなでいる部屋へと行ってみた。
だけど桃ちゃんはたくさんの洗濯物を抱えてバタバタしていて、なんだかとても忙しそうだった。


「紅ちゃ…。」
「ん?どうした?あ、ちょっと待っててくれ、ここ流したら聞くから…。」
「う…ううん、なんでもない!」
「え……?シマ…?」

今度は紅ちゃんのところへ行ったけれど、紅ちゃんはお風呂の掃除をしていた。
僕は二人のところから逃げるようにして、元の部屋へと戻った。


「ぶーん…。」

アオギはいつも、忙しいのに僕の相手をしてくれていたんだね…。
お仕事があるのに、僕が遊んでって言っても断ったことなんかなかったよね。
嫌がることもなかったし、仕方なく相手をしてくれていたわけでもなかった。
本当にいっしょうけんめいになって、僕と遊んでくれていたんだ。


「アオギ、ごめんなさいなの…。」

いっぱいお仕事がたまっちゃったのも、きっとそのせいだ。
でもアオギは優しいから、僕のせいになんかしないんだろう。
アオギは絶対に怒ったりしないし、さぼっていた自分が悪いんだーなんて笑うんだ…。


「アオギー…。」

僕はそんなアオギのことが、大好きなんだ。
桃ちゃんや紅ちゃんには色々言われているけれど、僕にとってアオギは大切なひとなんだ。
でも僕がアオギを必要としているみたいに、他の猫達だってアオギを必要としているんだ。
だから時々はがまんをしないといけない。
いつも一緒にいられるんだから、ちょっとは他の猫達のために時間を使ってあげないといけない。
アオギのお仕事のことも、もっとわかってあげなくちゃいけないんだ。


「シマにゃーん、お昼ご飯だよー?」
「はーい!今行くー!」

なんだか僕は、志摩ちゃんの言っていたことがわかったような気がした。
いっしょうけんめいお仕事をして帰って来たひとに、「お帰りなさい」って言っておむかえする楽しみ。
僕はちょっとだけ大人になる決意をして、ご飯を食べに向かった。


「おにぎりにしたの。これならシマにゃん食べられるよね?」
「うんっ!ありがと桃ちゃん!」
「スープもあるぞ。熱いから気をつけてな?」
「ありがと紅ちゃん!」

アオギだけじゃない。
桃ちゃんも紅ちゃんも、僕にとても優しくしてくれる。
僕がお箸を使えないと思って手で食べられるおにぎりを作ってくれたり、具の細かいスープにしてくれたり…。
僕はこの家で、とても大事にされている。
それもきっと、アオギのおかげなんだ。


「午後はぼくたち魔法のお勉強があるから…、それが終わったら一緒に遊ぼうね。」
「うんっ!」
「ご飯の後は昼寝するだろ?後でちゃんと起こしてやるからな。」
「うんっ!」

僕はなんだかとっても幸せな気分になって、作ってくれたおにぎりとスープを残さずにおなかの中に入れた。

それから僕はお昼寝をして、約束どおり桃ちゃんと紅ちゃんに遊んでもらった。
その後そろそろ夕ご飯の支度をするという二人の邪魔をしないように、部屋を出て玄関に座り込んだ。


「シマにゃん?何してるのそんなところで…。」
「あっ、桃ちゃん!あのね、アオギ待ってる!」
「え…?青城様を…?でもここ寒いし…すぐには帰って来ないと思うよ?ね、あっち行ってよう?」
「や!待ってるのー!」

立とうともしない僕に、桃ちゃんはちょっとだけ困ったような顔をしていた。
アオギにもよく言われるけれど、僕はけっこう「がんこ」らしい。
自分でもわがままだなぁって思うこともあるから、直さないといけないんだけど…。


「じゃ…じゃあ毛布持って来てあげる!それに包まってるんだよ?服もいっぱい着てね?」
「桃ちゃん…。」
「そうだ!小さいストーブがあったから、それも持って来てあげる。風邪ひいたら青城様が心配するからね。ちゃんと温かくしててね?」
「うんっ!わかった!」

僕は桃ちゃんに持って来てもらった服を着て、毛布に包まった。
ちょっともこもこするけれど、ストーブの助けもあって、すごく温かい。
これなら絶対風邪もひかないだろうと、桃ちゃんと紅ちゃんに許しをもらって、玄関でアオギを待つことにした。


「アオギ…えへへ…。」

アオギ、僕いい子にしてたよ。
おみやげ、何買って来てくれる?
お菓子かな?おもちゃかな?それとも僕が見たこともないもの?
きっとアオギなら、僕の喜ぶものをプレゼントしてくれるよね?
あのね、帰って来たらいーっぱい話したいことがあるんだよ。
桃ちゃんと紅ちゃん、お家のことも魔法のお勉強も頑張ってたよ。
おにぎりとスープ、とっても美味しくて、アオギにも食べさせたかった。
お昼寝の後はね、僕もちょっとだけお掃除手伝ったんだよ。
それからね、二人が内緒で台所でちゅーしてたの。
僕が見てたの、気づいてないみたいだった。
いつももっといちゃいちゃすればいいのにね。
僕も早くアオギに会って、ちゅーしたい。
誰よりも先に「おかえりなさい」って言って、いっぱいぎゅってしてもらいたいな…。


「…マにゃんこ、おーい、シマにゃんこー?」
「んー…。」
「あれー?青城様、帰ってたんですかぁ?」
「んー…?」

あれ…?
おかしいなぁ…?
アオギに早く会いたいって思ったから、夢でも見てるのかな…?


「あぁ、たった今帰ったところだが…。」
「お仕事終わったんですね?お帰りなさい!」
「ん、ただいま。しかし…シマにゃんこはなんでこんなところで寝てるんだ?まさか追い出したんじゃないだろうな?」
「な、何てこと言うんですか!そんなわけないでしょう!シマにゃんが青城様を待ってるって言って…。」

え…?
え……?!
ぼ、僕もしかして…寝ちゃってたの?!
アオギと桃ちゃんの会話が耳に飛び込んで来て、僕はぱっちりと目を開けた。


「なんだ青城、帰ってたのかよ?」
「なんだとはなんだ?神様のお帰りだぞ。」
「あーはいはい、お帰りなさいませっ!」
「おう、ただいま帰りましたっ!まーったく紅は可愛くねぇなぁ!なぁシマにゃ…?」

二人の会話が聞こえたのか、今度は紅ちゃんも玄関までやって来た。
アオギが僕を抱いて心配そうに顔をのぞきこんだ時、がまんができなくなって涙があふれてしまった。


「う…ふえぇー…。」
「シ、シマにゃんこっ?!」

だって…僕が言うはずだったんだ。
アオギに一番に、「おかえりなさい」って。
そのために玄関で待っていたのに…。
せっかく毛布まで持って来てもらって、ずっと待っていたのに…。
なのに寝ちゃうだなんて、僕のバカ…!!


「うああぁーん、ふええぇーん…!」
「ど、どうしたシマにゃんこっ!寂しかったのか?ん?どうしたっ?!桃と紅にいじめられたかっ?」
「そんなことしてないですぅー!シマにゃんっ、どうしたの?そんなに寂しかったの?」
「えぇっ?!青城が帰って来てホッとしたんじゃないのか?」

僕はアオギの腕の中で、大きな声をあげて泣いてしまった。
桃ちゃんと紅ちゃんも心配をして駆け寄って来たけれど、しばらく涙は止まらなかった。


「シマにゃん、ごめんねぇ…。寝ちゃってたの気づかなくて…。」
「おれもごめん…。先におかえりって言っちゃったからな…。」
「う…ううんっ!違うの!僕が悪いの!」
「そうだそうだ、せーっかくシマにゃんこは俺の帰りを待ってたのによー。一番最初に言われたかったなぁーおかえりって。」
「うぅ…ごめんなさい…。」
「っていうか青城が言うように仕向けたんだろ?だけどシマには悪かった!この通りだ!」
「ホ、ホントにいいの!二人ともあやまらないでー!」
「シマにゃんこは心が広いなぁ、優しい子だ!さすが俺が惚れただけのことはあるなぁ、うん!」

その後夕ご飯を食べながら、なんとか誤解はとけたみたいだった。
いつもみたいに僕はアオギの膝に乗って、美味しいご飯を食べさせてもらった。
それからアオギがお土産に買って来てくれた、シロのお店のケーキも食べた。


「しかしシマにゃんこは健気だよなぁ…俺のためにおかえりを言いたかったなんて、俺は感動したぞ!」
「うん、だってね…。」
「だって?アオギが大好きだからーか?おいおい、嬉しいこと言ってくれるなぁー。よし、ご褒美のちゅーだ、交尾もするか?ん?」
「だってね、そしたら立派なおくさん、になれるんだもんね?アオギとラブラブになれるんだもんねー?」

だって僕は聞いちゃったんだ。
まだ猫だった時、志摩ちゃんと隼人くんが話していたことを。
隼人くんが帰って来て、志摩ちゃんが走って出迎えに行った時のこと。
隼人くんが照れくさそうに「おくさんみたいだな…」って呟いたら、志摩ちゃんが真っ赤になって喜んでいたんだ。
その後二人は玄関でいちゃいちゃしていたのを、僕は見ていたんだ。


「奥さん…人妻…新妻か…?フ…フフフ…エプロンなんていいよな…。」
「ん?どしたのアオギ?」
「青城様…また変なこと考えてませんか…。」
「桃、それ以上聞くのはやめておけ…。」

僕はまたおかしなことを言ってしまったみたいで、アオギはブツブツ言いながらニヤニヤしているし、桃ちゃんと紅ちゃんはまた呆れた顔をしていた。
でも何だかいつものみんなのこの感じが幸せで、僕はぎゅっとアオギにしがみついた。


アオギ、おかえりなさい。




END.




index/