「MY LOVELY CAT2」番外編「sweet punishment 3」




前々から志摩が落ち着きがない奴だということはわかっていた。
自分のことも出来ないくせに人のことばかり心配して、人の問題に首を突っ込んでは余計なことをする。
それで失敗をすると俺に泣きついて来て、どうしようもない奴だと。
そんな風に思うのとは裏腹に、志摩には変わらずにそのままでいて欲しいとも思っている。
何も出来ない、何も知らない、バカで単純で鈍くさい志摩でいて欲しい。
そのどうしようもないところがまた堪らなく愛おしいと思っている俺も、どうしようもないのかもしれない。


「志摩、ちょっとは落ち着いたらどうなんだ…。」

隣の家に住む志季が虎太郎と喧嘩をした、この日もそうだった。
俺が家を出た後すぐに大喧嘩になったというのは、満員電車の中で志摩からのメールで知った。
その後もいちいち途中経過をメールをして来ては、一人で大騒ぎをしていた。
それでも電話にしなかったのは、志摩なりに気を遣っていたのだろう。
そういうところまで健気で可愛いなんて思ってしまうのは、どうしようもない俺なら当然のことだった。


「だ…だってぇ〜…。」
「志摩がそこでそわそわしても仕方がないだろ…。」

仲直りをしたと知らされていたのに、実際帰宅してみるとまた喧嘩(と言っても痴話喧嘩だけど)が始まっていた。
その二人が帰って、夕食を終えてから、志摩はずっとこの状態が続いている。
リビングのソファに座っている俺の隣にちょこんと座っては立ち上がり、せっかく観ているテレビの真ん前をうろうろして邪魔をしてはまた座る。
これでは俺の方が落ち着かなくなってしまう。


「でも…気になるんだもんー…。あっ、そうだ!さっきのプリン!虎太郎が持って帰って来たやつ!忘れてっちゃったの!」
「あぁ…。」
「あれ渡しに行こうかな?!そしたら様子がわかるもんねっ?えへへ、俺にしてはいい考えー!ふんふーん♪」
「やめておけよ…。」

どうやら虎太郎はこの日から、シロの働くケーキ屋で一緒に働き始めたらしい。
志摩が最近こそこそしているのはすぐわかったし、すぐ後にシロの恋人である藤代さんから詳しい話を聞いたから、特別俺からは何も言うことはなかった。
志摩が虎太郎に対して抱いているのは元は飼っていた猫に対する母性みたいなもので、恋愛感情ではないということは明らかだったからだ。
いくら俺でもそこまでうるさく言うつもりもないし、言ったところでせっかく志摩が努力しているのを潰してしまうのが嫌だった。
それからそんな風に物分かりのいい恋人を演じていれば、志摩はもっと俺のことを好きになってくれる…そんな醜い考えがあったのも否定は出来ない。


「えぇっ?!なんでぇ?!隼人は心配じゃないのっ?せっかく仲直りしたのにまた喧嘩みたいになっちゃったんだよ?!俺は心配だよー!」
「別にそういうわけじゃ…ただ放っておいても大丈夫だって言ってるんだ。」
「放っておく?!そんなこと出来ないよー!隼人は虎太郎と志季のことはどうでもいいの?!」
「どうでもいいなんて言ってないだろ…。」

珍しく志摩は自分を通そうとして、俺に突っ掛かって来た。
普段ならこんなになる前におとなしくなるはずなのに、この時の志摩はやけに強情だった。


「だってそういう言い方だったもん!虎太郎は俺達にとっては子供みたいなものだったんだよっ?志季だって俺にとってはお兄さんみたいなものだもんっ!隼人はそんな二人を放っておくの?!」
「そうじゃないだろ…!!」

それも別に二人に対して恋愛感情なんかではない、ただの家族愛みたいな感情だということは、志摩の発言からもよくわかっている。
志摩が心の奥底から二人の心配をしている、志摩は優しい奴だから…そんなことは俺が一番よくわかっている。
わかっているつもりだったけれど、俺はつい怒りをぶつけてしまった。


「あ…ご、ごめんなさい…!あの…俺でも心配で…。」
「志摩にとって俺は何だ…。」
「……ほぇ?隼人…?あの…。」
「虎太郎が子供で志季がお兄さんで…?それだけか?何でそこでその二人しか出て来ないんだよ…。」
「あ…あの…、隼人あの…それって…や、やきもちですか…?」
「わかってるなら聞くなよ…。」

バカなくせに、こういう時だけはちゃんとわかるようになったんだな…。
俺が普段あまり見せない表情の変化が、志摩にはわかってしまう。
それはいつも俺と一緒にいて俺のことを見ていて、俺のことをよほど好きでなければわからないことだ。
もうそれだけで十分なのに…。
志摩の性格をわかっているのと同じで、志摩が俺を好きなのはわかっているんだから。
そう言い聞かせても止まらなくなってしまうのは、俺の悪い癖みたいなものだった。
もっと志摩を怒って志摩を泣かせてみたい…そんな密かな願望が生まれてしまうのだ。
相手がバカな志摩だからこそ余計に、気付かないのをいいことにその願望は大きく膨らんで実行に移してみたくなる。


「えへへー…隼人ー…。」
「何甘えてるんだ…。」
「だってー…嬉しいんだもんー……は、隼人…?」
「何?」
「あ、あの…もしかして怒って…。」
「わかってるなら聞くなってさっきも言ったよな…?」

俺の膝の上に乗ってごろごろと頬を擦り付けてくる志摩の表情が、一瞬にして変わってしまった。
本当はもう怒ってなんかいないのに。
甘えられて嬉しいはずなのに。
どうして俺は願望を…いや、欲望を止めることが出来なくなってしまうのだろう。


「ご、ごめんなさいです…!俺、ホントにごめんなさ…っ。」
「謝るだけじゃないだろ…?」
「うんと…えっと…。」
「本当に悪いと思ってるんだよな…?」
「は…はい…!あの…俺…っ。」
「志摩は好きなんだよな…?お仕置きされるのが。」
「あ、あの…っ、俺…っ!そ、そうだ、虎太郎と志季…。」
「気にするなよ、どうせ二人も今頃こういうことになってるから。」
「え…!そ、そうなのかな…?!」
「そうだよ…。だから行くの止めたんだろ…。」

志摩は俺の上に乗ったまま、真っ赤になって顔を伏せた。
柔らかな髪を撫でながらその頬に口づけると、既に俺の唇を受け入れる準備が出来ていたかのように肌が熱くなっていた。


「あ、あの…!!ん…っ、んう…っ、隼人あの…っ!」
「まだ何かあるのか…?」

俺は唇をすぐに志摩の唇に移動させ、貪るように激しいキスをした。
必死で舌の動きに応えようとしている志摩が、珍しく俺の肩を掴んで抵抗をしてみせる。


「プ…プリンが…っ。」
「……は?」
「プリン、届けに行かなきゃ…っ!」
「そんなの勝手に食べればいいだろ、いつも勝手に食べられてるんだから…。」

こんな時にプリンなんて、どうでもいいだろう?
ムードというものを知らない志摩がこんなことを言うのは別に珍しいことではなかったけれど、俺は冷蔵庫のプリンよりも目の前の志摩のことで頭の中がいっぱいだった。


「じゃ、じゃあ今日中に食べなきゃ…!もう4時間ちょっとしかないよ…!」
「なんだ…そんなに長い時間するつもりだったのか…?」
「ち…違います…っ!!そ、そういうんじゃないです…!!だってあの…ごにょごにょ…うにゃうにゃ…。」
「……??何…?」

志摩は一層真っ赤になりながら、口に手をあててどもっていた。
志摩の爆弾みたいな発言にはいつも驚いてしまう俺だったけれど、この時も俺はその爆弾に攻撃されることになる。


「だってあの…隼人、お仕置きの時…い、いっぱいするんだもん…!!」
「え……!」
「な、何て言うか…お仕置きって言うと楽しそうにしてるし…、い、いつもよりえっちだし…!」
「あ……う…。」
「す、すすすっごく長くて絶対今日中に終わらないんだも……わぁん恥ずかしいよぅー!!」
「………。」

俺は勢いよく自分の膝の上から逃げて行った志摩を引き止めることも出来ずに、頭を抱えてしまった。
絶対に大丈夫だと思っていたことも志摩にはわかってしまう。
俺がお仕置きと称して志摩にしていることが楽しいなんて、表情に出したつもりなんかなかったはずなのに。
果たしていつまでそれが通用するのか…そんな不安でいっぱいになりながら、志摩がプリンを持って帰って来るのを待っていた。





END.





/index