「DARLING」番外編1「HONEY」…朝編




俺には今、恋人がいる。
そして俺は今、その恋人と一緒に暮らしている。
誰かと一緒にいることがこんなにも幸せなことなのだと、俺はその恋人、志摩に会ってから初めて知った。


「ん……。」

まだ暗い部屋の中で、俺は目を覚ました。
顔のすぐ近くには、白いあざらしのぬいぐるみがいる。
志摩がぬいぐるみが大好きなせいで、その数は日が経つにつれて増えて行く。
この家に引っ越して来た時に買い換えた大きめのベッドもだいぶ狭くなってきた。
そんないるかだのあざらしだのが、俺のベッドにあることなんて今までなかった。
あまりにも自分には似合わな過ぎて、笑いそうになってしまう。
志摩は男のくせに可愛いものが好きだ。
服も可愛いものが好きで、クリスマスにはサンタクロースの女版の格好までしていた。
その時はこいつは自分を男だとわかっていないんじゃないか、と心配になった。
鈍感で、俺の気持ちに気付かない時もある。
簡潔に言うと「バカ」というやつだ。
だけど俺はそんな志摩が可愛くて仕方がない。
始めは絶対に俺とは合わないと思っていたのに、恋人になって、気が付けばもう一年が過ぎていた。
人は自分にない物を求めて、人を好きになるのだということも俺は初めて知った。
俺の足りない部分を、志摩は十分過ぎるぐらい埋めてくれている。


「暑い…。」

今日もその志摩は、俺の隣で眠っている。
幸せそうな寝顔で、すやすやと寝息を立てながら。
時々寝言なんか言ったりして、朝起きた時にはよだれの跡なんかあったりもする。
夢の中で何か食べているのか、俺のパジャマを食べている時もある。
いつもこんな風に俺の身体にぴったりとくっついているせいで、こうして暑くて夜中に目が覚めることはよくあることだ。


「…んふふ……。」

絡まっている志摩の腕はなかなか剥がれない。
まるで絶対に離れないと言っているみたいに、しっかりとしがみ付いているのだ。
今日は何の夢を見ているのか、寝ながら笑っているのが可笑しい。


「はやとー…んにゃ…。」

そしてしがみ付いているのは志摩だけではない。
俺も同じように志摩を離したくないと思っている。
今までは鬱陶しかった俺よりも高い体温が、心地良くなってしまっているのだ。
暑くて目が覚めるのも悪くないなんて思ったりしてしまっている。
バカなのは、俺も同じということだ。
このまま暫くすれば眠ることは出来ても、志摩に対する思いだけは冷めることなどない。
それどころか熱くなる一方で、そんな恋をしたことも今までになかった。







「えへへー…んふー。」

朝になると、志摩はいつも俺の隣でもぞもぞと動いている。
そして眠る俺の顔を覗き込みながらデレデレ笑っている。
目を開けなくても志摩の顔は簡単に想像が出来て、その顔を思い浮かべると恥ずかしくて俺はいつも寝た振りをしてしまう。


「おはよー…。」

耳元で囁く志摩の声にドキドキする。
頬に触れる志摩の唇にドキドキする。
心臓がいくつあっても足りないぐらいの思いで、俺は必死に寝た振りをし続ける。
今日が休日だったら…、と今までに何度思ったことか。


「わぁ…っ!」

暫くして志摩はベッドを出て着替えをして、キッチンへ向かう。
その時慌てて転ぶことがよくある。


「しー…っ!しーっなの!」

自分でそんなことを言ってはそろそろと部屋を出て行く。
あんなに大きな音を立てておきながら、俺が気付かないと思っているのが何とも可笑しい。
でも俺は志摩のために黙っていることにしている。
本当はそんな志摩をこっそり見ていたいという俺の願望なのかもしれないけれど。


「ハム〜ハム〜ピンク色〜♪可愛いね〜♪」

それから少し経ってから、今起きたと言う素振りで俺も志摩のところへ向かう。
その時はたいていキッチンからこんな歌声が聞こえていたりする。
志摩が勝手に作った歌だ。
もちろんメロディーも歌詞も即興のもので、料理に夢中になっているせいで変なメロディーになったり歌詞に繋がりがないことがよくある。
今日の歌にしたって、ハムが可愛いというのは何なんだと突っ込みたくなるような歌だ。
そこまでして歌わなくてもいいのにと思うけれど、志摩は楽しくて仕方がないんだというのがわかるから俺は黙って聞いている。


「チーズ!いきます!」

歌だけではなく、志摩は独り言もよく言う。
それも普通に聞いたらわけのわからないことをずっと。
わざわざ口に出したりしなくてもいいのようなことを延々と。


「えへへ……。」

でもそれも志摩が楽しそうだから黙っていることにしている。
見ている俺も楽しい気分になってしまうぐらい、志摩は楽しそうなのだ。
上手くいった時にはまたデレデレと笑ったりして、見ていて飽きることがない。


「えへ……わあぁっ!隼人起きてたのっ?!」
「え……。」
「いつからいたの?!びっくりするよー!」
「あ…、あぁ、ごめん…。」

後ろにいる俺に気付いたかと思うと、思い切り慌てている。
真っ赤になって手足をバタバタさせて、小動物みたいだ。
その表情がまた面白くて、俺はいつも、いつ声を掛けようかと考えている。
今みたいに志摩が気付いたり、俺の声が先だったり、パターンは色々だ。
そして志摩の驚きのパターンもまた色々あって面白い。


「今日のご飯は……熱っ!!」
「志摩っ。」
「熱いー!フライパン触…っ、いっ、痛ーい!目に入ったぁー!!」
「おい大丈夫かっ?!」

まったくもう、本当に何をやっているのか。
そう呆れてしまうこともある。
普通に他の誰かがやったらわざとじゃないか、なんて思ったりもするだろう。
でも志摩は本当にドジでバカで間抜けで…。
変なことばっかり言って、時々驚くようなことも言って…。


「うー、目に滲みるー…。」
「大丈夫か…?」
「うんー…ごめんなさい…。」
「目、開けてみろ。」

ぎゅっと閉じた志摩の瞳の端に涙が滲んでいる。
どうやらフライパンで炒め物をしていたらしく、間違ってフライパンに触ってしまったようだ。
おまけにその時に中身が跳ねて目に入ってしまったようだ。
本当に、どうすればそこまで失敗出来るのか…。
何だか漫画やアニメでも見ている気分になってしまう。


「うー…。」

両手で挟んだ志摩の頬が何とも言えないぐらい気持ちがいい。
丸くてぷよぷよと柔らかくて、弾力があって表面がつるつるしていて熱くて。
同じ男なのに、同じ人間なのに、別の物で出来ているみたいだ…。


「…隼人……?」

そうやって俺を見上げる目もだ。
大きくて黒目が潤んでいて、中に星が見えるみたいにキラキラしていて…。
俺にはない、特別な何かを志摩だけが持っているみたいなんだ。


「…んー!わっ隼人……んんー…っ!」

普段は自分からくっ付いて来るくせに。
普段は自分からキスして来るくせに。
俺のところに来た時に自分から「エッチしてくれ」なんて言ったくせに。
こういう時だけ逃げ足が速くて、すばしっこいのか鈍いのかわからないのが好きだ。
落ち着きがなくて失敗ばかりするのが好きだ。
俺が少しでも触れると真っ赤になってしまう顔が好きだ。
涙を滲ませて感じる顔も、その時も漏れる甘い声も。


「あの…っ、ご飯が…っ!」
「いい。」
「ダメです…っ!ご飯作るのです…っ!」
「…ぷ……。」

今も変わらない、志摩の妙な敬語も。
それは恥ずかしい時に出る志摩独特の言葉遣いだ。
俺はもう可笑しくて堪らなくて、つい吹き出してしまう。


「むー…、なんで笑うの…?」

俺が笑うと、丸い顔が余計膨らむ。
ちょっとだけ拗ねたような表情で、恨めしそうに俺を見て。
俺はこういう色んな志摩が見たくてつい意地悪してしまうんだ。
志摩が泣きそうになっている顔、思い切り笑っている顔。
怒られてしゅんとしている顔、あまりないけれどぷんぷん怒っている顔。
志摩が見せる顔は無限大と言ってもいい程、毎日コロコロと変わる。


「志摩は面白いよな…。」
「えへへー、隼人ー♪」

だからもっと俺に見せてくれ。
毎日俺の傍で見せてくれ。
俺だけに見せてくれ。
俺の中はいつも、言葉には出せないそんな独占欲でいっぱいだ。


「あっ!忘れてた!!」

俺の腕の中でごろごろしたかと思うと突然志摩は顔を上げる。
それでも俺の身体にはしっかりと抱き付いたまま。


「おはようございます!隼人、おはよー。」

俺はこんな恋人と毎日一緒にいる。






END.






/index